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第163話『シャルの変化』

 日も暮れて、俺は帝国ホテルに戻った。

 俺の背中で気持ち良さそうに眠るシャルを部屋まで運ぶ。

 シェムゾとグラーティアの姿がない。

 

 どうやらまだ戻ってきてはいないようだ。

 俺はフロントで受け取った鍵で部屋の扉を開けて中へ入る。


 相変わらず質素なベッドとテーブル。

 そして小さな椅子だけの部屋だ。

 俺はそのベッドにシャルをゆっくりと下ろして寝かせてやる。

 

 ごろんと横になったシャルの位置を整えて、毛布を掛けてあげた。

 身体を冷やしてはいけないからだ。


 最近シャルがやたら眠気に襲われるのも、シャルの身体が妊娠を自覚し、出産へ向けて身体全体に変化が起きているから。

 ホルモンバランスの急激な変化によるものだという。


 俺はシャルの寝顔を見ながら、そっとおでこを撫でた。

 そして思う。

 女性の身体は本当に凄いな、と。


 男の俺と違って、シャルの身体はとにかく柔らかい。

 なのに、強いのだ。

 子供を宿し、その身で育て、そして産むために身体が準備をして変化する。

 その変化に耐え、出産にも耐えうるのだから強いと言わざるを得ない。


 内なる強さを持つのが女性なら、外なる強さを持つのが男性ということだろう。

 だから男性は硬く強い身体を持っている。


 大切な女性を守るために。


 人間とは、こうして考えるとバランスの取れた種族だと思う。


「ん……」


 そんな事を考えていたらシャルが目を覚ました。

 ゆっくりと瞼を上げて、その紅い瞳に俺を映す。


「レヴァン……」

「起きたか。まだ寝てていいんだぞ?」

「ううん。少し寝たら楽になったよ。それよりリビエラさん大丈夫かなって」

「それは、なんとも言えないな。あのライザって人がノア将軍を説得してくれるのを期待するしかないよ」

「……やっぱりそうだよね」


 どこか諦めるような口調で言って、シャルは溜め息を吐いた。

 その目はまだ眠気が回復しきっていないのか、ショボショボしている。


「シャル。まだホントに寝てていいんだぞ? 飯なら俺がいつでも用意してやるから」

「あ、じゃあいま無性に食べたいのがあるの」

「なんだ?」

「フライドポテト」


 

 なんでよりによってフライドポテトなんだろう?

 シャルの好物はロールキャベツだったはずだが。

 いやでも、この前はフルーツのオンパレードだったな。


 妊娠すると食べ物の好みが変わるという話はグラーティアから聞いていたが、間違っていないようだ。

 さすがシャル・リエル・ロシェルの三姉妹を産んだ経験者である。


「あ~おいしい! この外サクサクで中ホコホコなのがいいよね。塩加減も最高!」

「そ、そうか」


 ホテルのバイキングでたくさん貰ってきたフライドポテトを、それはそれは美味しそうに食べていくシャル。

 長年一緒にいるが、こんなにもフライドポテトを絶賛するシャルなんて初めて見る。


 シャルはベッドの上でなおも御機嫌のままフライドポテトを食べ続ける。

 しかし、フライドポテトを摘まんだ手がいったん止まった。


「こんなにも味覚が変化するんだね。フライドポテトは別に好きでも嫌いでもなかったけど」

「やっぱり変化すると辛いか?」

「まさか。むしろ嬉しいよ。ちゃんと私が妊娠してるって実感できて凄く嬉しい。しんどい面も確かにあるけどさ、それでもやっぱり、それ以上に嬉しいね」


 ベルエッタの会話の時から思ってたが、やはり。


「……凄いなシャルは。身体の変化さえ糧にしてるところが特に」

「凄いかな? よく分かんないけど」

「味覚の変化って相当しんどいと思うぞ俺は」


 好きなものが嫌いになったり食べられなくなったり。

 考えただけでゾッとする。

 俺が明太子スパゲティを食べられなくなるとは考えにくいが。


「大丈夫大丈夫。こっちの味覚は変わってないよ?」

「こっち?」


 意味深なシャルの発言に俺は彼女の顔を見た。

 シャルと目が合い、シャルはニコリと笑う。

 すると目を閉じて顎を上げてきた。


 その仕草で察して、俺はシャルと唇を重ねた。

 少し感触を堪能してから、ゆっくりと離れる。

 そしてある味を感じて、俺は思わず笑ってしまった。


「どしたのレヴァン?」

「塩の味がする」

「あ」


 気づいたシャルがポッと頬を赤くした。

 同時に自分の唇を今さら舐めて綺麗にし、シャルは恥ずかしそうに笑う。


「ぜ、絶妙の塩加減でしょ?」

「まさか。最高の塩加減だよ」

「んもぉ~レヴァンったらぁ~」


 俺の胸に指を突き立ててグリグリしながら照れまくるシャル。

 この仕草を見るのもなんだが物凄く久しぶりな気がする。


「そういえばレヴァン。子供の名前はもう考えてるの?」

「ん? ああ、もちろんだ」

「おぉ、さすがレヴァン! じゃあ男の子だったらなんて名前にするの?」

「男の子だったら『レグランド』にする。レグって呼んでやるのさ」

「『レグランド』かぁ。カッコいい名前だね。でもレグって呼ぶならレグで良いんじゃないの?」

「分かってないなシャル。『レグ・イグゼス』より『レグランド・イグゼス』の方がフルネームで呼んだ時カッコいいだろ?」

「んーどっちもカッコいいけど、語感はレグランド・イグゼスの方がいいね」

「そうだろう? 名前は一生ものだ。しっかり良いのを考えてやらないとな」

「じゃあ女の子だったら?」

「『ミスティリア』にしようと思う。女の子は嫁いだら名前も変わってしまうから、あまり悩まなかったよ」

「へぇ『ミスティリア』。なんかミスティって呼びたくなるね」

「そうそれ! 敢えて長めの名前をつけて愛称で呼ぶ。これがいいんだ」

「なるほど。レヴァンの変なこだわりがあったってことは分かったよ」

「え!? 変かな?」

「うん、変。レグとミスティで良いじゃんって私は思っちゃう」

「えぇ……でも俺、この名前がいいんだけど」

「うふふ、わかってるよレヴァン。名前は俺が決めるって言ってたもんね。まかせるよ。私は出産に力を入れますから」


 シャルが俺を見てウィンクしてきた。

 あまりの可愛さに今更ながらドキッとしてしまう。

 これから一番大変なのはシャルなのだからと、俺は大きく頭を下げた。


「どうかお願いします」

「はい、かしこまりました。あなた」


 俺とシャルはお互いに夫婦のようなやりとりをしてニヤニヤしてしまった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] Twitterで宣伝してくる [一言] 感動した。なろうにこんな素晴らしい物語があるなんて思わなんだ。
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