第162話『ライザの真意』
「おら。ここに座って待ってろ」
『コロシアム』から少し離れた広場に来てエルガーはリビエラを近くの木製ベンチに座らせた。
白石が敷かれた広場は夕日で赤くなっている。
「あ、あのエルガー様……なぜ?」
無理矢理座らされたリビエラが疑問の声を上げる。
エルガーはシルクハットを取って髪を撫でた。
「ライザが言ったんだよ。ノアを殴らねぇと気が済まねぇってな」
「そ、そんな! ノア様は全身打撲で──」
「だからちゃんと言っておいたろ。あんまり手荒な真似はすんなよって」
「いや、どのみち殴るんですよね!? 止めてくださいよ!」
「無理だな。あんなにキレたライザは俺でも止められねぇ。それにノアには良い薬だろう……なぁ? お前らもそう思うだろ?」
いきなりエルガーが俺とシャルの方へ視線を向けてきた。
氷柱のような鋭い眼が俺を睨んでくる。
「てめぇらなんでノアの部屋の前にいたんだ?」
エルガーの問いに「それは、その……」とシャルが口ごもる。
「俺達もライザさんと同じだ。殴るつもりはなかったが、物申したかった」
俺の返事にエルガーは腕を組んだ。
「なんだよ。てめぇらもリビエラのファンなのか?」
「まさか。俺はノア将軍やリビエラさんなんて正直どうでもいい。ただ二人の間の子供がこのままだと不幸になるからノア将軍に考え直してもらいたかっただけだ」
「おい小僧。そー言うのお節介って言うんだぜ?」
「わかってる。だから正直なところあのライザって人には感謝している。俺も……どう言えばノア将軍が改心するのか、どう説得すればいいか分からなかったからな」
「勘違いしてるみてぇだがな。ライザは別にガキのためにキレてるわけじゃねぇぞ? その辺の説得に力入れるかどうかは分かんねぇからな」
まぁ、そうだろうな。
ライザって人も所詮はグランヴェルジュの人間だ。
子供に関する認識はあまり期待できないだろう。
でも、それならなぜライザはノアを?
「じゃあライザさんは何故ノアさんを殴りに行ったんですか?」
俺と同じ疑問を持ったらしいリビエラがエルガーに問う。
「んなもん……俺が知るか」
素っ気なくエルガーが答えた。
「リビエラさんのため、ですか?」とシャルが口を出した。
しかしエルガーは。
「知るねぇっつってんだろ」
「あの、エルガー様……どうか教えてください」
リビエラの頼みにエルガーは大きく溜め息を吐いた。
「勘弁してくれ。ライザには喋んなって言われてんだよ。あいつの柄じゃねぇからって」
「お願いしますエルガー様」
リビエラの本気とも分かる声音は、エルガーを動かした。
「……あぁそうだよ。ライザはノアのリビエラに対する態度が気に入らねぇのさ。ライザはお前の事をずっと気にかけてたからな」
「それは、私も感じていました。ライザ様は優しい方です。ライザ様には本当にどれだけ助けて頂いたことか」
言ってリビエラはベンチから立ち上がる。
「でも分かりません。ライザ様はどうしてそこまで私に良くして下さるのでしょうか?」
「……あいつは両親いねぇのさ」
「え!?」とリビエラが驚き、俺もシャルも驚きで顔を見合わせた。
エルガーは構わず続ける。
「母親の方がライザを産んで死んじまったみたいでな。しばらくは残った父親がライザを育ててた。だがその父親は、妻が死んだことをずっと引きずってた見たいでよ。あろうことか妻が死んだのはライザのせいだって言い始めてライザを棄てやがったんだ」
「そんな……!」
「当時6歳だったライザには……まぁ相当ショックだったろうな。棄てられたのもそうだろうが、なにより自分のせいで母親が死んでたなんて事実が特にな。別に自分が本当に悪いわけでもねぇのによ」
大きく息を吐いて、シルクハットを被り直すエルガー。
「あんまりライザも知られたくねぇ過去だろうから、俺から話せるのはこんだけだな」
「ライザ様に……そんな過去が」
「ま、ライザがお前を気にかけるのはたぶん、母親とお前を重ねてるところがあるんだろう。出産が終わったってのに未だにお前の様子を気にしてるから、間違いないと思うぜ?」
「ありがとうございますエルガー様。いろいろ教えて頂き感謝します。ライザ様のことを大きく理解できたと思います」
リビエラは綺麗に御辞儀した。
「礼なんていいから。おら、そこ座って大人しく待ってろ」
締まりの悪い顔をしたエルガーがまたもリビエラをベンチへと座らせた。
もしかしたらライザさんは、リビエラさんのこともそうだし、自分が父親に棄てられた事もあってノアに対して怒りを見せているのではないだろうか?
母親の事と、父親の事。
その両方が入り交じってノア将軍に怒っているところもあるのではないか?
リビエラのためだけではなく。
そんな気がする。
まったく知らない人だから、断言はできないが。
「てめぇらはいつまでいるんだよ。さっさ帰れよ」
呆れたようにエルガーが俺とシャルを見て言ってきた。
俺も腕を組んで、断固として動かない意思を示す。
「断る。ノア将軍が子供を認知するまでは帰れないな」
「ハ、面倒くせぇ野郎だ」
ノアとリビエラは結婚してるから、認知という言葉はちょっと違うか?
いや、まぁ、そんなことはどうでもいいか。
すると隣のシャルが目眩でも起こしたのか、突然身体をふらつかせた。
「シャル!」と慌てて俺はシャルを抱き止めた。
見かねたリビエラが立ち上がり「こちらへ」と己が座っていたベンチを指す。
言われるまま俺はシャルをベンチに座らせた。
「大丈夫かシャル? どうした?」
「ごめん大丈夫だよ。ちょっと眠気が来ちゃっただけで」
「そうか……」
まずいな。
シャルが睡魔に襲われている。
ここは大人しくホテルへ帰るべきかもしれない。
速決して俺はシャルに聞く。
「いったんホテルへ帰るぞ」
「ううん。まだ大丈夫だよ」
「シャル様。無理をしてはいけませんよ」
「リビエラさん……」
「あなたの身体は今とても大事な時期を迎えています。子供のことを最優先に考え、帰って安静にしてください」
「でも……」
「それから、ありがとうございます」
「え?」
「私の子供のために、そこまで思って行動してくれたことを感謝します。レヴァン様も」
「いえ、そんな……」
突然の礼に戸惑うが、なんとかそれだけは返事した。
リビエラは以前の嘘くさい笑みではなく、普通の笑みを見せて俺とシャルを交互に見てきた。
「お二人はまだ若いですが、きっと誰よりも素晴らしい父親と母親になれると思います。どうか、お気をつけて」
「ありがとうございます。ほらシャル。リンクするか?」
「ん、抱っこがいい」
「抱っこか。仕方ないな……」
このやりとりにリビエラがクスクスと笑った。
俺はシャルの前で屈み、彼女を背に担いだ。
背中に密着したシャルの肢体は少し体温が高かった。
「レヴァンこれおんぶだよ」
「おんぶの方が寝やすいだろ?」
「うん、まぁ……あ、リビエラさん」
「はい?」
「リビエラさんもヴィジュネールさんも、みんな素敵なお母さんだと思います。私のお母さんにも見習わせたいです」
「……そうですか」
どこか苦笑混じりにリビエラは答えた。
その会話を最後に、シャルは俺の背中で眠りに落ちた。
よほど眠かったのだろう。あっという間に寝てしまった。
「それじゃあ失礼します」
「はい。お気をつけて」
エルガーとリビエラに一礼だけして、俺はその二人に見送られながら広場から離れた。




