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第160話『ノアとライザ』

 リビエラをどう思ってる?

 なぜライザがそんな事を自分に聞くのだ?

 そんなことで、なぜ殴ってきた?


「いきなり、なんだ?」


 刹那、ライザはノアの胸を踏みつけてきた。

 床に上半身を押し戻され、反動で頭を強打する。


「ぐ!」


「質問の意味わかんない? そのまんまの意味よ? あんたリビエラを人形か何かだと思ってんでしょ?」


 さすがに心外だった。

 リビエラを人形のようにだと?


「誰がそんな!」


 怒鳴った瞬間にライザがノアの顔面を蹴った。

 容赦ない蹴りは見事にノアの鼻に激突する。


「ぶっ!?」


 あまりの痛みに鼻を両手で押さえた。

 生暖かい液体が鼻から垂れてくるのを感じて、手で拭うと、それは鼻血だった。

 

 こ、この女!


 ノアは激痛と戦いながら、何とかライザの顔を睨み返す。

 しかしライザの形相は、予想を遥かに越えて猛っていた。

 あのレヴァン・イグゼスの怒りの表情と似ている。


 似ているが、何か色が違う気がした。


「アタシもさぁ、リビエラがあんたの言いなりになる事で幸せなら別に口出しするつもりはなかったわ」


「え?」


「リビエラが妊娠してるときずっと見てやってたけど、その間どれだけノア様は! ノア様は! って、ノロケ話を聞かされたか分からないわ。そんだけアンタの事を本気で好きなんだって、さすがのアタシにも伝わってきたわよ。リビエラはこれで幸せなんだって思ってた……だけどっ!」


 言い終えて、ライザが屈んできた。

 するとノアはライザに金髪をがむしゃらに掴まれ、無理矢理に顔を上げさせられた。


「いっ!?」

「違うみたいなのよねぇ? 幸せかと思ったら、そうじゃなかった」

「な、なに?」

「あんた、リビエラの涙って見たことある?」


 ──っ!?


 心臓に衝撃が走った。

 見たことは、ある。


 しかもついさっきだ。

 リビエラを泣かしたことなどないし、リビエラが泣くような女でもないことは知っている。

 そんな弱い幼馴染ではないと、知っているのだ。


 だけど、さっき見せたリビエラの涙は……。


「大事な試合の前だったから昨日は黙ってたけど、あんたは言ってやんないと気づかないだろうから敢えて言ってやるわ」


 ノアの金髪を引っ張る手に力が込められ、頭皮に痛みが増す。

 ライザに顔を引き寄せられ、息さえ当たるほどの距離に互いの顔を肉薄させた。

 ライザの怒りの表情が目の前に広がり、さすがに血の気が引いた。


 次の瞬間、ライザは大口を開けた。


「リビエラがアンタの事でどれだけ傷ついてるか分かってんの!? あいつ昨日メチャクチャ泣いたのよ!? アンタのせいで!」


 泣い、た?

 あのリビエラが?

 メチャクチャ?


 バカな……リビエラは、そんなに弱くはないはずなのに。

 僕のせいで?

 そんなこと……。


「アンタって一方的よね? 子供を棄てるか棄てないか、そこはアンタら二人で話し合わなきゃならない大事な部分なのに、アンタってばリビエラの言葉に耳を向けないわよね?」


「そ、そんなことはない!」


 一方的と言われて頭にきて、つい反論してしまった。

 ライザはさらに顔を険しくして、掴んでいた金髪を引っ張り、ノアの顔を床に叩きつけた。


「うぐっ!」


 またも頭部と頭皮に激痛が走り、さらに追い討ちのように腹をライザに踏みつけられた。


「がぁっ!」

「どの口が言ってんのよ! あの子はもう僕たちの子供じゃないとか、忘れろだとか、次がんばろうとか! アンタ全部リビエラに自分の意見だけ押し付けてんじゃない! 夫婦なら話し合いなさいよ!」

「──っ! は、話し合う必要がないことだってある! 子供の件は、まさにそれだ!」

「はぁ!? リビエラも必要ないって言ったの!? リビエラの気持ちもちゃんと聞いたの!?」


「聞い──」とノアは言い欠けて、ライザに胸ぐらを掴まれて一気に立たされた。

 そのまま、女とは思えない腕力で壁に叩きつけられる。


「うっ!?」

「だったらさぁ! リビエラがあんなに泣くわけないでしょうが!」


 耳と心臓を貫くライザの怒声に、ノアは圧倒された。


「アンタ、マジでリビエラの事どう思ってんのよ!? ねぇ!」

「どうって、そんなの! 愛してるに決まってるだろう!」

「だったら! 泣かすなああああ!」


 怒り極めたライザの鉄拳が、ノアの頬にめり込んだ。

 意識が飛びそうになるほどの威力だった。

 歯が二本折れてふっ飛んだ。

 口を切って血が舞った。


 そのままノアは床に倒れた。

 レヴァンに殴られたダメージと、ライザに殴られたダメージが重なり、もはや立つのが辛い。

 痛みで全身の震えが止まらない。


 どうして自分がここまで殴られなければならないのか。

 レヴァンだけならいざ知らず、仲間内のライザにまで。

 

「リビエラはね」と少し息を上げたライザが口を開いた。

「本当にアンタの事が好きなんだと思う。だからあんなに苦しんでる」

「……」


 ノアはゆっくりと上半身だけを起こし、ライザを見た。


「アンタが望むことを叶えるために、リビエラは自分の望むことを諦めて傷ついている」

「リビエラが望んでいること?」


「アタシだって女だから、リビエラの気持ちが理解できないわけじゃないわ。リビエラはアンタとの子供を育てたいと思ってるはずよ。もちろんアンタと二人でね」


「……っ。だからそれは! 優秀な子供じゃなきゃダメなんだよ! 両親が納得しないし、何より世間がノブリスオージェ家を認めなくなる!」


「だから話し合えっつってんでしょうが! アンタ一方的だからダメなのよ! 片方の意見を押し通すだけで何が夫婦よ! 笑わせんな!」


「……っ!」

「ちゃんと話し合って決めてればリビエラだってあんなに傷つくこともなかったはずよ。あんなに苦しんで、泣くこともなかったはずよ! アンタだってリビエラの状態に気づいてあげられたんじゃないの!?」

「!」

「子供を棄てるにしろ棄てないにしろ、しっかり二人で話し合いなさいよね! そして決めなさいよ! 『家系』を取るか! 『リビエラ』を取るか!」


 バタン!

 ライザは勢い良くドアを叩き閉めた。


『戦闘不能者休憩室』に取り残されたノアは、床に倒れた自分のボロボロの姿を見た。

 鼻血は未だに止まらず、折れた歯は床を転がる。

 

 なんで、こんな目に。

 

『家系』を取るか!

『リビエラ』を取るか!


 ふとライザの最後の言葉が脳裏に浮かんだ。


「……くそ、嫌な問い方しやがって……」


 歯を食い縛るノア。

 泣かないと思っていたリビエラが、自分のせいで泣いている。

 自分のせいで傷ついている。


 そんなこと言われても、仕方ないじゃないか。

 僕にだって守らなきゃならないものがあるんだ。

 

 自分に言い聞かせるように、ノアはそう思考していた。

 そう考えるたびに、ライザに殴られた箇所が痛み出す。


『アンタ、マジでリビエラの事どう思ってんのよ!? ねぇ!』


 トラウマのごとく脳に再生される数分前のライザの言葉。


 好きだよ!

 好きに決まってるだろ!

 ずっと一緒に頑張ってきたんだ!

 当たり前じゃないか!

 子供さえ、子供さえ優秀だったならば、こんなことにはならなかったはずなのに!


「リビエラ……僕は……」


 ノアは、天井を見上げて呟く。

 

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