第158話『グランヴェルトの思惑』
グランヴェルトは立ったまま辺りを見回していた。
観客席のグランヴェルジュ民が喜んでいる。
リリーザ出身の敵であるレヴァン・イグゼスとエクト・グライセンの勝利に。
まぁ、それもそのはずだろうとグランヴェルトは考えた。
昨日の時点でレヴァン・イグゼスの潜在能力値『78』は報道させておいたのだ。
グランヴェルジュの男ならまず間違いなく『無能』という扱いを受け、光を見ないで終わる数値だ。
そんな『無能』な戦士が『980』という桁違いの戦士を圧倒したのだから、無能揃いの市民にはレヴァン・イグゼスの勝利は希望にも見えたはず。
彼ら市民を奮い起たせる希望の光。
その根源は、おそらくレニー・エスティマールの活躍も大きいだろう。
『スターエレメント』を持たない『無能の魔女』レニー・エスティマールが、『スターエレメント』を持った『優能種』ライザ・ベオウルフを圧倒した。
どこにでもいそうな小娘が、大したものである。
「まさか・・・・・・こんな無様な結果になるとは、思いませんでした」
我が魔女ルネシアが肩を震わせ、怒りに満ちた声音で喋った。
憤りの原因はノアとエルガーの敗北がではなく、敵の勝利に大喜びする大衆だろう。
現にルネシアの眼が異様に鋭くなり、その浮かれる大衆を刺すように睨んでいるのだから。
「皇帝の面前でよくもウキウキと! 無能どもが!」
「いいルネシア。構わん。これを期に『自分にもできる』と勘違いしてくれれば面白くなる」
「は……」
「レヴァン・イグゼスとレニー・エスティマールは『無能』の中でも『例外』だ。何かひとつ突き抜けた志がなければ、あそこまで成り上がることはないだろう」
それを理解している者が、この大衆の中にどれだけいるだろうか。
まぁ、一人か二人いれば良い方だな。
どちらにせよ、これでグランヴェルジュの価値観は大きく揺れたということだ。
これから無能の市民どもがどう動くのか、実に楽しみだ。
レヴァン・イグゼスとシャル・ロンティア。
彼らと戦うその時まで、しばらくは市民どもの動きでも観察しているか。
反乱の一つでも起こってくれれば退屈凌ぎにはなる。
「グランヴェルト様」
「なんだ?」
「レニー・エスティマールが使っていた『全同時詠唱』。必ずや私も修得してみせます」
「アレをか?」
「はい。『無能の魔女』であるあんな小娘にできて、私にできないということは有り得ません」
「そうか。期待している」
「はっ!」
厳とした態度でルネシアがそう返事をした。
この女の性格でもある『負けず嫌い』が出た。
かわいい女である。
グラーティアが『同時詠唱』を使ってみせた時もこう言っていたのだから。
そして言ったからには必ず達成する。
ルネシアに火が付いたのなら『全同時詠唱』は必ずものにするだろう。
これで『スターエレメント』と『全同時詠唱』を扱う【最強の魔女ルネシア・テラ】の誕生は時間の問題となった。
【奇跡の魔女シャル・ロンティア】はこれにどう立ち向かう?
情報では『同時詠唱』すらままならない状態だと聞いているが、果たして本当にそうなのだろうか?
あまりにも。
あまりにもだ。
あまりにもシャル・ロンティアが静か過ぎる気がするのだ。
今回の戦いでも、シャル・ロンティアは大したことはしていない。
せいぜいが『魔法第四階層詞』を披露したくらいだ。
レヴァン・イグゼスが強すぎて、出る幕がなかっただけか?
いや、それでも不自然に感じる。
レヴァン・イグゼスの子を身籠ることで己を奮い起たせた女が、よもやこの程度とは思えない。
……いいや、それも違うな。
この程度であってほしくない、という自分の我儘だろう。
多少なりにもグランヴェルジュ王家の血を引いている我が姪だ。
ガッカリさせてほしくないのだ。
レヴァン・イグゼスの成長に対し、シャル・ロンティアの成長はあまりにも遅すぎる。
それとも成長が遅いように見せているだけなのだろうか?
後者ならば大いに結構なのだが。
「ジフトス、レジェーナ」
自分の後ろに並び立つ将軍の一組を呼んだ。
「はっ!」と応えた男女の声に、グランヴェルトは振り向かずに指示した。
「シェムゾ・ロンティアとグラーティア・ロンティアを城へ呼べ。俺から話があると伝えろ」
「了解しました。時間は何時と伝えましょう?」
ジフトスの問いに「明日の何時でもいい」と返した。
「では、御伝えして参ります」とレジェーナが言って、二人分の足音が遠ざかって行った。
「グランヴェルト様?」
ルネシアが怪訝な表情でこちらを見る。
「気にするな。少し奴らにも役に立ってもらうだけだ」
「役に、ですか?」
「そうだ。奴らには原石を磨き切ってもらう」
どのみちシェムゾとグラーティアに遅れを取るようなら、話にならんのだ。
光零れる原石レヴァン・イグゼスとシャル・ロンティア。
彼らを、この大陸最後の戦いに相応しい戦士と魔女に仕上げるため。
シェムゾとグラーティアには糧になってもらおうか。




