第156話『ありがとう戦友』
『ガイアフレア』の爆風が、背中に押し寄せてくる。
同時に、ノアが握っていた黄金色の長剣も飛んできて、荒野に突き刺さった。
それはしばらくして光の粒子と化し、消えていった。
『チーム・『剣聖』『戦狼』 ノア=戦闘不能=エリア外へ』
『剣聖ノブリスオージュ』の撃破が流れた。
『ガイアフレア』の黒煙と、ノアの残した光の粒子が舞う荒野のフィールド……そこは今、恐ろしいほど静かだった。
観客たちはみなこの戦いの結末に息を呑んでいるようだ。
『チーム・『剣聖』『戦狼』=全滅』
『チーム・『蒼炎』『要塞』=勝利』
淡々と告げられる勝利のアナウンス。
それが引き金となり、沈黙していた観客たちが一斉に歓声を上げ始めた。
【SBVS】のバリアも解除され、フィールドに広がっていた荒野も消え去り、ただの床に戻った。
バリアが消えたことでより観客たちの歓声が通る。
ほぼグランヴェルジュ民しかいないはずなのに、その観客たちが俺達に歓声を上げている。
なんとも奇妙な光景だ。
それにしても勝ったというのに、なんとも言えない複雑な気分である。
『結局、ノアさん考え直してくれなかったね……』
どうやらシャルも俺と同じようで、相当に複雑そうな声音でそう言ってきた。
「……そうだな」
俺もそうとしか返せなかった。
『潜在能力値』が『78』の人間でもここまで強くなれることを教えてやるつもりだった。
だから素手で相手をしてやった。
露骨な手加減であったが、『潜在能力値』なんてものは無意味だと、その身に叩き込んでやりたかったのだ。
でも、ノアの心には届かなかった。
あれだけ示しても、あれだけ訴えても。
国という基準を出されては、あれ以上の話は無理だろうとわかっていたから切ったが……どうすればノアを変えられたんだろう?
どうすれば、あの棄てられた子供を救えたのだろう。
正直、ノアやリビエラのことなど、俺としてはどうでもいい敵でしかない存在だ。
倒して勝てたのならそれでいい。
それでいいはずなのに、子供のことが気になってしょうがない。
ノアさえ改心すれば、あの子供は救われるという可能性があるから余計に。
『ねぇレヴァン』とシャルがリンクを解除して俺から出てきた。
「後でまた、ノアさんと話がしたいんだけど、いいかな?」
「また説得するのか?」
シャルは頷き、そっと自分のお腹に手を添えた。
「リビエラさんとお子さんが、やっぱり可哀想だから。リビエラさんは間違いなくノアさんと子供を育てたいと願ってる。私、リビエラさんのこと嫌いじゃないんだ。このまま放っておくなんて、見捨てるなんてやっぱり出来ないよ」
嫌いじゃない、か。
あの嘘っぽい笑顔を振りまくリビエラ。
彼女の本物の笑顔を見たシャルだからこそ言える言葉だな。
「だからレヴァン。お願い」
「わかったよシャル。あとでノア将軍のところへ行こう。もちろん一緒にな」
「ありがとうレヴァン!」
シャルが抱きついてきたので、俺はそっと抱きしめ返した。
今はシャルのお腹に俺の子供がいるから、あんまり力強く抱きしめてやれないが。
「フィールドのど真ん中でイチャイチャしてんじゃねーって」
聞こえた呆れ声に、俺はシャルと身体を離した。
振り向けば、そこにはニヤニヤとこちらを見るエクトとレニーがいた。
「おおエクト! レニー!」
俺とシャルは二人の方へ歩み寄った。
エクトがふと笑って拳を突き出して来たので、俺も同じように拳を突き出して、ゴツンとぶつけ合う。
そんな俺とエクトを見守るシャルとレニーもクスリと笑った。
「楽勝だったみたいだなエクト」
俺はエクトの状態を見て思ったことを告げた。
エクトはどうみてもダメージを負っていない。
驚くほど無傷なのだから。
「ああ、楽勝だったぜ。レニーが良い仕事してくれたんでな」
「へぇレニーが。さすがだな」
「お前こそ楽勝だったみてぇじゃねぇか。まるで被弾してねぇだろ?」
「まぁな。こんなところで躓いてたらお腹の子供に怒られちまう。なぁシャル」
「ふふ、間違いないね」
俺とシャルが笑っていると「ああ子供な」と何かを思い出したようにエクトが口を開いてきた。
「実はなシャル。オレとレニーにも子供できたかもしんねーんだわ」
──え?
笑っていたシャルが止まった。
「ちょ! ちょっとエクト! まだ確定してないのにそんな!」
「ぇ、え!? それ本当なのレニー!? 本当!? ねぇねぇ!」
びっくりするぐらいシャルが食いついた。
レニーは慌てて首を振る。
「い、いや、まだ分からないのよ? 『あの日』が来ないだけでまだ確定したわけじゃ──」
「やったーっ! 早くもママ友ゲット! しかもレニー! 最高だね!」
「聞きなさいよあたしの話!」
そんな16歳のママ二人のやりとりを見て笑っていると、俺の隣に立つエクトが腕を組んで言う。
「なんだよ。やっぱりシャルにはまだ話してなかったのかよ」
「いやだってよ。まだ確定じゃないのは事実だし、確定してから教えてやろうって思ってたんだよ」
「そうかい。まぁ、たぶん大丈夫さ。ちゃんとオレとレニーにも『来てくれる』さ」
「自信たっぷりだな。何か確信できるものがあるのか?」
「レニーだよ。あいつ本当良い仕事しかしねーからな」
エクトが笑って答える。
俺も「なるほど」と笑って理解した。
「……さて、オレとレニーはここまでだ。あと残す敵はグランヴェルトただ一人。頑張れよレヴァン」
エクトの言葉に俺はハッと思い出した。
そうだった。
ギュスタとシグリー相手の『模擬戦』の時から、ずっと一緒に戦ってきたエクトとレニーは、これで最後だったんだ。
ならば、と俺は試合前に言った例の言葉を、もう一度口にした。
「ありがとうエクト」
「良いってことよ。楽しかったぜ……お前とは」
満足そうに。
本当に満足そうにエクトは微笑み応えてくれた。
戦友のそれは、今までに一度も見せたことがないほどの、素晴らしい笑顔だった。




