第154話『強くなった二人』
レニーの『氷魔法全同時詠唱』が止んで、全身からダメージの粒子を撒き散らしたエルガー・ベオウルフが荒野に倒れているのを確認した。
大の字になって倒れた彼は白目を向いてピクリとも動かない。
しばらくして【SBVS】に戦闘不能だと判断されたエルガー・ベオウルフは光に包まれ消え失せた。
『チーム・『剣聖』『戦狼』 エルガー=戦闘不能=エリア外へ』
撃破のアナウンスが例のごとく流れた。
観客席に座るギャラリーたちが一斉に驚愕の色を見せる。
決して歓迎のムードではない。
ギャラリーの殆んどがグランヴェルジュ民だから仕方ないのだが、それよりも。
「……良い仕事し過ぎだぜレニー。オレが霞むじゃねぇか」
圧倒的な力を披露した我が嫁に対して、エクトは肩を竦めながら笑った。
旦那を立てるのも妻の仕事だろうに。
『うふふ、今日だけだから許してよエクト。あとはもうあなたの後ろでずっと支えることに徹するから』
嬉しそうな声でレニーも笑った。
今気づいたがレニーは『あんた』ではなく『あなた』とエクトを呼んでいる。
ささやかな変化だが、それが妙に嬉しい。
レニーを初めて召喚した時、こいつがこんなに凄い魔女になるなんて思ってもなかった。
召喚して下敷きにされ、何故かいきなり蹴られまくって、指を折られて、とんでもない暴力女だと思っていたあの頃が懐かしい。
そんなレニーを好きになったのはいつだったか。
恋愛にも女にも興味なかったのに、気づけば意識していて、気づけば隣にいるのが当たり前の存在になっていた。
世の中わからないものだ。
『レニーがパートナーで良かった』
そう思える日が来るなんて、あの時は微塵も考えてなかったのだから。
「ありがとうなレニー。またお前のおかげで勝てた」
『あたしこそ、エクトのおかげで強くなれたわ。最後の覚醒だって、全部エクトのおかげなんだからね?』
「なんでだよ。あれはお前の力だろ?」
『違う。あなたが見せてくれたからよ』
「見せたって?」
『シェムゾさんと特訓している時は、あなたあんなに強くなかったわ。でも今回は違った。別人みたいにあなたは強くなってた。なんで急にこんなに強くなったんだろって最初は思ったけど、答えはすぐにわかったわ』
レニーは心底嬉しそうに声を弾ませる。
『男は父親を自覚するのが遅い。でもいざ父親を自覚したら、誰よりも何よりも強い無敵の存在になるってお母さんが言ってた。だからエクトもそうなんだって、あたし思ったの』
ああ、そうだな。
とエクトは内心で同意した。
『嬉しかった。本当に嬉しかったわ。まだちゃんと妊娠したかも分からない不確定な事なのに、それに対してエクトが本気で向かい合ってくれているのがわかって、あたしすっごく嬉しくて』
レニーがまた涙声になってきた。
『今まで出来なかった事が、全部できるようになったの。だからエクトのおかげなの。本当よ?』
「そうか」
『魔法第五階層詞』と『魔法最上階層詞』のダブル覚醒。
『氷魔法全同時詠唱』をやってのけたのも、全てエクトのおかげだとレニーは言う。
さすがに言い過ぎな気もするが、当事者のレニーが言うのならばそうなのだろう。
非常に照れくさいが、ここまで言わせて否定する気にもなれなかった。
それに前言撤回だ。
なんだかんだレニーは旦那を立てる良妻だ。
こいつと一緒なら、全てが上手くいく。
そんな気にさせてくれる良い女だ。
エクトが持っているもので一番の自慢はやはりレニーだ。
「レニー……本当にありがとう」
ここまでついてきてくれたことに。
ここまで支えてくれてきたことに。
勝利に導いてくれたことに、感謝を。
『エクトもあたしを召喚してくれて、本当にありがとう』
お互いに感謝を述べる。そして。
『お疲れ様です。あなた』
「ああ。お前もな」
夫婦のように、互いを労った。




