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第137話『戦狼と要塞』

【エクト・グライセン】

レヴァンの親友。『要塞』の称号を持つリリーザの戦士。

【レニー・エスティマール】

エクトの魔女で恋人。


【エルガー・ベオウルフ】

『戦狼』の名を持つグランヴェルジュの将軍。

【ライザ・ベオウルフ】

エルガーの魔女&妻。『スターエレメント』を持つグランヴェルジュの有能者の一人。


【ジフトス・リベリオン】

『獅子王』の名を持つグランヴェルジュの将軍。

【レジェーナ・リベリオン】

ジフトスの魔女&妻。『ブロークン・ハート』を持つグランヴェルジュの有能者の一人。


『ねぇエクト。みんなと一緒に行かなくて良かったの?』


 曇った空の下で、エクトとリンクしたレニーの声が耳元でエコー混じりに響いた。


 レヴァンらと別れて来た場所は『アカシエル』の中心部。

 ど真ん中にデカい木を生やさせた円状の広場だ。

 あちこちにベンチがあり、そこでスーツ姿のオッサンが新聞を読んだり、女性が化粧を嗜んでいたりしている。


 たくさんの人間が往き来するこの場所で、エクトもそれに混じって歩いていた。


「行ったって会話に入れなくてつまんねぇだろうが」


『そうだけど』


 レニーが困ったように声を潜める。

 勝手な行動をしているという背徳感でも感じているのか。

 エクトはそんなことよりチラチラこちらを見てくる周りの視線が鬱陶しかった。

 リリーザの学生服を着ているから仕方ないが。


「それに二人っきりの方がいいだろ? 敵国でのんびりデートなんてなかなかできないぜ?」


『なかなかじゃなくて普通できないけどね。戦時中なのは変わらないし』


 敵国で将軍に観光案内されるのも大概だけどな、と口に出して言おうかと思ったが、背後からピリピリとした気を感じて止めた。


 なんだこの大きな気は?


 エクトは振り返った。

 そこには昨日の『名誉挽回戦』とかいうソルシエル・ウォーで出ていたシルクハットの男『戦狼ベオウルフ』が立っていた。


「よぉ、これはこれはリリーザの『要塞』様じゃあねぇか」


 不敵に嗤って氷柱のような鋭さを持った青い目をこちらに向けてくる。

 真っ黒なスーツを華麗に着こなし、その上にグランヴェルジュの軍服を羽織っている。

 顔だけみれば、やたら短気そうな印象を受ける奴だ。


「あら本当。まさかこんなところで今回の敵と会うなんて」


 彼の背後からやって来たのはレヴァンみたいな赤い髪をしたショートカットの女だった。

 キツネのようにつり上がった黄色の瞳が特徴的で、服装はヘソを出したノースリーブの独特な軍服を着ている。

 そこらへんの一般的なグランヴェルジュ軍人が着ている軍服とはデザインが異なっている。


「……あんたは昨日のスナイパー野郎」


「『戦狼ベオウルフ』だ。スナイパー野郎なんて呼ぶんじゃねぇ。そもそもてめぇに言われたくねぇんだよ小僧」


「あっそ。悪いけどオレこれからデートなんでお前らに構ってるヒマねぇンだわ。じゃあな」

『ちょっとエクト! 挨拶くらい……』


「敵国でデートとは随分と余裕を見せつけてくれるな。てめぇまさか本気でオレとライザに勝てると思ってるのか? そんな『無能の魔女』なんかでよ」


「……なんだとコラ?」


 明らかにレニーを侮辱した言葉が混じっていたのでカチンときた。

 エクトはベオウルフを睨み付ける。

 当のベオウルフは余裕の笑みを浮かべながら。 


「あ? 本当のこと言われて怒ったか? そんな『スターエレメント』も持ってねぇ『無能の魔女』でオレたちに勝てるわけねーだろ?」


「そんなもんやってみなきゃわかんねーだろ? だいたいテメェはなんだ? 良い大人が朝っぱらから突っかかってきてよ。そのダッセェハット帽はなんだよ? ハゲでも隠してんのか?」


 自ら頭の天辺を指差しながら挑発的にエクトは返してやった。

 するとベオウルフという男は見た目通り短気な男のようで、すぐさま顔を怒りで染めてきた。


「……てめぇ」


「あ? 本当のこと言われて怒ったか? あんまりオレの女を舐めてんじゃねぇぞ? その辺の魔女と一緒にされちゃあ困るんだよ」


「あら、言っておくけど『同時詠唱』はもうアタシも出来るから、魔女的アドバンテージがあるとは思わないことね」


 突如、口を挟んできたのはライザと呼ばれていた女だ。

 言葉から察するにやはりベオウルフの魔女のようだが。


『そもそもの話。あんなもの誰でも習得できると思いますけどね』


「は?」


 まるで本当に簡単そうな物言いのレニーの声が、ライザを怪訝な表情へと変えた。

 リンクを解除してレニーがエクトの中から出てくる。


「あんなものをわざわざ習得しなければいけないほどあなたの『スターエレメント』はショボいのかしら?」


 腰に手を当てて、胸を張りながらレニーが言った。 


「……玉の輿女が言ってくれるじゃない」


 心底面白くなさそうにライザが目を細くしてレニーを睨み付けた。この女もどうやらなかなかに短気なのかもしれない。


「玉の輿女?」


 ライザの言葉の一部をレニーは疑問気に繰り返した。

 するとライザの顔は一転して嗤い出した。


「だってそうでしょう? あんたの戦士はリリーザではかなりの大手企業の御曹子なんでしょう? 良い男に召喚されたじゃない。それにもう捕まえてる。彼に『オレの女』とまで言わせるほどに落としてるんだから」


「お金なんて関係ないですけどね」


「どうかしら? 所詮世の中カネよ? あんたも本当はラッキーって思ってんじゃないの? こんな金持ちに召喚されてさ」


「思ってないわ。あたしは遊びでエクトと一緒にいるわけじゃない」


「口では何とでも言えるのよねぇ~。愛とか心とか、そんな薄っぺらいオブラートに包んでないで正直に言っちゃえば? あたし彼の女になって玉の輿狙ってますぅって」


 ライザの心無い言葉に、さすがのレニーも目付きを鋭くして相手を睨み付け始めた。

 レニーにとって一番言われたくない部分を抉られたのだから仕方ないが。 


 だがエクトも自分の大切なパートナーをここまで言われて黙ってはいられない。


「──おいキツネ女。オレのレニーを侮辱すんのは止めてもらおうか?」


「キツネ女?」とライザが不快に顔を染めてエクトに視線を移した。

 エクトは構わず続ける。


「ま、テメェの言う世の中カネって主張は否定はしねぇよ」


 世の中は金で回っている。

 金を否定するには、金で解決できる問題が多すぎるのも確かで、どうしようもない。

 だからそこは別に否定はしないし、どうでもいい。


「けどよ、レニーが物欲まみれみてーな女と言われるのは許せねぇな」


「あは、違うと言い切れる? 彼女相当な貧乏人みたいだけど?」


「レニーはたった4日で『魔法第二階層詞セカンドソール』を覚醒させた女だ。さらに16歳で『魔法第四階層詞フォースソール』まで覚醒させている。テメェが最近やっと使えるようになった『同時詠唱』もレニーはとっくに習得した。金だけが目的の女だったならば、レニーはここまで出来る女にはなれなかったはずだ。テメェにレニーみたいな事ができたか? ライザさんよ?」


 返し刃のように切り返したエクトに、ライザは言葉を詰まらせる気配を見せた。

 それを好機と見て最後の一言を添える。


「人の女にイチャモンつけてんじゃねーぞテメェら?」


「てめぇこそ人の魔女を『無能の魔女』なんかと比べてんじゃねぇよ。覚醒が早かろうが『無能の魔女』には変わりねぇのさ。テメェの魔女はな」


ベオウルフがエクトの前に出て来て言い放った。


「まだ言うかテメェ」

「なんだやんのかガキが」


 互いに忌々しく、いつ拳が飛んだでもおかしくないほどの険悪なムードを発した。

 広場にいた周りの人間は何事かとざわめいている。


「ちょっとエクト! ダメよ落ち着いて!」

「あはははっ! やっちまいなよエルガー!」


 止めるレニーの声と煽るライザの声が響く。

 すると。


「やめんか馬鹿者ども!」


 獅子の咆哮のような猛りの声が弾けた。

 あまりにもデカい声でさすがにエクトとベオウルフも反応せざるをえなかった。

 レニーとライザも驚き、周りにいた一般人も跳び跳ねるように驚愕していた。


「ちっ、いま良いところなんだよ獅子のオッサン。邪魔しねぇでくれるか?」


 ベオウルフが現れたら大男を睨み付けながら、不機嫌極まりない声音を発した。

 エクトもその大男を見やると、見覚えのある奴だった。

 あの軍服に赤いマント。

 そして厳つい顔を覆うライオンのたてがみのような黄金の髪。


 間違いない。

 奴は以前戦ったあの『獅子王リベリオン』だ。


「ベオウルフ。グランヴェルト様は問題を起こすなと言っていたはずだぞ?」


「……」


「引きなさいエルガー、ライザ。どのみちあなた達は明日戦う身でしょう? 血の気は明日ぶつけ合いなさい」


 獅子王の後ろから現れた露出の多い軍服姿の女が言った。

 名前は忘れたが、たしか『ブロークン・ハート』とかいう『スターエレメント』を持った獅子王の魔女だったはず。


「良いところだったのに、邪魔しないでよね色気ババァ」

「レジェーナよ。ライザお願いだから問題を起こさないで。あなたがしっかりしないでどうするの?」

「うっさいわね! ……エルガー行きましょう!」


 ライザに呼ばれたベオウルフがフンと鼻息を鳴らす。


「ふん。痛い目見ずに済んで良かったな?」

「テメェがな? 明日は覚悟しとけよ?」

「それこそてめぇがな?」


 言い合って、ベオウルフはライザと共に去って行った。



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