第136話『グランヴェルジュでの朝』
翌朝の7時に俺は目を覚ました。
グランヴェルジュで向かえた初めての朝となる今日。
外は雲っているのだろうか?
カーテンの隙間から光が差してない。
身体が重い。
見れば俺の胸でめちゃくちゃ幸せそうに眠るシャルがいた。
起こすのも申し訳ないほど良い寝顔だったが、このままでは起きられないのでシャルを起こす。
すると、よほど良い夢でも見ていたのか、起こされたシャルは物凄く不機嫌な顔で身を起こした。
だが、俺の顔を見ると。
「あ、レヴァンおはよう!」
と機嫌が一変して笑顔になった。
俺は「ああ、おはよう」といつものように返す。
(やれやれ、朝から忙しいお母さんだよなぁ?)
俺はシャルのお腹に視線をやりながら我が子に語りかけるつもりで言った。
当然返事はないが、同意はしてくれたような気がした。
※
朝食を取るためにエクトとレニーも誘って『帝国ホテル』の二階にある食堂へと来た。
グランヴェルジュで初の朝食だ。
なのだが、やはりと言うべきか他のホテル利用者から視線を浴びる。
あげくに天井に吊るされたテレビには、俺達が『アカシエル』に滞在していると報道されていて、余計に視線集めに拍車を掛けていた。
おかげで息苦しいったらありゃしない。
まぁ、視線を寄こすだけで特に何も言ってこないから害はないのだが、こちらをチラチラ見てボソボソ喋られるのは気持ちの良いものではない。
とはいえ防ぎようもないので、俺は食べたいものを適当に選んでトレーに乗せた。バイキング形式なので選び放題だ。
素晴らしい。
明太子スパゲティが無いのが残念だが。
食堂の隅っこにあるテーブルを選び、俺はそこの椅子に座ってトレーを置いた。
俺の隣にはエクトが座り、テーブルを挟んだ向かいにはシャルとレニーが座る。
ちなみにシャルの朝食はフルーツのオンパレードだった。
飲み物までミックスジュースときた。
隣のレニーはバターを塗った食パン一枚とコーンスープ。おまけ程度にサラダ(少量)がある。
「シャルお前フルーツばっかりだな」
俺が言うとシャルはフォークでパイナップルを口に運びながら頷いた。
「うん。なんか甘いものが食べたくてしょうがなくてさ」
「ふーん。まぁ何も食べないよりはいいよな」
「ですです。お腹の子にちゃんと栄養届けないとね」
言ってシャルはフルーツをモリモリ食べていく。
今朝もつわりを起こしていたから心配だったが、どうやらいらぬ心配だったようだ。
「シャルはともかくエクトとレヴァンは朝から食べ過ぎじゃない?」
コーンスープを片手にレニーが呆れ気味に言った。
厚焼き卵、エビチリ、肉野菜炒め、ミニハンバーグ、酢豚、焼きそば、からあげ、温泉卵、肉団子、ハッシュドポテト。
それらをサブとして、俺のメインはカレーライスだ。
もちろん大盛り。
エクトのメインは納豆かけご飯のようだ。
もちろん大盛り。
「何を今更。朝は一番エネルギーがいるんだぜ? お前の方こそもっとちゃんと食えよ」
今度はエクトが逆に呆れてレニーに言った。
正論だと思ったので俺もエクトに加勢する。
「そうだぞレニー。朝たくさん食べて夜を控えめにすれば太る心配もないしな」
「それは分かるけど、あたし太りやすいらしいから油断できないのよね」
「私もそうだから気持ちわかるよレニー」
シャルがレニーに共感した。
その二人の会話から察する。
非凡なスタイルを持つシャルとレニーだが、その裏では、スタイル維持のために涙ぐましい努力をしているのかもしれない。
「あーあ、ベルエッタさんが羨ましいや」
「ベルエッタさんって、昨日のあの、ですわ、ってお嬢様みたいな人?」
「そうだよ。『わたくし太りにくい体質なんですの』ってナチュラルに自慢してくるよ」
「そ、そう……」
おいシャル。
レニーのベルエッタさんに対する評価が下がってるぞどう見ても。
今の説明だとベルエッタさんがただの嫌な奴にしかなってなし。
「それよりここグランヴェルジュだよな? 昨日から思ってたんだが、なんか敵国に来たって実感沸かねぇぜ」
意外な言葉を口にするエクトだが、実は俺もそう思っていた。
「やっぱエクトもそう思うか?」
「ああ。なんかもっと殺伐としてそうなイメージだったんだが、案外と普通だったっていうか」
「あ、それ私も思ってた」
「あたしもよ。リリーザとあんまり変わんなくて正直驚いてるわ」
シャルとレニーもエクトに同意の声を出す。
どうやらグランヴェルジュとリリーザの差があまりなくて驚いていたのは俺だけじゃなかったようだ。
「なんだみんな同じ事を思っていたのか。たしかにリリーザとの違いって言ったら建築物の屋根が揃って赤色ぐらいか?」
俺が言うと、パンを食べるレニーが答えた。
「ええ。あと昨日の『名誉挽回戦』くらいかしら? あんなソルシエル・ウォーがあるくらいだから、この国の闇はもっと深そうだけど」
「見えてないだけかもしれないな」っと俺。
「そうね。見たくないけど」っと苦笑するレニー。
なんのためにあんな『名誉挽回戦』などを行うのか?
まだこの国のシステムを理解していない。
ただロクでもないシステムなんだろうなと、察しはつく。
このグランヴェルジュという国の『才能主義』という原点を考えれば。
※
朝食を終えて、俺とシャルは揃ってギョッとなった。
『帝国ホテル』から出てベルエッタの迎えを待っていたのだが、まさかあの『死神サイス』まで一緒に来るとは思ってもみなかったからだ。
「お迎えに上がりましたわ御二人とも!」
曇っている空の下でベルエッタが弾んだ声をあげた。
「ありがとうございます。……まさかあなたが来てくれるとは思ってませんでしたよ。サイスさん」
俺は苦笑混じりにそう言うと、サイスは腕を組んでフンと鼻息を吐いた。
「仕事だから仕方なくだ。それにベルエッタだけではいろいろと不安だからな」
確かに。
てっきりゴルトとヴィジュネールも付いてると思っていたのだが、まさかの不在。
他の仕事だろうか?
「おお、今日はそちらの方が案内をしてくれるのか」
『帝国ホテル』から遅れて出てきたのはシェムゾとグラーティアだ。
やっと来た。朝食は食べたのかな?
シェムゾらの姿を見たサイスとベルエッタはゆっくりと頭を垂れる。
「おはようございますシェムゾ様、グラーティア様。今日はこのサイスと魔女ベルエッタが責任を持って案内をさせて頂きます」
「かたじけないサイス将軍、魔女ベルエッタ。よろしく頼む」
言ってシェムゾとグラーティアもお辞儀を返した。
果たしてベルエッタが辺りを見渡して口を開く。
「あら? エクトさんとレニーさんはまだですの?」
「あ、いえ。エクトくんとレニーは先にどっか行っちゃいました」
シャルが答えた。
実は朝食を食べ終えたあと、エクトとレニーはさっさとデートへと直行してしまったのだ。
『お前らの会話に入れねぇから俺とレニーは勝手に街を見学させてもらう』
これがエクトの言い分だった。
たしかに昨日はベルエッタやヴィジュネールとの会話にエクトとレニーは入ってこなかった。
いや、エクトの言うとおり入れなかったのだろう。
アレだとまたつまらないと感じた様で、エクトとレニーは独断で動くことになった。
一応、止めはしたが、形だけ。
会話に入れねぇと言われれば、なかなか止めにくいものだった。
エクトとレニーの勝手な行動に、ベルエッタはキョトンとした。
怒るかと思ったが、そうでもないようで。
「あら、そうですの? どうしましょうサイス?」
「問題ない。リベリオン将軍とレジェーナ様も出ている。エクト・グライセンの方はあの方たちにまかせよう」
「了解ですわ。それでは皆さんこちらですわ」
街中をベルエッタが先行し、俺達は彼女に続いた。




