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第128話『愛の結晶』

 そして夜になった。


 疲れが溜まっていたレヴァンはシャルの隣でぐっすり寝ている。

 ここはレヴァンの部屋だが、シャルもいっしょにベッドで寝ていた。


『あの夜』を迎えてからずっとレヴァンはこうやって一緒に寝てくれるようになった。


 毎日一緒にお風呂に入ってくれるようになった。

 たくさんのワガママを聞いてくれるようになった。


 身体を洗ってと言えば、それこそ優しい力加減で洗ってくれるし、頭を撫でてと言えば、本当に優しく撫でてくれる。

 毎日毎日、自分の事を心配してくれる。

 どんなに疲れていても。


 一線を越えて、さらにレヴァンの優しさが増している。

 おかげでもっともっと好きになった。

 私は本当に幸せ者だと思った。


 なのに私ときたら……今回の件は失態だった。

 レヴァンの状態に気づいてあげられなかった事が、何よりも悔しい。


 たしかに自分もやたら胸が張ったり、体温が高いままだったり、すごく眠くなったりで大変ではあったが、レヴァンほど身体を酷使していないから気づいてあげるべきだった。

 

 だから、あんなにもがんばってるレヴァンのワガママを聞いてあげたいと思ったのだ。

 私の水着姿を見たいというちょっとエッチなワガママを。

 それにレヴァンはそういうエッチなワガママは私にしか言わないから、なおのこと聞いてあげたい。


 それに、とっておきのサプライズも用意してあるのだ。


(明日は一緒にお父さんを喜ばせてあげようね)


 シャルは自分の腹を撫でながらそう語りかけた。


(あぁ……女に生まれて、本当に良かったなぁ)


 うっとりとしながらそう思う。


 大好きな人の種で、自分という苗床で新しい花を咲かせられたのだ。

 しかもその花は、レヴァンと私だけの世界に一つだけの花。

 これほど幸せな事が他にあるだろうか?


(ありがとう来てくれて。本当にありがとう)

 

 女性にのみ許された孕の幸せを、シャルは深く噛みしめた。



 翌日の昼に、俺とシャルはエクトの豪邸へとお邪魔させてもらった。


 エクトの豪邸にあるジャグジープールは、それはそれは巨大な円型だった。

 解放感のある高い天井の下。

 張られた温水がブクブクと気泡をはじかせ続けている。


 俺は先にエクトとそのジャグジープールに浸かっていた。

 あとでシャルとレニーも来るのでちゃんと海パンを履いている。


 それにしても、ほどよい温水が血行を良くしてくれる感じだ。

 さらに吹き荒れる気泡が全身を振動させ、マッサージされているようにも感じる。

 

 やばい。

 すげぇ気持ちいい。


 散々痛め付けていた身体が、歓喜を上げているのがわかった。

 

「あ~本当にこれいいな」


「だろ? オレは毎日入ってるから飽きたけどな。ジャグジールームの外にはプールもあるぜ」


 さりげなく自慢してくるよこのお坊ちゃんは。

 何となく悔しいけれど、何を言っても勝ち目がないので俺は別の話題を振ることにした。


「それよりエクト。最近レニーとはどうなんだ?」


「ああ、婚約した」


「へぇ~婚約まで。すげぇ……──」


 ──ん?

 今エクトは何て言った?


 おかしいな。

 昨日シャルに耳掃除してもらったばかりなのに上手く聞こえなかった。


「今何て言った?」


「だから婚約だって。高校卒業したらそのままあいつと結婚するんだよオレらは」


「そ、そこまで進んでたのか!?」


「なんだよ文句あんのか?」


「いや無いけどさ。すげぇビックリした。いつのまに……」


「レヴァ~ン! エクトく~ん! おまたせ!」


 シャルの声がこのジャグジールームに響いた。


 来た! と俺は勢いよく立ち上がった。

 シャルの声がした方へ振り返ると、そこには。


「えへへ~どうかなレヴァン? レヴァンのために新しい水着買っておいたんだ」


「ぉ……おお……っ!」


 俺は歓喜した。

 シャルの美しい肩と腹と脚を露出させる赤いビキニが俺の目に焼き付く。

 やはり目を引くシャルの豊かな胸は、歩く度に赤い布地と共に揺れる。

 

「レヴァンの髪の色に合わせてみたの。どう?」


 なるほど!

 いつも白とか水色だったのだが、赤にしたのには理由があったのか。

 しかもなんか凄く嬉しい理由である。


「すげぇ似合ってるよシャル! 本当に可愛い! 俺生きてて良かった!」


「お前やっぱ変態バカだな」


 エクトに呆れられるが構わない。


「もう何とでも言ってくれ! 俺は嬉しいんだよ!」


「わかったわかった」


 更に呆れられた。

 当のシャルはクスクス笑う。


「おまたせみんな」


 ここでついにレニーも水着姿でやってきた。

 シャルに負けない非凡なスタイルを持つレニーは、黒と白のゼブラ柄のビキニを着ていた。

 またこちらも大胆である。


 最近妙に大人っぽくなったレニーにとても似合っていて綺麗であった。


 んん! っと勢いよく背伸びしたレニー。

 その弾みで彼女の大きな胸がプルンと揺れた。


 美女二人の大胆な水着姿。

 眼福とはこのことだ。


「良かったわねレヴァン。シャルの水着姿が見れて」


 意地悪な笑みを浮かべてレニーが言った。

 俺はしっかり頷いて返す。


「ああ。まち焦がれていたからな。俺は今、最高に満たされてるよレニー」


「……ほんと、レヴァンってシャルに関しては正直よねぇ。誰かさんと違って」


「あ? オレのことか?」


「他に誰がいるのよ。あたしだってあんたのために新しい水着買ってきたのに何の反応もしてくれないじゃない」


「なんだそんなことかよ。似合ってるぜそれ。センスあるじゃねぇか」


「本当に?」


「ああ。なんか牛みてぇ」


 ボキィッ!


「ぐあああああああ! なんで!? なんでだよ誉めたのに!? やめろがあああああああ!!」


 なんかスッゴイ久しぶりにこの光景を見た気がする。

 俺とシャルは思わず笑ってしまった。



 久しぶりに指を折られた後、エクトとレニーはジャグジールームの外にあるプールまで来ていた。

 晴れた空から日光が地面のタイルを照らす。


 シャルとレヴァンはまだジャグジールーム内にいる。


「なんだよ急にプールに入ろうなんて。今日はジャグジーで身体癒そうと思ってたのに」


 プールに浸かりながらエクトが愚痴った。


「あんたいつでも入れるでしょうが。それと仕方ないのよ。シャルに頼まれてるもの」


「頼まれてる?」


 おうむ返しに聞いたら、レニーが小さく笑った。


「レヴァンには悪かったけど、シャルに聞かされたのよ。あることをね。今日告白したいから二人っきりにしてほしいって言ってたの。水着とさらにサプライズを仕掛けるんだって」


 レニーの言っている事が何なんのか、エクトはすぐに察しがついた。

 そうか、身籠ったのかシャルのやつ。


 こんな場所で、しかも水着姿で告白するもんでもないだろうに。


「なるほどな。そういうことか。なら邪魔するわけにはいかねーな」


「話が早くて助かるわエクト。あたし達はあたし達で楽しみましょう?」


 笑いながらレニーはエクトに身を寄せた。

 エクトの腕にレニーの両腕が絡み、密着する。

 柔かいレニーの胸の感触が腕から伝わる。

 

「バ、バカ! どこ当ててんだよ!」


「な、なによ? 今さら恥ずかしがることもないでしょう? もう何回かあたしを抱いてるくせに……」


「……そうだな。今さら、だな」


 言ってエクトはレニーの両頬に手を添えた。


「エクト?」


「ジッしてろ。ちょっとやってみてぇ事がある」


「え、なに? ぁ……ん……」


 ちょっと強引に、エクトはレニーにキスをした。


 驚いて身をビクリとさせたレニーだったが、これといった抵抗はしてこなかった。


 そのままエクトは、してみたかったことをレニーにした。

 

 熱くて深い濃厚なキスを。


 レニーはまた驚き身を震わせたが、それでも抵抗はぜず、エクトの侵入を受け入れてくれた。



「ねぇレヴァン。聞いてほしい事があるの」


 ジャグジーには入らず、立ったままのシャルが言った。


「なんだ?」

「ちょっと上がってほしいな」


 言われて俺はジャグジーから上がり、シャルの前に立った。


 赤いビキニを身に纏うシャルは、いっそ抱き締めたい衝動に駆られるほど可愛く魅力的だ。


 そんなシャルがどこか幸せそうね笑みを浮かべて自分の腹を撫で出した。


「シャル?」


「ねぇレヴァン。またここにおでこを当ててみて」


 え、それって……っ!


「シャル、まさか!」


 俺の問いにシャルは頬を真っ赤にして嬉しそうに頷いた。


「来てくれたよ」


 刹那、俺は眼の奥が熱くなるのを知覚した。

 身体が、震えだした。

 心臓がドクンドクンと激しく脈打つ。


「だから、挨拶しよう?」

「あ、ああ……」


 突然の告白に、正直、困惑している。

 だけど、シャルの言われた通りに、俺はしゃがんでシャルの露出した腹に額を当てた。

 両手はシャルの腰に添えて、そして目を閉じる。


「ほら、お父さんだよ」


 優しい母のような口調でシャルが呟いた。


 ドクンとさらに心臓が高鳴る。


 今、確定した。

 ついに、確定した。

 お父さんだよと、シャルはそう言った。

 

 つまりそれはシャルが俺の子供を宿してくれた証明に他ならない。


「……ぁぁ、そこにいるのか」


 俺はしっとりしたシャルの腹に、額を当てたまま語りかけた。


「うん、いるよ。少し前に病院で胎嚢が見つかったの。ちゃんと来てくれたの。私たちのところに」


「そうか……そうか……そうか!」


 肩が震えて、大粒の涙が流れてきた。

 嬉しくて、あまりにも嬉しくて止まらない。

 額を当てているシャルのお腹には今、俺とシャルだけの赤ちゃんが育まれようとしている。


「来てくれたんだな。俺とシャルのところに。本当に来てくれたんだな」


「うん。本当に来てくれた」


「ぁ、ぁ、ありがとう。来てくれて、本当にありがとう……!」


 良かった!

 来てくれて本当に良かった!

 ありがとう!

 本当に、本当にありがとう!


 涙が溢れて止まらない。


 ずっと、ずっと欲しかったものが、いま、シャルのお腹にいる。


 誰よりも何よりも愛しい女性が、俺の子供を孕んでくれた。

 こんなに、こんなにも嬉しいことが他にあるだろうか?


 ダメだ。涙が止まらない。

 嬉しすぎて止まらない。

 ありがとう、ありがとう、ありがとう!


 来てくれて、本当にありがとう!


「シャル!」


「なぁに?」


「本当に、ありがとう!」


「私こそ、宝物をありがとう。これから一緒に大事にしていこうね」


「ああ、ああ! もちろんだ! シャル! ありがとう……愛してる」

「私もだよレヴァン。愛してる」

「……しばらく、こうしてていいか?」

「もちろん」


 俺は気が済むまでシャルの腹に額を当て続けた。

 その間、何度も語りかけた。


 俺とシャルの子供になってくれて、本当にありがとう。

 お父さんにしてくれてありがとう。

 シャルをお母さんにしてくれてありがとう。

 君という存在にありがとう。


 本当に、ありがとう!

 

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