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第127話『君のことを待っている』

 リビングに戻り、俺は料理をしているエプロン姿のシャルに1ヶ月の件を説明した。

『剣聖』の魔女が出産間近なことも。


「……そっか。相手の魔女さんが妊娠中なんだ。それなら仕方ないね」


「ああ……ごめんなシャル。できれば早めに片付けたかったんだけど」


「仕方ないよ」


 言ってシャルは料理の火を止めた。


「レヴァンが謝ることでもないし。前向きに考えよ? 修行期間が一ヶ月もできたって」


「そうだな。ところでシャル。身体は大丈夫か?」


「うん大丈夫だよ。ふふ、レヴァンたら本当に心配性だね。まだ着床すらしてないと思うよ?」


「ちゃくしょ……あ、そうか。いや、その、悪い」


「ううん。すっごく嬉しいんだよ私は。レヴァンがそうやってずっと気にかけてくれてるから私は何も怖くないもん。いつでも妊娠こいこいって感じ」


「え? 怖いとかあるのか?」


「そりゃあね。人間初めての経験ってやっぱり不安や恐怖がつきまとうものじゃん? でも私の場合はレヴァンのおかげで不安も恐怖もないよ。むしろ最近は『いつでもおいで』ってお腹に向けて語りかけてるよ」


 語りかける、か。いいなそれ。


「そうか。なら俺もしていいか?」


「え?」


「ちょっとジッとしててくれ」


 シャルは言われるがままジッとしてくれた。

 俺はシャルの前でしゃがみ、彼女のお腹に額をくっつける。


「レヴァン?」


「いつでもおいで。俺もシャルも、君のことずっと待ってるから」


「あ……」


「‥‥‥届いたかな?」


 エプロン越しで、シャルの暖かいお腹から額を離し、しゃがんだままシャルを見ながら俺は聞いた。

 するとシャルは優しく微笑んだ。


「うん、大丈夫。きっと届いたよレヴァンの気持ち」


「よかった」


「『がんばる』って」


「ん?」


「私の中でそう言ってる気がしたよ」


「そうか」

「うん!」


 頬を赤くしてシャルは笑った。

 釣られて俺もちょっと頬が熱くなるのを感じて笑ってしまった。

 

 互いに笑い合いながら、シャルは優しく腹を撫で、俺はまた額をくっつけてシャルのお腹の熱を感じた。


 がんばれよ。

 俺もがんばるから。


 一緒にがんばろうな。


 まだ一ミリも膨らんですらいないシャルのお腹に、それでも俺はそう念じ、思いを贈った。

 まだ見ぬ我が子を思い描きながら。



 あれから四週とちょっとが過ぎた。

 ノア将軍からの連絡はまだない。

 いったいどうしたのだろうか?


 魔女が出産を控えているという事情から、こちらから連絡して急かすこともできない。


 それは子供に悪い気がするのだ。


 だから今もノア将軍からの連絡をただ待ち続け、俺は今日もシェムゾとの特訓に明け暮れている。

 シャルとレニーはついに『魔法第四階層詞フォースソール』の覚醒に成功した。

 だがシャルの言う『凄い同時詠唱』はまだ未完成らしい。


 そして俺は。



「ぅおおおおおおおおおおおっ!」


 バキィンッ!


 シェムゾの鋭い一閃を見切り、俺の『グレンハザード』を叩きつけた。


「ぬぐっ!」

『あなた!?』


 超重量を乗せた一撃を剣で受け止めたシェムゾはふんばり切れずに吹き飛ぶ。


『訓練用コロシアム』のフィールドを何度か跳ねてシェムゾは倒れた。


「ぃよっしゃああああ!」


 手応えありだ!

 俺は『グレンハザード』を肩に乗せて片手でガッツポーズをする。


『凄い! あのお父さんを! 凄いよレヴァン! 本当に凄い!』

「ああ! 絶好調だ!」


 シャルと成長の喜びを分かち合っていると、途端に俺の足が笑い出して、膝をついてしまった。


『レヴァン!?』

「あれ? なんで……」


「無理をし過ぎだレヴァン」と戻ってきたシェムゾが言った。

 あれだけ勢いよく吹き飛ばしたのに、シェムゾはまるで堪えてない。


「ここ最近ずっと根を詰めすぎたな。今日はこの辺にして休め」


「いえ、俺はまだ」


 立とうとして、だけど身体が言うことを効かなかった。

 そんなに俺は身体を酷使したのか?

 これくらいで立てなくなるなんて。


「バカばっか言ってねぇで休めってんだよ」


【SBVS】のバリアが解除されると、聞き慣れた声が耳に入る。

 振り向けば、そこにはレニーを連れたエクトがフィールド外からやってきていた。

 そのままエクトは立てない俺に肩を貸してくれた。


「エクト……」

「シェムゾさん。こいつ連れていきますんで。今日はありがとうございました」


「ああ。今日と明日とゆっくり休みなさい。もういつ相手から連絡が来るか分からんのだ。コンディションは万全にしておけよ?」


「了解です」とエクトは答えて俺をフィールドの外へと運んだ。

 シャルもリンクを解除して俺に寄ってくる。


「レヴァン大丈夫!?」


「ごめん。大丈夫なはずなんだけど、なんか自分で思ったより身体が疲れてるみたいだ」


「ご、ごめんねレヴァン。気づいてあげられなくて!」


「いいんだよシャル。俺自身が気づかなかったんだし」


「ううん。側にいて気づけなかった私も悪いよ。本当にごめんね」


「シャル……」


 本当に申し訳ないといった感じでシャルが言うので、俺も自分の体調管理不足を深く反省せざるおえなかった。


『訓練用コロシアム』から出て、近くの木まで運ばれた。

 その木の側にあるベンチはちょうど日陰になっていて涼しく休める場所となっていた。


「ほら座れ」


 肩を貸してくれていたエクトが俺をベンチへと座らせてくれる。

 言葉とは裏腹に優しい力加減で。


 ベンチに俺が座るとシャルも隣に座ってきた。


「ったく。体調管理くらいしっかりやれよ」

 呆れ口調でエクトに言われて俺は「悪い……」としか言えなかった。


「本当に分からなかったよ。身体がこんなにも疲れてたなんて」


「毎日毎日あんだけ全力でやってりゃ疲れも溜まるさ。せっかく休みもらったんだ。今日と明日はしっかり休めよ? やっとシェムゾさんに追い付いてきたのに」


「ああ。わかってるよエクト。ありがとう」


「ねぇエクトくん」

「あ?」


 声を上げたのは隣のシャルだった。


「なんだよ」


「エクトくんの家って、たしかジャグジープールがなかったっけ?」


「あぁ、あるぜ?」


「明日みんなでそこ使わせてくれないかな?」


 いきなりなんか凄いことを言い出してきたシャルに俺はおもわず目を丸くしてしまった。

 

 しかもみんなって!?


「そうだな。いいぜ別に。ちょうどこの馬鹿ボロボロだし、用意しとくか」

 エクトが顎を撫でながら呟く。


「ありがとうエクトくん」


「いやシャルお前なにを急に」


「疲労回復のためだよレヴァン。それとすっごく頑張ってるレヴァンへのご褒美ね」


「ご褒美?」


「うん。見たい見たいってしつこかったから」


「え!? なんかしつこく言ってたっけ俺?」


「私の水着姿を見たい見たいって駄々こねてたじゃん」


 刹那、エクトとレニーの冷たい視線が俺に向けられる。


「バ、バカ! よせよ!」

 事実なのでそうとしか言えない俺。


「レヴァンあんた……駄々こねてまで」

「やっぱ変態だなお前」


 レニーとエクトの辛辣な言葉が胸にドスドス突き刺さる。

 

「いや! 俺はシャルのが見たいのであって! 誰でもいいってわけじゃないんだぞ!?」


「そーいう問題じゃねーよ。水着で駄々こねんなっつーの」


「はい。すいませんでした」


 エクトに言葉で叩かれ、俺は素直に謝った。



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