第12話『心の再確認』
ソルシエル・ウォーの勝利をギュスタに知らせるために、俺とシャルはコロシアム内にある『戦闘不能者休憩室』を探した。
ギュスタが運び込まれた部屋の番号を管理人に聞いて、その部屋の前まで来る。
ドアをノックしようとしたら、部屋の中から声が聞こえた。
ロシェルとギュスタの声みたいだ。
「レヴァン?」
俺がドアを開けないのが気になったらしいシャルが言う。
俺はシッと指を口元で立てて、そっとドアを開けた。
するとロシェルとギュスタの声と姿が鮮明になった。
ギュスタはベッドの上で上半身だけを起こし、ロシェルはベッドの横の椅子に座っていた。
「‥‥‥すまないロシェル。わたしは、やはりわたしは君のパートナーに相応しくなかった。君に恥をかかせてばかりで‥‥‥」
「ううん。そんなの気にしてないわ。私だってもう3年生なのに、いまだに『魔法第二階層詩』すら詠めないんだもの。ロンティア家の長女に相応しくなかったわ。お互い様よギュスタ」
「やめてくれロシェル! 君はいつもそうやってわたしを許す! 本音を言ってくれ! 頼りない男だと思っているのだろう!?」
「ギュスタ‥‥‥」
「こんな男がパートナーじゃなければ良かったと思っているのだろう!」
「思ってないわ」
「嘘だ!」
ギュスタの裏返りかけた声が響いて、その後すぐにロシェルは椅子から立ち上がり、ギュスタをそっと抱擁した。
それはギュスタの全てを受け止めるような優しい抱擁に見えた。
ロシェルの胸にギュスタの顔が埋まる。
「あなたがパートナーで本当によかった」
「ロ、シェル‥‥‥!」
「わたしを召喚してくれてありがとうギュスタ。大好き」
心のこもった優しい告白だった。
これがロシェルの本音だとわかる、そんな声音だった。
そのロシェルの言葉が、ギュスタの心を撫でたようで、彼の瞳から大粒の涙がこぼれた。
「ロシェル‥‥‥わたしは‥‥‥」
「うん。落ち着くまで、このままでいいから」
ギュスタは涙腺が決壊したかのように泣き出した。
張り詰めて、溜めていたもの全てを吐き出すように。
俺はそこで覗くのをやめた。
気づかれないようにドアを閉めてシャルの方へ振り返る。
「戻ろう」
「うん」
一緒に覗いていたシャルも察したらしく、とくに反対しない。
ギュスタはきっと、自分の涙をロシェル以外には見られたくないだろうから。
※
コロシアムを出れば、そこにはテレビ局の人間が待ち伏せていた。
しかもリリーザ側のテレビ局だけでなく、グランヴェルジュ側のテレビ局まで。
先に帰ったと思ってたエクトとレニーも彼らに包囲されインタビューの嵐を受けていた。
エクトが心底鬱陶しそうにしていたが、そこをレニーがうまくフォローして答えている。
やはりシャルの言うとおり意外と良いコンビなのかもしれない。
「すみませんリリーTHEテレビ局の者です。レヴァン・イグゼスさんですね? 今日の御活躍お見事でした! インタビューをお願い致します!」
「まだ1年なのに凄かったです! 普段は何をなされてるんですか?」
「これからの方針はどうお考えでしょうか?」
「昨日ソールブレイバーになったばかりなんですよね?」
結局インタビューの嵐に俺とシャルも巻き込まれ、落ち着けるまで半日を要した。
※
インタビューの嵐から解放され、学校へ帰るとオープ先生が俺達のヘトヘトな顔を見て察してくれたらしく、すぐに帰してくれた。
ただ一言。
「明日は国王様がお前さんたちに城でパーティーを開いてくださるそうだ。うまいものがたくさん出るから楽しみにしてなさいと仰っていたぞ」
まさか国王様直々にパーティーを開いて貰えるとは。
頑張って良かった。
努力が報われる瞬間を味わっている感じだ。
うまいものがたくさん出るなら楽しみだ。
そんな明日に想いを膨らませながら、俺はシャルと一緒に人気のない公園で一息ついていた。
木製のベンチに腰かけて、俺は大口を開けた。
「あーーーーー疲れた。マジで疲れた。もうやだインタビュー」
「ふふふ、でもこれでレヴァンは有名人だね。ファンがつくかもよ?」
「ファンかぁ。できたら嬉しいな」
「可愛い女の子のファンがついたら、恋人としては不安だけどね」
チラチラと俺を横目で見ながら言うシャル。
愚問とも言えるような不安を抱えるシャルは、やはり可愛い。
「俺はお前以外の女には興味ないよ。ずっと興味ない」
キッパリ本音で返事をする。
「わかってるよそれくらい」
キッパリ返しつつもシャルは嬉しそうだった。
その嬉しそうな横顔にまた愛しさを感じてしまう。
夜のテンションとやらか?
誰もいない公園で二人っきり。
そんな状況で、心許せる最愛の人間が隣にいれば、欲情と言うものが沸いてきてしまうのも無理はないのかもしれない。
そこを理性で抑えるのが男なのだが。
「ねぇレヴァン。先に言っておくけど、私のこといつでも好きにしていいんだよ?」
「な、なに言ってんだお前?」
「レヴァンが求めてくれればいつでも応えるって言ってるの! 言わせないでよ恥ずかしい!」
「なんで急に‥‥‥」
「ほ、ほら。ファンの中には猛烈にアプローチする人とかいるじゃん? それでもし、万が一にもレヴァンがそっちに行ったりしたら嫌だし」
こいつ。
数年前に友達をやめた関係なのに、信用されてないのかよ。
「お前な。それ俺のこと信じてないってことだろ。ちょっと俺に対して失礼だぞ?」
「あ! ご、ごめん! 信じてないわけじゃないの。ただ、ちょっと、不安だっただけで、その‥‥‥」
縮こまるシャル。
俺と離れるのが不安でたまらないって顔をしている。
男として、これほど嬉しい顔はない。
「シャル。ちょっと立て」
「え? わっ!」
俺はベンチから立ち上がり、同時にシャルも強引に立ち上がらせた。
そしてシャルを正面から見つめる。
シャルも驚いた顔のまま俺を見つめ返した。
「どうしたのレヴァン?」
このままキスしていいか? と聞こうとしたが、なんでいちいちシャルにそんなことを聞く必要があるのかと思い、俺は聞くのをやめた。
「不安を取り除いてやる」
「え?」
シャルの両頬に俺はソッと両手を添えた。
そのままゆっくりと、シャルの唇に俺のそれを重ねた。
シャルがびっくりしたらしく、身体を一瞬だけ震わせた。
でも、それだけだった。
シャルの抵抗はなく、むしろ俺の胸に手を置いてきた。
自分でやっておいて心臓が爆発しそうだった。
キザなセリフを言って、強引にキスまでした。
こんなことを自発的にやったのは今日が始めてだったから。
しばらくしてからお互いの口を離した。
頬を真っ赤にし、トロンとしたシャルの表情が悩殺レベルに色っぽかった。
しかしこれ以上はマズイと、俺は理性を働かせて、シャルから身を離す。
頬が熱い。
慣れないことをしたから、俺まで赤面してるのかも。
「腹減った。帰って明太子スパゲティたのむ」
「うん!」
不安は取り除いてやれたようで、シャルは笑顔で答えてくれた。




