第122話『好きだから好き』
レニーはエクトの母と話をするために、エクトの実家を訪れていた。
エクトの家は素晴らしく豪勢だ。
庭は広いし、玄関前には車寄せの場所まである。
ここはホテルかと突っ込みたくなる。
エクトの家が豪邸なら、レニーの家は便所のようだ。
そう自分で思ってしまうほどに差があるのだ。
泣きそうになる格差である。
※
エクトは自室で待つように母から言われ、しぶしぶそれに従って下がっていった。
残されたレニーは、この豪邸の二階にある応接室に招かれる。
そこは観覧植物こそあるが、他は絵の一つも飾っていない質素な部屋だった。
部屋の真ん中にはテーブルが一つだけ佇み、二つの椅子がそれを囲む。
レニーは椅子に座り、向かいにはエクトの母が座った。
夢でも一度見ているが、うちのお母さんとは対照的でエクトの母はとても綺麗な人だった。
銀の長髪をリボンで結った落ち着きのある髪型と、エクトとそっくりな黒い瞳が特徴的だ。
その黒い瞳は今、彼女が持っている名簿のような物に向けられている。
自分の個人情報でも書いてある名簿だろうか?
何にせよ落ち着かない。
まるで面接しているような気分だ。
「ふーん。たった4日で『魔法第二階層詞』の覚醒。さらに『強化合宿』で『魔法第三階層詞』と『同時詠唱』の修得。なるほどねぇ」
エクトの母が真顔のまま言った。
やはりあの名簿はレニーの情報が記されているようだ。
あんなものまで用意するなんて、この人、怒らせるとヤバいタイプの人かもしれない。
「エクトちゃんの魔女としては、あなたはとても優秀だと思います。本当に感服する成績ね」
「ぁ、ありがとうございます」
「それで? レニーさんはエクトちゃんのどこに惹かれたのかしら?」
「え?」
「エクトちゃんはルックスもいいし、経済力もあるし、結婚すれば玉の輿間違いなしだもの。そこに目が眩んだわけじゃないのなら、どこに惹かれたのか是非とも聞かせてほしいわね」
また、このような言われを受けるのか‥‥‥。
自分の母にもだが、きっとこれからずっと誰かにそう言われ続けるのかもしれない。
貧乏人が分不相応な金持ちと一緒になれば、必ずそんな眼で見られるということか。
上等である。
金に目が眩んだわけではない。
自分は本当にエクトという男が好きだ。
彼に生涯を賭けて尽くしたい。
その気持ちに嘘偽りなどないのだから。
「あたしは‥‥‥いえ! 私はエクトくんに召喚されてから、ずっと彼を見てきました。エクトくんは本当に自信に満ち溢れていて、強くて、かっこいいです」
「‥‥‥」
「でも口は悪いし、強引だし、少し短気でヒヤヒヤさせられることもたくさんありました。でもそんな欠点よりもエクトくんは凄く優しくて、いつも私の身を案じてくれるんです。学校の帰りも一緒について来てくれます。『お前に何かあったらオレが困る』って」
「あら、あの子が?」
聞かれてレニーは頷く。
そして続けた。
「気づけばエクトくんに夢中になっていました。寝ても覚めてもエクトくんが頭から離れなくて。最初はこんな短期間で好きになってしまった自分を疑いましたけど、それは否定しなくていい恋心だと親友に言われて、その気持ちと向き合えるようにもなりました」
「‥‥‥レニーさん。私は経緯ではなく、あなたがエクトちゃんのどこに惹かれたのかを知りたいだけなの。結局どこを好きになったの?」
「それは‥‥‥」
どこ、だろう?
自信に満ち溢れているところ?
何だかんだと優しいところ?
強引なところ?
強いところ?
あれ?
どこなんだろう?
あたしは、エクトのどこを好きになったの?
何故か答えが見つからなかった。
これだ! っと言える答えがない。
いつの間にか好きになって、夢中になって、彼のために尽くしたいと思うようになっていたから。
好きなのに、本当にエクトが好きなのに、なぜ答えが出てこないのだろう?
そもそも恋心というものを曖昧にして理解していない気がする。
「レニーさん?」
俯いて何も答えないレニーに、痺れを切らしたエクトの母が顔を覗き込んでくる。
冷や汗が出た。
彼女を納得させられる答えを提示できない。
「‥‥‥私は、エクトの‥‥‥」
どこに惹かれたの?
どこだ?
わからない。
どうしようもなく分からない。
思わず泣きそうになる。
「‥‥‥わかりません」
葛藤の末、導き出した言葉がそれだった。
あまりに情けない答えで、涙が溢れた。
(ごめんなさいエクト)と内心で彼に謝罪する。
「あらあら、そうなの?」
エクトの母が呆れたような口調でそう言った。
呆れられても仕方ない、不甲斐ない自分に落ち込んだ。
「困ったわね。私へのポイントを稼ごうとあれこれ適当に理由をつけてくる女なら即刻エクトちゃんから離れてもらうつもりだったけど‥‥‥」
「え?」とレニーは顔を上げてエクトの母を見た。
その顔は困っていたが、どこか嬉しそうに笑っていた。
「恋って、実は凄く曖昧で説明できないのよね。本当に相手を好きになると、些細なことがどうでも良くなる」
エクトの母が苦笑しながら言った。
「私もそうだったわ」と付け足して。
「さすがねレニーさん。あのエクトちゃんが選んだ女なだけあるわ」
「え?」
「はっきり説明できないほどに、あなたはエクトちゃんが好きだって分かったわ。あの子のステータスではなく、あの子自身を好きになってると」
エクトの母は名簿をテーブルに置いて、ゆっくり立ち上がった。
「疑ってごめんなさいねレニーさん。でもね、どうしても確認したかったの。あの子の妻になるっていうのに、生半可な気持ちの娘だったら大変だから」
「それは‥‥‥仰る通りだと思います」
「ふふ、あなたなら大丈夫そうね。本当に安心したわ。エクトちゃんもあなたじゃなきゃ会社を継がないって言ってたから、凄く心配してたのよ」
「エクトくんがですか?」
「ええそうよ。あの子にあそこまで言わせるなんてとんでもない女だと思ってたけど、本当に良い娘で良かったわ。‥‥‥どうかエクトを支えてあげてね?」
「も、もちろんです! 死ぬまで支えてみせます!」
勢いよく立って、レニーは頭を下げた。
良かった‥‥‥認めてもらえて。
本当に良かった。
エクトに召喚されてから、あたしの人生は大きく回り始めた。
それはきっとこれからも止まらない。




