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第117話『挨拶』

 夜になって食事を済ませる。


 風呂も終わらせた俺は寝間着に着替えて、首にタオルを垂らしてリビングへ来た。

 冷蔵庫からミルクコーヒーを取り出してがぶ飲みする。


 視界の先では先に風呂を済ませたシャルがソファーに座って『魔道書』を読んでいた。


「魔道書なんか開いてどうしたんだ?」


「ん、『同時詠唱』の練習。レニーがもう使いこなしてるからね。負けてられないよ」


「『同時詠唱』ってそんなに難しいのか?」


「そうだね。『思考』と『動作』を切り離してやらなきゃいけないから難しいよ」


「『思考』と『動作』を切り離す? そんなムチャな。人間ってのは考えるから動けるんだろ?」


「そうだけど、お母さんもレニーもやってのけてるんだもん。私もやらなきゃ」


「うーん、まぁ、そうだな」


「でもね、ひとつ考えてるんだけど『思考』と『動作』を切り離せないなら、あえて『思考』だけに絞ってみるのもありかと思ってるの」


「うん?」


「脳で詠み上げた詠唱にも魔道書は応えてくれる。ならさ、いっそ『思考』と『動作』を切り離すなんて難しいことをやるより、バッサリカットして口での詠唱を止めちゃうの。そして『思考』に絞って多層を作ってセカンドからラストまでの詠唱を一気にする。それができたらセカンドからラストまでの魔法をドバーッといっぺんに放てるじゃん? これが成功したら永遠に魔法を連発できるようにもなるし」


 どうしよう。

 シャルが何を言っているのか全然わからない。


「‥‥‥えっと、つまり?」


「つまり5つの魔法を脳内で同時に詠唱するってことかな。とりあえずは」


 なるほど。


「いや、それはさすがに無理じゃないか?」


 例えるなら、歌を二曲同時に頭の中で歌えるかという話だ。

 いくらなんでもこれは無理だと思うのだが。


「やるよ! やってみせるよ! 私って火力のある魔法ばっかりだから、手数が欲しいなーって思ってたからね」


「それは分かるけど、これから覚醒する魔法がそうとも限らないだろう?」


「そうかもしれないけど、そんな悠長なこと言ってられないでしょう? 私もレヴァンも」


 シャルはお腹に手を当てて、優しく撫でながら言った。

 その行為が何を意味するのか、分からない俺ではない。


「『同時詠唱』が出来るようになっても、それは結局お母さんと同レベルになるだけ。それじゃあダメだと思う。もっと『凄い同時詠唱』にしないとグランヴェルトとルネシアって人には勝てない気がする」


 シャルの言うとおりだと思った。

 世界最強の戦士と魔女を相手にしようと言うのだ。

 他と同じ事をしていて、ましてやそれで満足していて勝てるわけがない。


「たしかにお前の言うとおりだシャル。ならその『凄い同時詠唱』の修得も頼むぞ?」


「まかせてよ! レヴァンもいつまでもお父さんに手こずってたら許さないからね?」


「ああ、まかせておけ!」


 お互いにプレッシャーを掛け合い、笑い合った。


 魔女として、シャルは人間離れしたことをやろうとしている。

 ならば戦士として俺も人間離れを成さねばならない。


 心地良いプレッシャーだ。

 シャルには負けていられない。

『凄い同時詠唱』を成す前に、俺はシェムゾさんを越えてみせてやる。



 翌日の朝を迎え、エクトはレニーの家に向かっていた。

 よく晴れた朝だ。


『明日は、覚悟して迎えに来てね?』


 昨日の夜に、レニーは確かにそう言っていた。

 また指を折られるのではとヒヤヒヤしながら迎えに来たのだが。


「あ~これはこれは! おはようございますエクトさん。いつもうちの娘が御世話になってます」


「あ、いえ! こちらこそ! 御息女のお力添えにはいつも助けられています!」


 来てみればこれだ。

 レニーの自宅の前に、レニー本人とレニーの御両親が一緒になって待っていたのだ。


 おかげでこうして面倒な挨拶をさせられるハメになっている。


 いま目を合わせて喋っているのはレニーの父親のようで、あのオープ先生よりハゲている。

 それはもう見事なくらいに。

 だが優しそうな顔でおっとりとした雰囲気がある。


「いつもレニーを迎えに来てくれてありがとうねエクトくん」


「いえ! パートナーなら当然ですよ!」


 そしてこの恰幅の良い気が強そうな女性はレニーの母親だろう。

 レニーの金髪と蒼い瞳が同じだからすぐにわかった。


 それにしてもレニーの奴、いったい何のつもりだ?

 朝から御両親を家から呼び出すなんて。

 まさかこれが『覚悟して』の部分の正体か!?


「お父さん。お母さん。話があるの」


 エクトの隣に来るなりレニーがそう切り出してきた。

 向かいの御両親がきょとんとする。

 するとレニーはいきなりエクトの腕に自分の腕を巻きつけ、身体を引っ付かせてきた。


「あたし、この人と付き合ってるの」


 時が止まったような気がした。

 

 目の前の御両親は見事なほど「?」と言った顔をしている。

 何を告白されたのか、理解できていない様子だった。


「彼とはもう結婚も考えてます!」


 そのレニーの一言がトドメになった。

 

 バターン! とレニーの母親が盛大にぶっ倒れた。


「うわああああ!? ちょっと母さん!? 母さん!!」

「え!? どうしたのお母さん!? しっかりして! ちょ、お母さん!!」


「やばい! 頭を強打してる! レニーのお父さん! 急いで救急車を呼んでください! 早く!」


「お、おお! 救急車! えっと! ば、ば、番号なんだっけ!?」


 ダメだこの人!


 頼りないお父さんの代わりにエクトが救急車を電話で要請した。



 レニーの母親は病院へ搬送され、命に別状はないと診断された。

 ならば安心だとエクトとレニーは母の付き添いを父に任せて病院を後にした。


「お前な! あんな場所で暴露するバカがあるか! タイミングを考えろ!」


 エクトは街の歩道を歩きながらレニーに怒る。

 周りの視線が気になるが、このさい無視する。


「エクトに言われたくないわよ! あんただって勝手に結婚まで話し進めてたくせに!」


「それはオレも悪かったと思ってる! 親父の跡を継ぐ前に心配事を無くしたかったんだよ!」


「なによ心配事って」


「お前の事に決まってんだろ」


「はぁ?」


「お前を逃がさねぇように早めに取っ捕まえておこうと思ったんだよ。他の野郎に取られたら嫌だからな」


「に、逃げないわよ失礼ね! 一生支えるって言ったじゃない! あれに嘘はないわよ!」


「ならいいけどよ。‥‥‥つーか下手したらお前の母ちゃん大怪我するところだったじゃねぇか。あんな場所でぶっちゃけるもんじゃねぇって」


「だ、だって、まさか気絶するなんて思わなかったし‥‥‥その」


 まぁ確かに。

 エクト自身もレニーの母親が気絶までするなんて思わなかった。


 よほどショッキングだったのだろうか。


「‥‥‥後でまた、病院に行って様子を見に行こう」


「いいの?」


「当たり前だ。ちゃんと話つけといた方がいい。今後スムーズにいくためにもな」


「また倒れない?」


「‥‥‥さぁな。何とも言えねぇ。とにかく今日はオレの母さんにも話をつけなきゃならねぇんだ。しっかり頼むぜ」


「ぇ、ええ。でも、あたしなんかを認めてくれるかしら?」


「心配すんな。お前を両親が認めなかったらオレは会社を継がねぇって言うから大丈夫だ」


「ぜんぜん大丈夫じゃないわよそれ! ぁあもう! なんでこうスマートにいかないのよ‥‥‥」


「レニー」


「なによ?」


「スマートにいくわけねぇだろ。人生なんだから」


「‥‥‥なによ急にわかった風に」


 レニーは呆れた。




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