第113話『ノアとエルガー』
「おいノア! いるか!」
日もくれて静かになったと思ったら、うるさい男が『剣聖』ノア・ノブリスオージェの仕事部屋に押しかけてきた。
うるさい男‥‥‥『戦狼』エルガー・ベオウルフは、いつも頭にシルクハットをかぶっているハイセンスな男だ。
スーツを着こなし、その上にグランヴェルジュの軍服を肩に羽織らせている。
目付きはまさに狼のように鋭く青い。
グレーの髪を揺らしながらエルガーはノアの机の前まで来た。
「こんな夜中にうるさいね君は。何の用だい?」
ノアは金髪の前髪をクルクルと巻き遊びながらエルガーに問う。
「何の用だじゃねぇ! ニュースを観たか! あいつら負けやがったぞ!」
どうやら先刻のソルシエル・ウォーのことを言っているらしい。
「知っている。まさかあの布陣で負けるとはね」
『死神サイス』と『獅子王リベリオン』の『スターエレメント』をフルに活かせる布陣だったのに、この結末は予想外だった。
それだけ奴らが強力だったと言うだけの話だが。
「なんでお前はそんなに冷静なんだよ! あの『ヴェンジェンス・ソウル』をフルに使ったサイスでさえ負けたんだぞ!」
エルガーは将軍にあるまじき焦りを見せながら喚く。
たしかにあの状態のサイスを倒したということは、こちらの戦闘力と奴らの戦闘力は互角だという証明に他ならない。
エルガーの焦る気持ちもわからなくはなかった。
「分かっているよエルガー」
「だったら!」
「だったらどうする? すぐに我々も挑戦状を送るかい?」
「そうじゃねぇとマズイだろ。この短期間で三人も将軍がやられたんだぞ。これ以上成長されたら手も足もでなくなっちまう! そうなる前に俺とお前でだな!」
「落ち着きなよエルガー。君とタッグを組んで例の『レヴァン・イグゼス』と『エクト・グライセン』を倒すことに異論はない。でも今は駄目だ。きっと返り討ちにあうだろう」
「なんだと?」
「奴らの魔女の脅威も忘れるなよ? 『有能者』シャル・ロンティアの火力を見ただろう? あんな蒼い炎は見たことがない。『エメラルドフェル』で見たときと比べると段違いに火力が上がっている。そしてあの『無能の魔女』レニー・エスティマールも侮れない。『アイスシールド』と『ブルーストライカー』を両立させていたところを見るに『同時詠唱』の使い手だ」
「やっぱりあれは『同時詠唱』だったのか! あれを使いこなせるのは世界でも負け犬のグラーティアしかいねぇって話だったろ」
「今ではルネシア様も使えるよ。それでもレニー・エスティマールは世界で三人目の『同時詠唱』の使い手ということになる。もはや『無能の魔女』と馬鹿にはできないね」
「っち、どうすりゃいいんだよ」
「わからないかい? 戦士の技量が互角だと仮定するなら互いの魔女の能力が勝敗を左右する。できるかは分からないが、僕の魔女リビエラと君の魔女ライザにはこの『同時詠唱』を習得してもらう。確実に勝つためにね」
「習得してもらうって、おい、まさか!」
これからノアが言うことをエルガーは察したらしく、一気に顔色を悪くした。
しかし、他に良い方法がない。
「そう、ルネシア様に彼女らの面倒を頼む。そして僕と君も戦闘力の底上げが必要だ。グランヴェルト様がお戻りになられたら、僕たちも頭を下げよう。稽古をつけてほしいと」
「じょ、冗談じゃねぇ! 良い歳して修行しろってのか!? あんな奴らのために!?」
「では、他に奴等を止められる方法があるか?」
「それは‥‥‥」
エルガーは簡単に言葉を詰まらせた。
つまりはそういうこと。
自分達が強くなるに以外に奴らを止める方法はないのだ。
「エルガー。奴らを16の子供と侮っては負ける。確実に勝つために協力してくれ」
ノアの言葉に、エルガーは舌打ちを返事とした。




