第110話『ベルエッタ・サイス』
「ベルエッタ、聞いていたのか!?」
「全部、聞いてましたわ。ごめんなさい」
螺旋階段で疲れたのか少し息が上がってるベルエッタ。
その背後に彼女を連れてきたらしいシャルの姿もあった。
俺はシャルと目線を合わせて小さく頷いた。
ベルエッタを連れてこいと指示したのは俺だからだ。
「ごめんなさいサイス。本当に、ごめんなさい」
「‥‥‥っ」
「‥‥‥ごめんなさいサイス」
「しつこい! ‥‥‥もういい」
「盗み聞きの件ではありません。今までのことを、謝っていますの」
「なんだと?」
「わたくし、あなたのこと何も知りませんでしたわ。好きになろうと努力していても、深く知ろうともしてなかった」
「‥‥‥」
「愛されたいと求めるばかりで、あなたの心の傷にさえ気づけなかった。本当にごめんなさい」
「なんで謝る? 心の傷も何も、俺はお前に何も教えちゃいない」
「では、どうして教えてくれなかったんですの?」
「教えてどうする? 同情でも誘えってのか?」
「わたくしはずっとあなたのことを冷たいだけの人だと思っていましたわ。あなたのこと何も知らなかったから」
「だから、なんだ」
「さっきの話を聞いて、あなたが一人の女性をそこまで愛していたことが分かりましたわ。あなたがどうしてわたくしを見てくれないのかも」
ベルエッタの涙は止まらない。
吹いた風に彼女の金髪が靡く。
「あなたが一番隣に据えたかったのはわたくしではなく、セルシスさんだった。セルシスさんも、あなたの隣に居たかったはずなのに、それなのに、わたくしは我が物顔で‥‥‥あなたの愛を求めて‥‥‥ごめんなさい」
「お前が謝ることじゃないだろ! 俺が‥‥‥俺がお前に教えなかったのが‥‥‥悪かったんだ」
サイスの高圧的な態度が、急に鳴りを潜めた。
「そうですわよ! 教えてくれていればわたくしだって、ちゃんと配慮しましたわ! どうして‥‥‥どうして教えてくれなかったんですの!? わたくしはどうすればいいんですの!? あなたの一番になれないのに! でも、だからってセルシスさんを忘れてなんて、わたくしには言えないのに!」
「‥‥‥っ!」
「ねぇサイス‥‥‥教えて。わたくしは、わたくしはあなたの隣に居ていいんですの?」
碧眼から溢れでる涙はベルエッタの頬をつたって滴り落ちる。
しかしサイスは、そのベルエッタの顔から目を背けて黙る。
「ねぇ! 教えてよ!」
ベルエッタの助けてほしいと分かる悲鳴のような怒声だった。
どこにも逃げ場がなく、どこにも居場所がなく、もはやどうすればいいのか分からない。
端で見ている俺でさえ、ベルエッタの気持ちは伝わってきた。
国の決まりで結婚した二人。
引き裂かれた二人。
一番の被害者は、誰だったんだろう?
「‥‥‥拭け」
「え?」
サイスは泣き続けるベルエッタにハンカチを手渡してきた。
「帰るぞ」
それだけ言って、サイスは螺旋階段のある方へと歩を進めた。
「サイス‥‥‥」
ハンカチを渡されたベルエッタは呟く。
するとサイスは立ち止まった。
「早く拭け。でないと、先に帰るぞ」
「は、はいですわ!」
ベルエッタは遠慮なくサイスのハンカチで涙を拭いた。
昨日は平気で置いて先に帰ったくせに、今回は待っている。
「‥‥‥すまない」
最後に呟いたサイスの言葉。
俺はそれを聞き逃さなかった。




