第108話『理解するために』
『体調が回復したらアクアロートの天辺まで来てほしい』
俺はそれだけサイスに告げて、先にアクアロートの天辺へ来ていた。
病み上がり患者をいきなりこんな遠くまで歩かせるような形になってしまったが、魔法でのダメージはすぐ抜ける。
身体も人一倍鍛えているであろう将軍なら大丈夫だろう。
アクアロートの天辺にある欄干に手を置き、一息つく。
もはや夕日の時間で、ローズベルの街並みが淡い光に染まっていた。
ベルエッタはもう明日には帰国してしまう。
これから会うのすら困難になるかもしれない昨日できたばかりの友人。
その友人のためにも、サイスの胸の内をどうしても聞いておきたかった。
もしかしたらそれで何かしてやれるかもしれないと、俺とシャルは思ったからだ。
まずは理解すること。
否定なんて誰にでも出来る。
理解して、認めて、その上で解決する。
「こんな気色悪い場所に呼び出して、いったい何の用だ?」
背後からの声。
数時間前に戦っていた相手が姿を現した。
俺はゆっくりサイスの方へと振り返る。
「俺とシャルは、ここでベルエッタさんと出会った。その時の彼女の事を話そうと思ってな」
「やはりあいつの話か。くだらん。帰らせてもらう」
「そのあんたの態度に疲れて、ベルエッタさんはここで飛び降りようとしたんだぞ」
「なんだとっ!?」
踵を返しかけていたサイスはさすがに止まって姿勢を戻した。
よほど驚いたらしく、鋭利な瞳がこれ以上ないほど見開く。
「最初は俺とシャルのせいだと思ったが、よくよく考えれば普通の人間がカップルを見ただけでヒステリーを起こすなんて有り得ない。原因はベルエッタさんの心を痛めつけてきたあんたの存在にあったんだ」
「俺に謝らせたいのか?」
「違う。謝ってどうにかなる話じゃない。聞かせてほしいんだサイス。あんたがなぜベルエッタさんを愛してやれないのか」
「‥‥‥なぜそこまであの女の世話を焼く?」
「俺とシャルの大切な友達だからだ」
嘘偽りなく俺は答えた。
そしてやはりと言うべきか『友達』という単語にサイスは不快な顔を示す。
やはり彼には何かある。
それを聞き出さねば、何もしてやれない。
このままサイスとベルエッタを放っておいても、彼らが良くなる可能性を感じない。
だから知る必要がある。
このレナード・サイスという男を。
だが正直に言うと俺にとってサイスはどうでもいい存在だ。
理解する必要も何もない。
でもそれでは話にならないのも事実。
「お前に答えてやる義理はない」
「待て! なら最初に言ったとおりここで見たベルエッタさんの事をお前に話す」
「なんだ?」
「あんたに一度も優しくされたことがないってベルエッタさんは言っていた。泣きながらな」
「‥‥‥」
「国の決まりだからと割り切って結婚したとも言っていた。好きで結婚したわけじゃないって」
「お互い様だ」
「でも、好きになる努力も好かれる努力もしたとベルエッタさんは言っていたんだ。あんたが帰って来たくなるようにご飯の勉強も、掃除や洗濯の仕方だって勉強したって言っていたぞ。全部あんたのためにだ」
「押しつけがましいんだよ。その好意に応えてやる義務でもあるっていうのか?」
「あんたとベルエッタさんは夫婦だ。国の決まりで結婚したとしても、それを理由に相手を無下にしていい道理はないだろう? お互い様だと言うなら尚更。少なくともベルエッタさんはあんたと向き合おうとしていたんだ。なのにあんたはどうだ?」
「‥‥‥」
「俺が言いたいのはこれだけだ。あとはあんたの事を聞かせてほしい」
俺は正面に立って、真っ直ぐ見据える。
サイスは視線を逸らしてきたが、ゆっくりと口を開いてきた。
「‥‥‥情報では、お前とシャル・ロンティアは幼馴染らしいな」
「ああ」
「運の良い奴だよ、お前は」
「え?」
「情報は割れている。好きなんだろう? あの女が」
「当然だ」
「好きな女とソールブレイバーをやれるお前は運が良い。ましてや相思相愛。憎たらしいほど、殺してやりたいほどお前が羨ましい」
「ずいぶん物騒なこと言うな」
「俺にも居たんだ。お前で言うシャル・ロンティアのような存在が」
俺は驚いた。
俺に向けてくる嫉妬と憎悪。
その捌け口の変わりに、サイスはついに真相を告げてくれた。




