第11話『リリーザ防衛戦』
フィールドに出ると、階段状の観客席に座るギャラリーが大歓声を上げた。
がんばれー! という応援の声が千以上の人間達から贈られてくる。
見れば手を合わせ祈っている人もいる。
がんばれー! という一言にも声が枯れそうなほど必死に叫んでいる人もいた。
遊び半分で見に来ている観客は、子供も含めて一人もいないようだ。
みんなリリーザの明日を願っている。
自分たちの行動が、何千何百万人の運命を決めるこの戦い。
『リリーザで産まれ、リリーザに骨を埋めたいと願う者は大勢います』
あのフレーネ王妃の言葉を思い出す。
そして国王様の期待の眼差し。
声を枯らして応援してくれているリリーザの民たち。
それら全てに応えようと思うと今までに感じたこともないような、胃に穴が空きそうなほどの重いストレスを感じてしまう。
けれども一方で、それら全てに応えられるのは今このフィールドに立っている俺達しかいないという自覚が、俺の心臓を強くした。
ギュスタたちと横に整列してフィールドに立つ。
ここからでは見えないが、向かいにはグランヴェルジュのチーム10人がいるのだろう。
ソルシエル・ウォーには試合開始前の挨拶はない。
血が流れずともこれは戦争なのだから。
決してスポーツではない。
『間もなくソルシエル・ウォーが開戦されます。各ソールブレイバーはルールを確認してください』
流れるアナウンスと同時に観客席側にある大型モニターが光った。
【ソルシエル・ウォー】
〈バトル形式〉チームデスマッチ(10対10)
〈戦場〉荒野
〈勝利条件〉敵の全滅
【チーム・リリーザ】VS【チーム・グランヴェルジュ】
確認を済ませた俺は前方を見た。
すると例のごとく【SBVS】が機動され、観客席を守るバリアが展開された。
そして俺の足下が荒れた大地と化し、さっきまで見えていた観客席が青い空へと変化した。
ついに出た。
これが【SBVS】の真骨頂。
フィールド再現機能だ。
枯れ落ちた木や大岩が所々にあって見通しが悪い。
だが遮蔽物が多いとも言える。
『選手はリンクしてください』
アナウンスに従ってみんなが一斉にリンクする。
俺もシャルと手を繋ぐ。
粒子となって離散したシャルは俺の体内へ溶け込んでいった。
『『魔女兵装』を装備してください』
俺はとりあえず【グレンハザード】を召喚する。
今後の作戦のために必要な武器だ。
『カウント開始 5・4・3‥‥‥』
いよいよ戦闘開始へのカウントダウンが始まった。
さっきまで騒いでいた観客たちも一斉に静まり返る。
聴こえるのは己の心臓が脈打つ音だけ。
『‥‥‥1・戦闘開始!』
「わたしに続け! この戦い勝つぞ!」
おおおお! とギュスタのかけ声に呼応してシグリーたちが威勢の良い声を上げる。
そして荒野を前進していくギュスタたちに観客たちの応援が熱を増した。
俺とエクトはその戦列には加わらず、近くの大岩に身を隠した。
後ろで見物してていいと言われても、本当に身をさらして棒立ちしていれば撃たれる可能性があるからだ。
敵にもエクトと同じスナイパーライフルタイプの『魔女兵装』を装備しているヤツがいたら、それこそ狙い撃ちにされてしまう。
「シャル、レニー。魔女のテレパシーはオープンにしておけよ」
俺が指示を出すと二人は『了解』と言った。
テレパシーとは遠くの仲間と会話ができる魔女の干渉能力のこと。ようするに電話だ。
どんな魔女でもリンクさえしていればテレパシーは使える。
ただし相手もリンクしている必要がある。
味方以外にはテレパシーは繋げない。
敵に繋いだ場合は【SBVS】に反則として強制退場させられる。
と、いろいろ条件付きの電話だが。
ソルシエル・ウォーではこのテレパシーが味方と会話する主な手段となる。
近況を知らせたり、作戦を伝えたり、このテレパシーによって戦局を覆すこともあるので非常に重要な魔女の能力だ。
「マップも展開しろレニー。あの猪どもに攻撃を仕掛けてくる敵から位置を割り出す」
「わかったわ」
俺とエクトの前に四角い半透明の地図が出てきた。
レニーがマップを展開したようである。
これも魔女の標準装備といえる能力の一つで、自分の現在地と味方の位置を確認するためのもの。
ソルシエル・ウォーのフィールドは基本的に
【北エリア】
【東エリア】
【南エリア】
【西エリア】
【中央エリア】
そして【北西・北東・南東・南西エリア】と計8エリアに分けられている。
いま俺達がいるのは南エリアだ。
敵は向かいの北エリアからスタートしている。
レニーによって展開されたマップには青い点の集団が中央エリアに映っている。
味方のギュスタたちだ。
少し下の南エリアには俺とエクトのものである青い点も確認できる。
『敵を発見したぞ!』
『数は!?』
『四人だ!』
『『豪腕のティラン』もいるぞ!』
俺の中でシャルがテレパシーを味方に繋いだらしく、ギュスタたちの声が耳に入ってきた。
本当に電話しているみたいだ。
若干こもってる感じの声がまさに電話っぽい。
「ティランか。先陣切って出てきやがったか」
エクトが呟く。
するとテレパシーから銃声と爆音が響き始めた。
どうやら戦闘を開始したようである。
マップを見ると中央エリアには赤い点が4つ現れていた。
敵が『魔女兵装』で応戦を始めたのだろう。
敵は基本的にマップには映らない。
映るのは魔法を使用した時のみ。
「ティランの位置はわかったが、他の6人はどこに潜んでやがる」
マップを眺めながら言うエクトに俺は「たぶん西と東だな」と答えた。
「中央エリアは北側からの攻撃には強くなってる。遮蔽物が多くて並びもいいからな。けど左右の攻撃を防いでくれるものが少ない。あのティランの部隊は囮な気がする」
マップを見ながらの回答だった。
中央エリアには身を隠すのには十分な大岩が多くある。
しかしそれは北エリアからの攻撃に対してだ。
それを確認できたのが回答の理由だ。
意外にも細かく情景を映してくれるマップで助かる。
「同感だ。ここはオレとお前でふたてに別れるぞ」
『え? ここからエクトくんの武器で狙撃しないの?』
「してもいいが、まずは挟撃の予防が先だ』
『ふ~ん。あんた先輩たちを見限ってるのかと思ったら、ちゃんと助けるのね』
「当たり前だ。これで負けたら洒落にならねーだろ。レヴァンお前は東だ。オレは西を担当する」
「わかった。やられるなよ」
「お前がな」
『【チーム・リリーザ】レグナ=戦闘不能=エリア外へ』
いきなり流れたアナウンス。
モニターにも同じ事が標準されていた。
もう味方が一人やられた!?
『一人やられたぞ!』
『今のはなんだ!? どこからの、ぐあ!』
『【チーム・リリーザ】マレット=戦闘不能=エリア外へ』
『マレット!? くそ! 敵はどこだ!?』
『長距離からの攻撃よ! 西と東に二人ずついるわ!』
魔女リエルの声が聞こえた直後。
『た、盾を! うわああ!』
『【チーム・リリーザ】ギース=戦闘不能=エリア外へ』
鋭い銃声と爆音の中に味方の悲鳴が混じりだした。
やばいぞこれは!
『三人やられちゃったよ!』
『エクト! レヴァン! マップを見て!』
レニーに従いマップに目をめぐらせると、西と東エリアに赤い点が二つずつ映っていた。
しかもかなりの長距離だ。
それを見たエクトが舌打ちをする。
「四人ともスナイパーか!」
「あれじゃ反撃すらできない! エクト急ごう!」
「わかってる!」
エクトは西エリアへ。
俺は東エリアへ向かった。
※
全速力で荒野を走りながら俺はスナイパーのいる東エリアを目指した。
『おいギュスタ! なんとかしてくれ!』
『わかっている! ここは引いて態勢を立て直すぞ!』
『ぐあぁっ!』
『【チーム・リリーザ】レール=戦闘不能=エリア外へ』
『駄目だ! 前からティランの部隊が迫ってくる!』
『も、もうだめだ!』
『諦めるなバカ野郎! 背中を合わせろ! 盾で身を固めるんだ!』
シグリーの怒声が響く。
まだ粘ってくれているみたいだ。
だが士気が低いのはまずい。
どうするか。
『こちらリリーザのシャル! 姉さん聞こえる!?』
突如としてシャルが喋りだした。
『え、シャル!?』
返ってきた魔女ロシェルの声は焦りに満ちていた。
『姉さん! いまレヴァンとエクトくんが敵のスナイパーを倒しに向かってるから諦めないで! もう少し持ちこたえて!』
『シャルあなた‥‥‥、ご、ごめんなさいありがとう! みんな聞こえた!? いま1年の二人が敵スナイパーを倒しに向かってるそうなの! それまで持ちこたえて!』
『おお! 本当かよ! 頼む!』
『お願いします! このままじゃ全滅だわ!』
ロシェルではない別の知らない3年生たちが希望を手にしたような声を上げた。
しかし。
『シャル・ロンティア! お前はレヴァンの魔女だな! 余計な手出しはするなと言っ――』
ギュスタの怒りの叫びは途中で切れた。
『あんな状況でも怒鳴れるんだから大したもんだよねあの人』
呆れた声音でシャルが言った。
どうやらテレパシーを一方的に切ったらしい。
現に俺の耳にはギュスタ達の声や銃声などが一切聞こえない。
「あんなに嫌ってたロシェルに声を掛けるなんて意外だなシャル」
『そりゃ嫌いだけど、そんな私情を挟んでる場合じゃないし』
「そうだな。何にせよ味方の士気は少し回復したはずだ」
『うん。あ、それとレヴァン。これ』
「ん?」
俺の左手に銃の弾が召喚された。
かなり大きいその銃の弾はパッと見て【グレンハザード】のリボルバーに装填するものだとわかった。
『フレイム弾を6発分チャージしといたよ。装填しておいてね』
「なるほどそういう仕組みか」
スイングアウトタイプのシリンダーを振り出し、フレイム弾とやらを装填する。
一発装填する毎にシャルがタイミング良く次のフレイム弾を召喚する。
おかげでリズミカルに装填することができた。
走りながらの装填はさすがに面倒だったが。
「っ! 見つけた!」
どうやら俺は東エリアに到着していたらしい。
敵のスナイパーを補足した。
赤いラインの入った制服を着ているから間違いない。
岩をスナイパーライフルの土台にして撃っている。
俺は近くの枯れた木に隠れた。
『まだ私たちに気づいてないね』
「みたいだな。だがやつらの魔女の視線が分からない」
『そうだね。そればっかりは私にも分からないよ』
魔女を宿すソールブレイバーに奇襲を仕掛けるのは安易なことではない。
何故ならリンクしている魔女の姿が可視できないため、彼女らがどこを見ているのか分からないからだ。
もしあのスナイパー二人の背後を魔女たちが見張っていたら、近づく前に気づかれて対応されてしまうだろう。
できれば気づかれる前に一気にたたみかけたいところ。
「さっそく【グレンハザード】の出番だな」
言って俺は両手で【グレンハザード】を構え、発射トリガーに指をかけて引いた。
刹那、目を瞑りたくなるほどの赤い閃光が銃口から膨れ上がり、ハンマーがシリンダーを叩く。
爆発音にも似たような発射音を轟かせて灼熱の奔流を生み出した。
同時にリボルバーがガチンと音を立てて回転する。
灼熱の奔流は荒野を走り、敵スナイパーに直撃した。
大爆発が起きて敵スナイパーの悲鳴をかき消す。
確実に仕留めるため残りの五発も叩き込んだ。
『【チーム・グランヴェルジュ】アルバ=戦闘不能=エリア外へ』
『【チーム・グランヴェルジュ】リベイク=戦闘不能=エリア外へ』
さっきまでお通夜状態で静まり返っていたリリーザ側の観客たちは、初めて流れたグランヴェルジュチームの撃破アナウンスに歓喜に満ちた声を沸き起こした。
その声に耳を傾ける間もなく、俺は近づいてくる敵の気配に気づいた。
「おいこら! 派手にやってくれたなこのやろう!」
俺の前に現れたのはオレンジ色のトケトゲしい髪に目付きの悪い男だった。
両手には大剣と呼べるサイズをした武器を二刀流にして装備している。
この男もしかしてスナイパーの護衛に付いていたのだろうか?
俺は無言で武器を【グレンハザード】から【ブレイズティアー】に替えた。
白銀の銃身と刀身が太陽光を反射させる。
これも各所に赤い燐光を輝かせている。
昨日の特訓時に噛んでおいたが、ほどよい軽さと小回りの良さが【グレンハザード】とは差別化されていて良い感じだ。
「真ん中エリアに8人しかいねぇと思ったらそーいうことかよ。単独で来るとは良い度胸じゃねーか、ええ?」
俺は【ブレイズティアー】を構え、相手の攻撃に備える。
「お? なんだやる気か? この俺を誰だかわかってんだろーな? この俺を【破剣のガルバ】と知って挑んでるんだろーな?」
【破剣のガルバ】!?
まさか聞いていたエース各の一人がこんなガラの悪い男だとは。
まぁ、好都合だ。
ここで仕留める!
『【チーム・グランヴェルジュ】オグマ=戦闘不能=エリア外へ』
『【チーム・グランヴェルジュ】レイド=戦闘不能=エリア外へ』
またも敵を撃破したアナウンスが流れ、リリーザ側の観客の声はさらに熱を増した。
マップで確認する余裕はないが、撃破したのはおそらくエクトだろう。
これで敵スナイパーの脅威は去った。
あとは目の前にいる敵エースを倒す。
「んだぁ!? 西のやつらもやられたのかよ!? クソッタレ!」
悪態吐きながらガルバが唾を吐き捨てた。
「まぁいい。あっちにはクロイドの野郎もいるしな」
クロイド?
まさかエースの【疾風のクロイド】ってやつだろうか。
なるほどそういう布陣か。
スナイパーの護衛にエースを一人ずつ付けていたとは。
「さぁて! 俺の前に立ったんだ。やられる覚悟は出来てるよなぁあ!」
ガルバが二本の大剣を構えた。
するとその二本の大剣から緑の光が纏われる。
なんだあれは?
「『エアブレイド』!」
ガルバは吼えて大剣を二本とも薙ぎ払った。
緑色を帯びた風が二つ俺に飛来する。
三日月の形を成したそれは。
飛ぶ斬撃!?
咄嗟に【ブレイズティアー】でエアブレイドを捌いた。
捌かれたエアブレイドは二つとも左右にあった大岩に直撃して、その大岩を真っ二つにした。
「なんだ今のは!」
『『魔法第二階層詩』の『エアブレイド』だよ!‥‥‥今の良く捌けたね』
シャルの解説を聞いて思い出した。
ガルバの魔女が『魔法第二階層詩』を使えることを。
『『エアブレイド』を、捌いた!?』
「へ、へぇ~、やるじゃねーかよ。リリーザにもちったぁマシなのがいたみてぇだな!」
驚き絶句する気配を見せるガルバの魔女と、どこか引きつった声で言うガルバは、そのまま地を蹴った。
まっすぐ俺に向かってくる。
「おらぁあ!」
ガルバは接近して、威勢の良い声と共に大剣を振り下ろす。
これが『破剣のガルバ』とやらの斬撃か。
これは凄い。
笑いが出るほど。
「遅いっ!」
ガルバの腕を切り落とすかのように、脇から肩へ一瞬で切り上げた。
バシュンと光の粒子が飛び散る。
「ぐあああ!?」
『ガルバ!』
ガルバの魔女が悲鳴に近い声で叫んだ。
ガルバは切られた間接部から大量の粒子を撒き散らす。
切り抜かれた腕は握力を無くし、手にした大剣を落とした。
「ぐああぁぅ! く、くそ! なんだよコイツ! こんなのいるなんて聞いてねぇぞ!」
「グランヴェルジュのエースも大したことないなぁ? んん?」
『レヴァンかっこいい~!』
「ちょ、調子に乗りやがってええええ!」
残った左手の大剣でがむしゃらな薙ぎ払いを放ってきたガルバ。が、それさえも避けてガルバの顔面に【ブレイズティアー】を突き刺す。
同時にトリガーを引いて突き刺したままゼロ距離でフレイム弾を数発撃ち込んだ。
「がべべべべ‥‥‥っ!!」
『ああガルバ! そ、そんな!?』
俺はガルバの顔面に刺した銃剣を引き抜く。
彼の顔から花火のように粒子が散った。
ガルバは目を真っ白にして倒れ、光に包まれて消えた。
『【チーム・グランヴェルジュ】ガルバ=戦闘不能=エリア外へ』
『【チーム・グランヴェルジュ】クロイド=戦闘不能=エリア外へ』
「ん?」
いまアナウンスが一つ多かった。
『エクトくんだ! 『疾風のクロイド』を倒したみたい! やった!』
シャルが弾んだ声で言った。
さすがエクトだ。
やっぱりアイツほど頼れる仲間はいない。
敵のエース各を二人も撃破し、こちらの戦力は六人、敵は四人と形勢逆転した。
感極まって裏返りかけた観客たちの歓声が青空に轟く。
残りは『豪腕のティラン』と3人の敵だ。
遠くで『魔女兵装』から発射される魔法弾の光が交差している。
ティランの部隊とギュスタの部隊が激しく戦闘しているようだ。
「シャル! ロシェルに連絡を。今からそっちに合流するって伝えてくれ」
『了解!』




