第86話『深夜のデート(エクト&レニー)』
明日は50対50のグランヴェルジュとの一大決戦を控えている。
だから早めに寝てしまおうかとエクトは思っていた。
しかしオープ先生に聞けば、明日のソルシエル・ウォーは午後13時から。
ならばゆっくりできると思い、レニーをデートに誘ってみることにした。
思えば恋人になってから特訓・寝る・特訓・寝るの繰り返しで、ろくに相手をしてやれなかった気がする。
仕方ないと言えば仕方ないのだが、せっかくあれだけのサプライズを貰ったのだ。
こちらも彼女の労をねぎらってやりたい。
当のレニーはデートの誘いを快く受けてくれた。
エクトからデートの誘いをしてきたことにレニーは失礼なほど驚愕していたが、それでも嬉しそうに承諾してくれた。
そして共に夜の『ローズベル』を歩き、とりあえずアクアロートとやらの絶景スポットを目指した。
ホテルの人間にアクアロートの事を聞いてみれば、なかなか面白い話も聞けたからだ。
是非ともレニーと行かなければならないと思ったのだ。
「なかなか良かったぜレニー。大変だったんじゃねぇのか? あんな人数をまとめて歌とダンスの練習なんてよ」
「あたしはシャルを手伝ってただけだからそんなに。ロシェル先輩やリエル先輩も助けてくれたし、レイリーンさんやロミナさんもみんなをまとめてくれてたから」
「ふーん」
「ホント、シャルの発想力には驚かされるわ。最初に聞かされたときは大丈夫かなって思ったもの」
「確かにな。『ブロークン・ハート』の対策が歌とダンスとか」
「そうそう。作戦名も『最初から男子メロメロ作戦』って凄いネーミングだったり」
二人で楽しく雑談しながら街中を歩く。
こんな夜中にも関わらず『ローズベル』の街中は妙に賑やかさを保っていた。
まぁ明日はソルシエル・ウォーだから当然と言えば当然か。
※
アクアロートは『ローズベル』で一番高い塔だ。
そしてそのアクアロートに到着したのだが、確かに高い。
目前のアクアロートを見上げて、今からこれを登るのかとエクトはげんなりした。
エレベーターとか無さそうだし。
『ローズベル』で一番の絶景スポットだというのにこの人気のなさが答えになっていそうだ。
「あ、エクト!」
「あ?」
レニーに呼ばれたので振り返ろうとしたが、レニーにそのまま手を引っ張られて民家の影に隠れることになった。
「なんだよいきなり!」
「シッ! あれ見てよ。レヴァンとシャルだわ」
そう言うレニーが指を差した先をエクトは見た。
アクアロートの出入口から確かにレヴァンとシャルが出てきていた。
さらにもう一人。
ん?
「誰だあいつ」
レヴァンとシャルに続いて一緒に出てきたのは金髪碧眼の女性だった。
20代に見えるその女性は真紅のドレスを着ていて、何故かレヴァンたちと一緒に歩いている。
「綺麗な人。レヴァンとシャルの知り合いかしら?」
「さぁな。二人目の彼女かもしんねーぞ」
「レヴァンに限ってそれはないわよ」
「同感だ」
レヴァンが二股など有り得ない。いやマジで。
暇さえあればシャルシャル言っているシャル馬鹿だからだ。
シャル以外の女性には興味もない奴だし。
「ベルエッタさんって友達とかいます?」
「え? い、いますわよ友達なら。ざっと100人ちょっとくらいかしら?」
「そんなにいるんですか!? じゃあその中で一番の親友は誰です?」
「し、親友!? そ、そんなの‥‥‥いえ、いますわよ?」
「実は私も最近になって親友って呼べる人を見つけたんですよ」
「そうなんですの?」
「はい! レニーって言うんですけど、私は彼女こそ親友だと思うようになったんです」
「どうしてなのです?」
「‥‥‥ずっとついてきてくれて、ずっと支えてくれたんです。ある理由でレヴァンを頼れなくて心細かったんですけど、その間ずっと隣にいてくれたのがレニーでした」
そんなシャルとベルエッタというらしい女性の会話が聴こえた。
レニーの顔を見ると、案の定レニーは真っ赤になっていた。
「し、親友‥‥‥あたしが? シャルの?」
信じられないと言った感じで呟いている。
「あたし、シャルに言われたことをただやっていただけなのに‥‥‥」
「それがシャルにとってはポイント高かったんだろ。あんな面倒くさい企画に最初から最後まで文句言わずについていくのはなかなか大変だろうしな」
「文句なんて言えるわけないわ。一番大変なのは企画したシャル自身だろうし」
そう考えられること自体が凄いのだが‥‥‥。
※
そしてレヴァンたちが去るまで身を隠し、去ったのを確認してからエクトとレニーはアクアロートの内部に入った。
「‥‥‥てかなんでレヴァンらから隠れたんだオレたち」
「え? あ、えっと、なんとなく?」
「なんだそりゃ」
「だって‥‥‥」
「まぁいいよ。オレもせっかくのデートはお前と二人っきりがいいと思ってたからな」
「そ、そうね。あたしもそう思ってた」
また赤面しているレニー。
顔を赤くするの好きだなこいつ。
「だろ? しかし、うん、まぁ‥‥‥」
出入口を抜けたエクトはグルグルと天辺へ伸びる螺旋階段を見上げた。
そしてため息をつく。
おいおい、ホントにエレベーターすら無いじゃねぇか。
人気がないわけだ。
「こ、これ、登るのエクト?」
「やっぱお前には辛いよなこれ」
「いや、えっと‥‥‥」
返事に困っているレニーに、エクトも悩んだ。
こんなとき、レヴァンならどうする?
あいつなら、普通にシャルを担いで行きそうな気がする。
あっさり答えが出てきたが、それが正解な気がしてならない。
「よしレニー。乗れ」
「え?」
エクトはレニーに背を向けて屈んだ。
「担いでってやるからさっさと乗れよ」
「いや、そんな、悪いわよそれは」
「さっさとしろ」
「あ、はい‥‥‥」
有無を言わさずレニーをおんぶした。
軽いレニーの肢体がエクトの背に密着する。
ついでに豊満なレニーの胸の感触まで背中から伝わってきて、さすがにそれにはエクトもドキリとしてしまった。
女って生き物は、本当に柔らかい生き物なんだな。
脳内でそう呟きながらエクトは螺旋階段を駆け上がった。
※
レニーが軽いから簡単にアクアロートの天辺まで登り切れた。
そっと背中からレニーを降ろして、欄外から『ローズベル』の夜景を覗き込む。
「凄い‥‥‥」
アクアロートから眺められる夜景の美しさにレニーが目を見開きながら言った。
夜景の美しさについてはエクトも同じ感想だった。
「ああ。『ローズベル』ってそういうことか。光った川が薔薇を描いてんだな」
「うん。とっても綺麗」
「まぁ綺麗と言えば綺麗だが、レニーの方が綺麗に見えるぜオレは」
「へ?」
「お前って月に照らされるとめちゃくちゃ綺麗なんだよ。鏡ねぇから見せられねぇけどな」
正直に言ったつもりだったが、レニーはまたまた赤くなって絶句していた。
「お前ってホントに赤くなるの好きだな」
「ぁ、あんたが恥ずかしいことばっか言うからでしょう!」
「オレは正直に言ってるだけだ」
「んもぉ‥‥‥」
ムスッしたレニーが可愛くみえた。
月光に照されたレニーは綺麗で、それでいて可愛くて、こいつは今、自分だけの女なのだと思うと、妙に嬉しく感じる。
「なぁレニー。お前は知ってるか? アクアロートでキスをしたカップルは必ず結ばれるって」
「‥‥‥っ! そうなの?」
「ああ。どうしても上手くいかない夫婦がここに来ることだってあるんだとよ」
「そう、なんだ」
「お前はオレを死ぬまで支えるってあの時言ったよな?」
「うん。言ったわ」
「あの言葉が嘘じゃねぇなら、目ぇ閉じろ」
「‥‥‥」
レニーは、一瞬も迷わず、目を閉じてくれた。
彼女のその姿勢に救われた気持ちになりながら、キスを待っていてくれるレニーに答えようと、エクトはレニーと唇を重ねた。
恋人になってから二度目のキス。
レニーの柔らかい唇は本当に気持ちよくて、思わず彼女を抱きしめてしまう。
まだ離したくない。
身体も唇も。
レニーも同じことを思ってくれたのか、エクトの背に手を回して抱きしめ返してきた。
二人の間に隙間がないほど密着し、もはや一体化したように、二人の影は溶け合った。
しばらくして、名残惜しげに唇を離したエクトはレニーを見た。
唇を離されて、切ない顔をするレニーは、それでもすぐに微笑んでくれた。
「あたしを召喚してくれてありがとうエクト。あたしはちゃんと最後までエクトについていくから、心配しないで」
恐ろしく可愛いことを言ってくれたので、エクトはレニーの頭を優しく撫でた。
「ありがとうな」
共に未来を歩いてくれる事を承諾してくれたレニーに対する心からの礼だった。
エクトはレニーの頭から次いで頬を撫でていると。
「ベルエッタッ!」
謎の男性の声がアクアロートの天辺にて弾けた。
驚いて身体を離したエクトとレニーは現れた男性の姿を見た。
赤いラインの入った漆黒のコートは、どうみてもグランヴェルジュの軍服のそれだった。
「ベルエッタッ! ‥‥‥くそ、帰ってしまったのか」
一人でブツブツ言っているその男のパープルの瞳とエクトの真っ黒な瞳が合った。
「そこのお前。ここに金髪碧眼の女がいなかったか?」
聞かれたエクトはレニーと顔を見合わせた。




