第10話『期待と不安を胸に』
国の運命を決める日の朝は、清々しいほど晴天だった。
小鳥たちのさえずりが心地いい。
俺は自室で試合用の制服に着替えた。
長袖と長ズボン。
蒼と黒を織り交ぜた制服は金の刺繍が入っていてなかなかカッコいい。
「よし」
鏡の前で身嗜みを整える。
すると部屋のドアからノック音がした。
「レヴァン準備できた?」
シャルの声だ。
あいつも準備ができたらしい。
「ああ。入っていいぞ」
言うとシャルがドアを開けて入ってきた。
魔女専用の試合用制服を身に纏っている。
使われている色は同じだが、背中には魔女らしさをアピールするためか真っ黒なマントが伸びている。
さらにスカートで隠しきれていないシャルの純白の太ももが、窓から差す太陽光で照らされている。
あまりの美しさに目が行ってしまった。
「わぁレヴァンカッコいい! 凄く似合ってるよ!」
「そ、そうか? シャルの方こそ‥‥‥」
俺は言い欠けて止めた。
よく見るとシャルの身体のラインがけっこう出ていて服に余裕がない感じだ。
9歳の頃からどんどん大きくなったシャルの胸が特にキツそうである。
「……あ、や、ははは、また大きくなっちゃったみたいでして」
俺の視線を胸部に感じたのか、シャルは両手で豊かな胸を隠しながら照れ笑いする。
その仕草がいつものシャルっぽく無くて逆に可愛く見えた。
「レヴァンがいっぱいおっぱい揉むから」
「まだ揉んだことない!」
※
端から見れば何てことはない極普通の一軒家である俺の借家。
その借家の前に、迎えの車が来てくれた。
俺とシャルはその車に乗り込み『首都エメラルドフェル』の中心にあるソルシエル・ウォーのコロシアムへ向かった。
数分でコロシアムに着いた俺はシャルを連れて車を降りた。
運転手に礼を言うと。
「頑張ってくれよ。応援してるからな!」
と返された。
「がんばります」と言って車のドアを閉める。
コロシアムはすでに大勢の観客たちで一杯だった。
入口から伸びる観客たちの行列は最後尾が見えないほどだ。
リリーザとグランヴェルジュの決着がつくかもしれないソルシエル・ウォー。
むしろこれほどの観客が集まらない方がおかしいか。
しかもリリーザ側とグランヴェルジュ側のテレビ局まで出動している。
今日のソルシエル・ウォーは両国に生中継されるようだ。
「うっわぁ~凄い人数だね」
「そうだな。とりあえず選手控え室に向かうぞシャル」
俺はシャルの手を握り引っ張って歩いた。
「あ! レヴァン! 待って待って待って!」
「どうした?」
「あれ!」
シャルが指差した方角にはリリオデール国王様とフレーネ王妃が護衛と共に立っていた。
その向かいには。
「あれは!」
俺は思わず目を見開いた。
そこには『覇王』の名を冠する皇帝が威厳を放って立っていたのだ。
「グランヴェルト皇帝」
俺は最後の敵となる男の名を呟いた。
かなり距離があるのに全身を戦慄させる気を発している。
さすが『この世に王は二人もいらぬ』と断言して戦争するだけあって凄まじい威圧感だ。
これは覇気と言うやつだろうか?
まるで当たり前のように。
空気のように覇気を身にまとっている。
彼はグランヴェルジュの国色である【紅】を主とした装飾豊かなコートを羽織り、異様な迫力を醸し出す漆黒のスーツを身につけている。
そして彼の後ろには歴代最高レベルの将軍たちが勢揃いし、綺麗に並んでいる。
『剣聖ノブリスオージェ』
『戦狼ベオウルフ』
『獅子王リベリオン』
『死神サイス』
『暴君タイラント』
彼らの名を思い出す。
どいつもこいつもやたら強そうな名前がついている。
何にせよ俺の恋路の壁となる強敵たちだ。
越えなければならない。
「ようこそリリーザへ。リリーザ王国国王リリオデール・アーク・ライズです」
「グランヴェルジュ帝国皇帝グランヴェルト・ザン・グラムスです。国王自らお出迎えとは恐縮の至り」
「国の命運が決まる大事なソルシエル・ウォーです。人任せにはできますまい」
「なるほど。【例の物】を譲渡する準備は整っていると言うことでよろしいかな?」
「いえ、それは戦いの結果を見てからでも遅くはないはずでしょう?」
「ほう? ここへ来てまだ望みを捨てていないと見る。大した王の器ですな国王」
「‥‥‥生まれたての希望です」
刹那、俺は国王様と目が合った。
いや、正確には国王様が俺を見てきた。
一瞬だけだったが、間違いなく。
期待という重いものを背負わされた気分だが、悪くない。
他人の期待に応えて胸を張れる男というのは誰が見てもカッコいいはず。
そんな思いを支えにして国王の期待を黙々と受け止めた。
「シャル。そろそろ行くぞ」
「あ、うん」
※
コロシアム内部にある選手控え室に入った。
先に来ていた上級生たちが並べられたベンチに腰を下ろして待機している。
緊張をほぐしているかのように雑談までしている。
「やっと来たか」
俺に向けて発せられた声はエクトのものだった。
彼の隣にレニーもいる。
二人とも先に着いていたようだ。
上級生たちから離れた位置に座っている。
俺とシャルは二人の座るベンチ周りまで近づく。
「レニーおはよう」
「おはよう」
シャルとレニーが朝の挨拶を交わす。
しかし、レニーの顔に覇気がないことに気づいた。
見ればエクトも不機嫌な顔をしている。
ケンカでもしたのだろうか?
「どうしたんだエクト? ずいぶん機嫌悪そうだな」
「あぁ、まぁな」
素直に機嫌の悪さを肯定するエクトに、俺はいよいよ疑問を持った。
「どうしたんだ本当に?」
レニーに視線を向けて聞いてみた。
「実は‥‥‥」とレニーが言い欠けたとき
「レヴァン・イグゼス!」と背後から呼ばれた。
聞き覚えのあるその声に振り替えってみると、昨日のギュスタとシグリーが立っていた。
「あんたは昨日の」
「ふん、先輩に向かってあんた呼ばわりか? まぁいい。昨日はお前を過小評価してとんだ失態を見せた。今日は名誉挽回のために全力を尽くすつもりだ。お前たちは後ろで見物しているといい」
「‥‥‥なんだって?」
「このソルシエル・ウォーは我々2年・3年が片をつけると言っている。お前たちは手を出さなくていい」
俺は耳を疑った。
後ろで見物?
手を出さなくていい?
エクトが機嫌を悪くしていた理由に察しがついた。
リリーザの明日が掛かってるのにコイツら!
「バカ野郎! こんな大事な戦いのときに何考えてんだ!」
思わず怒鳴ってしまった。
隣のシャルがびくりと身体を震わせる。
「お前らが守りたいのはなんだ!? リリーザか!? それとも上級生のメンツってやつか!?」
「両方だ! 言っておくが昨日お前に負けたのはわたしの油断だ! このギュスタ! お前のような1年に劣りはしない!」
「僕もだ! おい! そこのエクト・グライセン! まだ僕は負けたつもりはないからな! いい気になるなよ!」
シグリーがエクトを指差して言い放った。
当のエクトは俺を見て肩をすくめる。
「後ろで見物していいってよレヴァン。そうさせてもらおうぜ?」
「おいエクト!?」
「こんなもん予想できた展開だろ? もう放っておけ」
ダメだ。
エクトも完全にギュスタ達に見切りをつけてる。
ここまで心がバラバラなのは国を守るチームとしてどうなんだ?
魔女の火力が負けてるだけでなく、チームワークもとれないなんて。
『ソルシエル・ウォーが開始されます。選手の方はフィールドに出てください。繰り返します‥‥‥』
俺の不安を逆撫でするかのように流れるアナウンス。
それに反応して上級生たちがベンチから立ち上がり、フィールドへ続く出入口に歩いていく。
「いいな。でしゃばるなよ」
一方的に言いつけてギュスタはシグリーと共に選手控え室から出ていった。
するとエクトがベンチからやれやれと立ち上がる。
「2対10が現実味を帯びてきたぜ」
「うん。なんか、本当にエクトくんの言うとおりになりそうだよ」
「どうするのレヴァン?」
レニーに聞かれ、咄嗟に思い付いたのはギュスタ達を前線で暴れさせて背後から敵に奇襲をかけるという囮作戦だった。
酷い作戦だが、今はそれしかないのかもしれない。
幸いエクトとレニーの『魔女兵装』にはスナイパーライフルの【アイスオーダー】がある。
これでギュスタ達と乱闘している敵を狙撃するという手もある。
エクトの狙撃技術なら可能性なはずだ。
「……みんな聞いてくれ」
高まる不安に、この戦いで負けるわけにはいかないと己の胸に言い聞かせ、俺はシャル・エクト・レニーに作戦の内容を告げた。




