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第85話『孤独のベルエッタ』

 アクアロートの天辺で金髪碧眼の女性を引き止めたのは良かったが、俺はその女性に顔面をひっかき回されて傷だらけにされた。


 めちゃくちゃ痛い。この人爪長いし余計に。


 あまりに暴れるためシャルは迂闊に近づけない。

 だから言葉で女性を宥めるもまず聞かず。

 

 ならば羽交い締めにして疲れるのを待とうと俺は考えたが、この人やたら体力があってなかなか疲れない。


 やっと息が上がって動きが弱々しくなったのは、30分ぐらい経った後だった。


「ったく! やっと大人しくなった」


 羽交い締めを解き女性を解放しながら俺は言った。

 ついでにヒリヒリする傷だらけの顔を撫でる。


 何者なんだこの人は?


「大丈夫ですか?」


 シャルは地面に座り込む真紅のドレスを着た女性に言った。


「いや俺の顔見てよシャル。俺の心配してよシャル」


「レヴァンはそれくらい平気でしょ?」


「そうだけどさ」


「じゃあ、痛いの痛いの飛んでけ~」


「おお! 痛みが飛んで‥‥‥って飛ぶかアホ!」


「ノリの良いレヴァンも好きだよ」


「またイチャイチャして! いい加減にしてほしいですわ!」


 座り込んでいた女性が立ち上がってまた怒ってきた。

 

「イチャイチャしてねぇよ!」

「そうですよ普通に話してるだけですよ!」


「どこが普通なんですの!? あぁもう、なんか疲れましたわ! お腹も空きましたわ!」


「こんな時間にですか?」


 驚いてシャルが聞くと、女性は真顔で肩を竦めた。


「ええ。なにか問題でもあって?」


「こんな時間に食べたら太りますよ?」


「あぁらごめんなさぁい? わたくし、凄く太りにくい体質なんですのよ?」


 口に手を当て、間延びした声で嫌みったらしく女性が言い放ってきた。

 しかしその素振りにワザとらしさがなく、ナチュラルに言っているのがわかった。


 素晴らしくナチュラルに性格の悪い女性である。

 友達とかいなさそうだ。


 言われた当のシャルも片眉をヒクつかせて女性をジト目で睨む。


「‥‥‥まぁ確かにスタイル悪くないですもんね」


 確かにスタイルは良い。

 あのレイリーンと同じくらい身長がある。

 でも胸はややシャルが大きい気がする。


「ふふ、そうでしょうそうでしょう。あなたもなかなかでしてよ? えーと‥‥‥」


「あ、シャルです。シャル・ロンティア。こっちが私のレヴァンです」


 さすがシャルだ。

 ちゃんと「私の」と言う単語をつけ忘れない。


「ん? シャル? レヴァン? どこかで聞いたような‥‥‥まぁいいですわ。わたくしはベルエッタと申しますの。どこか適当なお店を紹介してくださらない?」


 まるで当たり前のようにベルエッタと名乗った女性が言った。


「なんでだよ。そんなもん自分で探せよ」


 冷たいと思いつつ俺はそう返した。


 いきなりヒステリーを起こしてアクアロートを飛び降りようとしたり、人の顔面を怒りのままにひっかきまくったり、そんな女性を相手に優しくできるほど俺は聖人じゃない。


「そうですよ! 私とレヴァンはこれから大人のホテルに行って合体しなきゃならないんですから!」


 ゴンッ!


 俺はアホなシャルにゲンコツをして黙らせた。

 

 シャルの言葉にベルエッタはなぜか呆然としていた。

 そしてすぐに口を開いてきた。


「‥‥‥あなた方本当に仲がよろしいんですわね。どうすればそんなに仲良くなれますの?」


 意外な事を聞かれて俺とシャルは「え?」と同時に言ってしまった。


「わたくしなんて、どれだけ相手の事を想っても、相手は応えてくれませんわ」


「相手って、恋人ですか?」


 シャルが聞くとベルエッタは首を振る。


「いいえ旦那ですわ」


 え、この人、既婚者なのか!?


 シャルも同じ事を思ったのか、俺と目を合わせてきた。


「今日もせっかくこの街に来たのだから、この『アクアロート』で一緒に夜景を楽しもうと誘ったのですが‥‥‥来てくれなかったですわ。あの人が、わたくしに優しくしてくれたことなんて、一度もなかったですわ‥‥‥」


 どんどん小さくなっていくベルエッタの声は、それこそ哀愁に満ちていた。


 俯いて、彼女のクルクルした金髪が胸元に垂れた。


「あ、あの、なんでそんな人と結婚したんですか?」


「好きで結婚したわけじゃありませんわ!」


 シャルの問いにベルエッタは俯かせていた顔を上げて怒鳴った。


 シャルが驚いてビクリとする。

 俺もビクつきはしなかったが驚いた。


 いきなりこんな激昂するとは思ってなかった。


「国の決まりで、仕方なかったんですのよ!」


 国の決まり?

 どういう事だ?


 リリーザには結婚の年齢制限ならあるが、結婚を強制する制度などなかったはずだが。


「国の決まりだから仕方ないと割り切って、あの人と結婚しましたわ! なのに‥‥‥っ!」


 ベルエッタは何かを思い出したかのように、碧眼の瞳に涙を溜めた。 

 歯を食い縛り、肩を震わせ、かと思ったら糸の切れた人形のように近くのベンチに座り込んだ。


「ベルエッタさん?」


 シャルが座り込んで俯くベルエッタを覗き込みながら聞いた。


「好きになる努力はしましたわ。好かれる努力も‥‥‥」


「え?」


「彼が家に帰ってきたくなるようにご飯の作り方も勉強しましたわ。家の掃除や洗濯の仕方だって勉強しましたわ。なのに、いつも冷たくて、キスだって結婚式の時だけで、抱いてさえくれなくて‥‥‥子供だって作る気があるのかどうかすら分からなくて‥‥‥」


 ポタッポタッと、美しい碧眼からついに涙がこぼれだした。


 それに気づいたシャルがベルエッタに寄り添って背中をさすり出した。


 さっき出会ったばかりの他人にそこまでしてやる必要などないと思ったが、さすがに泣き崩れている女性が相手ではそんなこと言えたもんじゃなかった。


 すると今度はベルエッタの腹の虫が空気を読まずに鳴り出した。


 するとベルエッタはグスグス泣きながら「お腹空きましたわ」と俺の顔を見て訴えてきた。


 本当に何なんだこの人。


「‥‥‥ねぇレヴァン」


「ん?」


「私も小腹空いちゃった」


「‥‥‥」


「ベルエッタさんと一緒にどこか食べにいこうよ」


「またお前はそうやって首を突っ込む」


「きっと何かの縁だと思ってここは一つ! ね?」


 言いながらもシャルは申し訳なさそうな顔をしていた。

 

 ごめんなさい、と目で訴えてきていた。


「‥‥‥仕方ないな」


 俺はシャルに免じて店を探すことにした。


 

 



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