第84話『深夜のデート(レヴァン&シャル)』
歌と踊りを無事に終えたシャルを引き連れて、俺は真夜中の『ローズベル』の大通りを歩いていた。
「何かするとは思ってたけど、まさかあんなに凄いことするなんて思ってもみなかったよシャル」
「えへへ! がんばっちゃいました!」
そう言いながらシャルは俺の腕に自分の腕を絡ませて密着してくる。
学生服に着替えたシャルの柔らかい肢体を身体に感じた。
随分と久しぶりにシャルの柔らかさと暖かさを感じる。
優しいシャルの女の匂い。
凄く落ちつく。
俺の身体が、シャルを求めていたかのように活性化している感じがする。
いや、決して変な意味ではない。
最近本当に調子が悪かったのだ。
シャル成分が足りないと言うかなんというか。
「やっぱりあれくらいしないと『ブロークン・ハート』は防げないと思ってさ~」
「そうかもな。感動して泣いてる奴とかいっぱいいたぜ?」
「なら大成功だね! 良かった。明日はこれが切り札になると思うから尚更」
「切り札?」
「うん。それよりこれからどこに行くの?」
「あぁ、最近ぜんぜんデートとか出来なかっただろ? だからせっかくだし夜のデートでも楽しもうかと思ってな」
「レヴァンもそう思ってたんだ! いやぁ実は私もレヴァン成分が足りなくて調子悪かったんだよ!」
レヴァン成分か‥‥‥やはりシャルも調子が悪かったらしい。
ここ最近ずっと特訓・寝る・特訓・寝るの繰り返しで、シャルとはリンクするときぐらいしかスキンシップが取れなかった。
そのせいか、しっかり休んでいるにも関わらず調子が上がらず、うまく言えないが、どこか身体が重かったのだ。
「シャルもか。実は俺も調子悪かったんだ。シャル成分が足りない」
「シャル成分不足! ならさ! もうここでハグしてほしいな」
「まぁまて。今日のために良い場所を探しておいたんだ。まずはそこへ行こう」
「え~、どこなのそれ?」
「あそこ」
俺は『ローズベル』の中心にある巨大な塔を指差した。
この街に潤いを与え続けるように水を流している。
「『アクアロート』って塔らしいんだが、天辺まで上れるみたいなんだよ。眺めの良い絶景スポットって話で、お前と一緒に見たいと思ったんだ」
「へぇ~そんな良い場所あったんだ。でもけっこう遠いね」
「まかせろ。ほらっ!」
「わっ!?」
歌と踊りで疲れているだろうシャルを俺は抱き上げた。
もちろんお姫様抱っこ。
「このまま連れてってやるよ」
「え、ホントに!?」
「ああ! しっかり掴まってろよシャル」
「あ、うん!」
俺の首に手を回したシャル。
確認した俺は何度か地面を蹴ってから、一気に加速した。
ビュンと風切り音が響く。
「おおおおっ! は、速いよレヴァン! 速いいいい!」
「もっと速くできるぞ?」
「いやぁあ! もっとゆっくり走っていいから! ゆっくりお姫様抱っこ満喫したいから!」
※
シャルのゆっくり走ってという妙に矛盾を感じる要望を無視していたから『アクアロート』にはすぐ着いた。
天辺に行くための螺旋階段を登り、ついに夜景を楽しめる天辺にまで登り詰める。
そこは円状の天辺は石造りで、所々に木製のベンチがあった。
周りは欄干に囲まれていて、人が落下しないようにされている。
さすがに夜も遅いせいか周囲に人はいない。
確認してから俺はシャルをゆっくりと下ろした。
「どうぞお姫様」
「あら、ありがとう王子様」
互いに王族の真似事やりながら、欄干の方へと歩く。
欄干を越えた先を覗けば、そこには『ローズベル』の美しい夜景が広がっていた。
あちこちに流れる川からはブルーのライトが照らされていて、街中に蒼く光るラインを浮かべさせていた。
その蒼く光るラインは『ローズベル』に薔薇の絵を描いている。
なんて凄い。
俺のスイートルームの窓からでは見れない景色だった。
「す、凄いな。話には聞いていたが、こんなに」
「うん、本当に凄い綺麗だね。街に薔薇の絵が浮かんでるよ」
「ああ、本当に綺麗だ」
でも、シャルの方が綺麗だよ。
‥‥‥なんてセリフを言おうか言うまいか悩んだ。
さすがにクサいかもしれない。
でも月の光に照らされたシャルは本当に綺麗なのだ。
目が覚めるほどに。
「ねぇレヴァン」
「うん?」
「私もう我慢できない」
「え?」
突如シャルが俺に抱きついてきた。
背中に手を回して思いっきり抱き締めてくる。
「シャル?」
「レヴァンも抱き締めてよ」
「あ、ああ」
言われて俺もシャルの背に手を回して抱き締めた。
痛くしないようにほどほどの力で。
「頭撫でて!」
「お、おう?」
次の要望に答えて俺はシャルの桃色の長髪を撫でた。
できるだけ優しく。
シャルは俺の胸に顔を埋めながら「あぁ~癒されるぅ~」と変な声を出している。
だが俺も正直癒されていた。
シャルを片手で抱き締め、片手で撫でてやる。
それだけのことで、俺は自分の身体から重さが消えていくような感じがしたのだ。
シャルとこうやってスキンシップをとる。
それだけでこんなにも楽になるなんて。
「シャル。ちょっと顔を上げろ」
「ん~?」
シャルが俺の胸に埋めていた顔を上げた瞬間、俺はシャルの唇を奪った。
「ん!」と驚いたらしいシャルが目を丸くしたが、すぐに閉じて俺からのキスを受け入れてくれた。
シャルの頭を撫でていた片手を背に戻して、しっかり抱き締めた。
すると反応してシャルもさっきより強い力で俺を抱き締めてきた。
お互い、これ以上にないくらい密着した。
シャルの柔らかい胸やお腹や太腿の全てを感じる。
そして深いキス。
リンクとは違う一体感が、俺の全身を癒してくれる。
ずっとシャルとこうしていたい。
そんな甘い気分にさえなった。
「まったく! まっったく! まっっったく! やってられませんわ!」
「っ!?」
突然の知らない声に俺とシャルはビックリして離れた。
声のした方を見れば、金髪碧眼の女性が真紅のドレスを身に纏って立っていた。
しかしその顔は恐ろしく不機嫌そうで、目がキツくつり上がってしまっている。
だ、誰だこの人?
いつの間にここに?
「いつまで経ってもサイスが来ないと思ったら、今度は目の前でイチャイチャされて! ほんっとにやってられませんわ! もういいですわよ! もうこうなったら! 死んでやりますわああああっ!」
いきなりヒステリーを起こした金髪碧眼の女性が欄干に向かって走り出した。
「ちょ、レヴァン! あの人飛び降りる気だよ!」
「おい待て! あんた何やってんだ!」
俺は金髪碧眼の女性の腕を掴み、がむしゃらに引き止めた。
女性の足が遅かったので間に合った。
しかし女性は俺の手を振りほどこうと暴れてくる。
「離しなさい! 離して!」
「離せるか! 飛び降りるのはやめろ!」
「キィイイイーッ! 離しなさああああいっ! このバカップルどもめええええ!」
「落ち着いてくださいってば!」
大興奮する女性に、ついにシャルも宥め始めた。
そしてその謎の女性を落ち着かせるのにしばらく時間が掛かった。




