第81話『母との決着をつけるには』続
「お母さんは、私にどうしてほしいの?」
「え?」
「ごめんなさいって謝ってばかりで、私が許してるって言ってもどこか信じてない。堂々巡りだよ。どうしてほしいの?」
「私は‥‥‥」
またも黙り込むグラーティアに、シャルは彼女の正面に立った。
「ねぇ、お母さん‥‥‥」
呼ばれたグラーティアが顔を上げた。
シャルはグラーティアをまっすぐに見つめて、そして告げる。
「決着つけようよ。この話にさ」
風が吹き、草原を撫でた。
言われたグラーティアは目を見開き驚きの表情を露にする。
「答えて。私が『奇跡の魔女』だって知ったとき、どんな気持ちだった?」
「それは‥‥‥」
「正直に答えて」
「‥‥‥どうして、私じゃなくて、あなたなのって‥‥‥思ったわ」
「自分で娘たちに期待しといて?」
「‥‥‥ごめんなさい」
「自分のお腹から魔力のない私が産まれて、どう思った?」
「‥‥‥」
また黙った。
「お母さん答えて! 全部教えてよ! お母さんの全部! そのためにここへ私を呼んだんでしょう!?」
「っ! ‥‥‥あなたが産まれて、あなたに魔力が無いことがわかったら、私は、自分がどうしようもない無能だって思い知らされたわ。グランヴェルトには勝てず、負け犬になって、そんな自分が惨めで、あなたを見ていると、自分を見ているようで嫌だった」
「それで、私には冷たかったんだ‥‥‥そんな理由で」
そんなもんだろうと予想はしていただけに、非情にガッカリである。
勝手に私と自分を重ねて、勝手に嫌がって‥‥‥。
「ごめんなさい! 全部私が未熟だったから、あなたのことをちゃんと見てあげられなかった! 私が悪かったの! だからあなたの気がすむまで殴って! お願い!」
「殴られないと気がすまないの?」
「それは! ‥‥‥他に、あなたに許してもらう方法が、思いつかないわ。あの時、殴ってくれてれば、どれだけ楽だったか‥‥‥」
ついにグラーティアの目から涙が溢れた。
肩を震わせ、歯を食い縛り、拳を握り締めている。
過去の自分への怒りだろうか。
何にせよ、グラーティアが心の底から反省をしているのはさすがに伝わった。
ちゃんと反省してくれた母親を、それこそ殴るなんて出来ない。
「‥‥‥ならお母さん。私の要求に従って全部聞いてくれたら、本当に許してあげる」
「‥‥‥要求?」
「おんぶして」
「‥‥‥え?」
「おんぶ!」
「な、なんでおんぶなの?」
「おんぶしてそのままホテルにある私のスイートルームまで運んでもらうよ。お母さん軍人だし体力的に出来るよね?」
「いや、で、できるけど」
「じゃさっそく」
「え!? 本当にするの!?」
「早く」
グラーティアに後ろ向きになってもらい、そのままシャルは母親の背中に乗っかった。
久しぶりに、本当に久しぶりに、母親の体温を感じる。
「おお、これはなかなかの乗り心地ですなぁ」
「ど、どうしてこんなこと急に‥‥‥」
「ほらほら。許してほしいなら歩いて歩いて」
急かされたグラーティアはシャルを背に抱えたまま歩き始めた。
さすがに軍人とは言えグラーティアは魔女だ。
体力も筋力も戦士たちとは比較にならないほど低いだろう。
現に足取りが重い。
それでも降りる気にはなれなかった。
グラーティアの首に手を回して、しっかり抱きつく。
何年ぶりだろう?
こんなにもお母さんと肌を密着させたのって。
「‥‥‥お母さんって、暖かいね」
「え?」
「ずっと、レヴァンにだけ暖めてもらってたから、忘れてたよお母さんの温もり」
「シャル‥‥‥ごめんね、本当に‥‥‥」
シャルは「いいよ」とだけ答えて、グラーティアの柔らかくて暖かい背中を感じる。
16歳になって、やっと母の温もりを感じることができた。
本当に暖かい。
レヴァンとは違う暖かさ。
まるで故郷に帰ってきたような安心感を覚えてしまう。
「ねぇお母さん」
「ん?」
甘えたい。
今日だけでいいから、母の愛が欲しい。
ずっとレヴァンの愛で誤魔化して飢えていた親の愛情が欲しい。
「私の部屋についたら、そのまま一緒にお風呂入ろうよ」
「私と?」
「ダメ?」
「ダメじゃないけど」
「それとさ、今日だけ一緒に寝よう?」
「‥‥‥ええ、もちろん」
「寝る前にほっぺにキスしてね」
「していいの?」
「うん」
「わかったわ」
グラーティアは笑った。
シャルも笑った。
一緒に笑ったのは、今日が初めてだった。




