第9話『本当にほしいもの』
ソルシエル・ウォーはルール上、20歳以上の大人は20歳以下の未成年に勝負を仕掛けることはできない。
だが逆に未成年が大人に勝負を仕掛けることはできる。
この特殊なルールのおかげで皮肉にもリリーザは延命したと言えるだろう。
何故なら、リリーザの大人たちが全滅したおかげで、覇王グランヴェルトの侵攻を阻止できているのだから。
しかし残りの制圧していない街や都市に侵攻するために学生らを強化し始めた覇王グランヴェルト。
各街や都市の防衛チームとして配置されていた3年生や2年生たちは、結局グランヴェルジュの学生らに負け続け、今に至る。
そんな面白くない話をオープ先生から聞いた後、俺達は帰路へついた。
『魔女契約者高等学校』を出て『首都エメラルドフェル』を歩く。
俺の借家へ行くのに車も電車も必要ない。
それほどの距離はないからだ。
いつも帰宅に通る舗装された歩行者用の道は、それこそ時間を間違えると帰宅ラッシュに巻き込まれやすい。
幸いにも今はまだ4時45分。
帰宅ラッシュ開始まで30分はあるから大丈夫だ。
「なぁ、明日のソルシエル・ウォーなんだけどよ」
建ち並ぶ高層ビル郡をチラチラ見ながらエクトが言った。
俺はエクトの方を見て次の言葉を待つ。
「あのギュスタとシグリーが味方の中では一番強いんだよな?」
……言われて気づいた。
確かにギュスタは学内No.1。
シグリーはNo.2。
他は彼ら以下の実力ということになる。
これがどういうことか、分からない俺じゃない。
「あの模擬戦の結果で一気に不安になっちまった。明日は本当に勝てるかどうかわかんねーな」
「ちょ、ちょっとエクト! そんな頼りないこと言わないでよ!」
「味方が頼りねーんだよレニー。明日は10対10だぜ? いや、最悪2対10かもな」
「そんな極端な! あっちのチームだってみんなギュスタとシグリーレベルかもしれないじゃない」
「んな都合よくいくかよ。そもそも敵のチームにはエース各が三人もいるんだ。【破剣のガルバ】【疾風のクロイド】【豪腕のティラン】ってのがな」
さすがエクトだ。
最初からチームに編成されていただけに情報をしっかり持ってる。
「ちなみにそいつらの魔女はみんな『魔法第二階層詩』まで詠めるらしい。かなり厄介だぜコレは」
『魔法第二階層詩』と言えば『魔法第一階層』以上の上位魔法のことだ。
ここからの魔法はみな個人差が出てくる。
同じ属性でも、使い手によっては効果は様々だ。
「学生なのにもう『魔法第二階層詩』が使えるの!? 凄い‥‥‥」
驚いたのはシャルだった。
実際、学生の内で『魔法第二階層詩』を解放するのは極めて難しいとされている。
上位魔法を使うには、魔女がそれを詠めなければ話にならない。
『魔法第一階層』
『魔法第二階層詩』
『魔法第三階層詩』
『魔法第四階層詩』
『魔法第五階層詩』
『魔法最上階層詩』
まである上位魔法だが、これがどこまで詠めるかでその魔女のレベルが分かる。
シャルとレニーはまだ『魔法第一階層』しか詠めない。というか撃てない。
どうやって魔女の魔法レベルを上げるのか?
実は正確には判明されていない。
ここが以前オープ先生が言っていた『戦士の実力に魔女がついていけない』事態を招く最大の要因にもなっているらしい。
「魔女の火力は負けてる。2年、3年の魔女にも『魔法第二階層詩』を使える奴は一人もいねぇ。だから技量で勝つしかねぇよ」
エクトが俺を見て言った。
俺はああと頷く。
今日やっと魔女となったシャルとレニーに『魔法第二階層詩』を求めるのには無理がある。
そのかわり俺とエクトには今まで培ってきた戦闘スキルがある。
これで今回は乗り切ってみせるまでだ。
「負けたらグランヴェルトの才能主義国家にされちまう。明日のソルシエル・ウォーは死んでも負けられねぇぞレヴァン」
「わかってる。ようやく巡ってきたチャンスだ。物にしようぜ」
俺は拳を突き出し、エクトも拳を突き出し、互いに叩き合わせた。
「じゃあな。明日は遅れんなよ」
そう言って、分かれ道の前でエクトは自分の家がある方へと歩を進めていく。
「また明日ね」
レニーも自分の家がある方角へ向かっていく。
するとエクトが足を止めた。
「まてレニー」
「え、なに?」
「お前の家ここからどれくらいだ?」
「そうね。だいたい15分くらいよ?」
「けっこう掛かるな。送ってやるよ」
「え?」
エクトがレニーの歩く方角へ道を変えた。
「べ、別に一人で帰れるわよ」
「うるせぇな。お前に何かあったら困るんだよ」
そんなやりとりをしながら、エクトとレニーは歩いて行った。
何気に見送ってしまった俺とシャルは顔を見合わせる。
「意外と優しいとこあるなエクトのやつ」
「いやそりゃそーでしょ。自分の魔女なんだから。あとレニー自身も可愛いしね」
「お前でもそう思うんだ?」
「うん。あれ? 変?」
「いや別に」
俺はシャルと自宅を目指してまた歩き出す。
人が少しずつ多くなってきたので手を繋いだ。
「いやぁ~それにしてもなんか、今日は本当にいろいろあったね」
「そうだな。魔法が使えるようになって、シャルがパートナーになって、シャルが『奇跡の魔女』だと判明して、ギュスタとシグリーやっつけて、明日の試合の選手に国王様から推薦されて、国王様に頭下げられて‥‥‥」
自分で言ってて凄いと思った。
なんて密度の濃い一日だったのだろう。
「ファーストキスもしちゃったしね」
「え‥‥‥したっけ?」
「私を召喚した時にしたじゃん!」
「ぁ、ああ! そう言えばそうだな」
あの感触を楽しむ余裕ゼロだったやつか。
「あんな形でファーストキスするとは思わなかったけどね」
「シャルもか。実は俺もだ」
「だよね」
そんな会話をしていると、いつの間にか川沿いにある道を歩いていた。
少し遠くに見える大橋にはたくさんの車が走っている。
この辺は高層ビルが少なくなり、夕日が綺麗に見える。
まだ『魔道男子学校』へ通ってたときは必ずこの道を通っていた。
シャルとゆっくりこの道を歩くのが、なんとなく好きだったからだ。
人気も少なく、落ち着ける。
「ねぇレヴァン」
「ん?」
「前から聞こうと思ってたんだけど、レヴァンはなんで全国制覇を目指してるの?」
ドキッと心臓を鷲掴みにされるような衝撃が胸に走った。
シャルにはまだ全国制覇の真の目的を話していない。
これを言うのはほとんどシャルに対するプロポーズだ。
今言って良いものじゃない気がする。
「それは、その」
「最強になりたいとか?」
「いや、まぁ、最強には興味ないけれど、最強にならないとグランヴェルトには勝てないだろうし最強にはなるけれど」
「あれ、違うの!? 男の子ってみんな最強に憧れると思ってた」
「まぁ間違ってはいないけど、俺は違うよ」
「じゃあなに? 教えてよ笑わないから」
「それ絶対に笑うヤツがいうやつじゃねーか。ダメ」
「んな! 未来のお嫁さんを信用しなさいよ!」
「信用はしてる」
「じゃあ言ってよ!」
「女々しい夢だからヤダ」
「女々しいの!? 逆に気になるよ! 教えてってば!」
「しつこいなお前は」
「だって‥‥‥約束したでしょ? 恋人なんだからお互い秘密は無しだって」
確かに。
数年前にその約束を交わしたのは覚えている。
これを言われたらもう打つ手がない。
俺は覚悟を決めた。
「家族がほしいんだよ」
「家族?」
シャルがきょとんとした。
「ほら俺って両親いないだろ? 昔から憧れてたんだ家族ってやつに。だから全国制覇してリリオデール国王様に16歳での結婚を許可してもらおうと思ってる。これが全国制覇を目指す俺の本当の目的だ」
「‥‥‥なんだ。女々しいって言うからどんな目的かと思ったら」
シャルは俺の肩に顔を寄せ、身体を密着させてきた。
「素敵な夢だよ。それは」
「ありがとう」
俺は密着するシャルの肩をそっと抱いた。
「何人ほしい?」
「え?」
「こ~ど~も」
その言葉に俺は頬が熱くなるのを知覚した。
見れば言った本人のシャルも少し赤くなっている。
「よ、四人、かな」
「うん、いいよ。レヴァンの家族は私が産んであげる」
「ありがとうシャル」




