表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

バルサック戦記‐片翼のリクと白銀のルーク‐

贈り物に想いをのせて

作者: 寺町 朱穂

「バルサック戦記―片翼のリクと白銀のルーク―」の書籍化記念番外編です。

 一応、本作未読でも楽しめるように描きました。

 よろしくお願いします。




 バレンタイン。

 それは、互いの秘めたる想いを伝える日。

 男は今年1年――必死に培ってきた採点結果を待ち望み、女は採点結果を「贈り物」に乗せて伝える。



 だが、その「贈り物」を妨害する/妨害しなくてはならない輩も沸いてくる時期だ。



 いずれにしろ、伝令兵――ロップ・ネザーランドには関係のない行事であり、特別な興味も抱かない。贈り物が貰えたら幸運で、なにもなくても構わない。

 一生、この行事に縁がない――のは、寂しいと思うが、ここ数年は特に思うところはなく、彼の周りにも必死になる人はいない。



 そう思っていた、この日までは。






 さて、時は遡り10年前――ここで1人の男の話をしよう。

 ヴルスト・アステロイド。彼は、魔王軍でも有数の荒くれ者(・・・・)として名を馳せていた。



 狼型魔族名門家の長男に生まれながら素行が悪く、とある問題を起こして縁を切られた――と噂されているが、定かではない。

 現在の彼は、多少なりとも角が取れ、口こそ悪いが面倒見の良い魔族――になってはいたが、それでも、過去の彼を知る者からは忌避すべき存在、として知られていた。



 そんな彼には、1人の弟子がいる。

 弟子といっても、上官から押し付けられた人間の小娘だ。

燃えるような赤髪と折れそうな細腕が特徴的な少女で、ここ半年あまり、戦闘の指南や軍人としての心構えを指導している。

 ここへ来た当初、おっかなびっくりで戸惑ってばかりだったが、いまでは小さいながらも立派な軍人としてハルバードを振るっていた。そこらの新米魔族兵より腕がたち、実力をつけてきている。指導役としても鼻が高い。

 ただ――食事、入浴、睡眠以外の時間は、ほぼすべて訓練に費やすほどの訓練バカ。おしゃれ、恋愛には一切興味を抱かない――10歳前後の女の子にしては、華がないことが玉にキズである。


 女っ気のないまま成長してしまったらどうしようか、と本気で悩む今日この頃だ。


 そんな彼女が、久々に訓練以外の質問をしてきた。


「はぁ? バレンタインデー?」


 ヴルストは呆けたような表情を浮かべてしまう。 

 少女に似合わない言葉に、思わず手にした書類を落としてまいそうになった。


「バレンタインデーって、あのバレンタインデーか?」


 ヴルストが書類を机の上に置きながら、再度尋ねる。すると、赤髪の少女――リク・バルサックは、至極真面目な表情のまま頷いた。


「はい。大切な人に、ありがとうって気持ちを伝える行事です。今日がその日なんですけど――魔族の世界にはありませんか?」


 リクは女子も男子も関心を抱く甘ったるい話題を、いつになく淡々と質問してきた。まるで、ハルバードで敵をいかにして捌くのか、という方法を確認しているように。


「まぁ、あるっちゃあるけどよ……」


 ヴルストは頬を掻いた。

 リクの解釈で間違いではないのだが、正確にいうなら、女性が「大切な人」というよりも「恋人」や「想い人」に恋愛感情を贈り物で伝える日――である。

 いつから広まったのかは定かではない上に、「バレンタインデー」という言葉の意味も知らないが、行事の内容だけは知っていた。

 魔族の男共は、この日が近づくにつれて、そわそわと落ち着きがなくなっていく。

いうなれば、恋の期末試験。この1年の行動が採点され、「贈り物」という形で返却されるのだ。

 ヴルスト自身、学生時代は意味もなく寄り道するとか、女性に優しく振る舞ってみたりとか、無意味な行動を起こしたものだ。



 ………結局、1つも貰えなかったが。


「なんだ? お前、誰か好きな人でもいるのか?」

「いませんよ? ただ、隊長に贈り物しようと思って………だけど、魔族にもバレンタインがあるか分からなくて……」

「あー、なるほどな」


 ヴルストは納得する。

 彼女は命の恩人であり、自分の才能を認めてくれた龍鬼隊隊長――レーヴェン・アドラーに多大なる信頼と恩義を寄せている。それは、もはや尊敬の域を超え、崇拝に近い。彼女にとってのバレンタインデーが「大切な人に感謝を示す行事」である以上、贈り物をしたいと考えるのは当然の流れだろう。

 それに、リクは10歳前後。子どもから贈り物をもらったところで本気にする大人はいないし、リク自身――成長すれば「バレンタインデーの贈り物」が示す本当の意味に気づく日が来るに違いない。

 ヴルストは腕組みすると、彼女に向かって頷いた。

  

「いいんじゃねぇの、さっさと渡して来い。今なら執務室にいるはずだぜ?」

「は、はい! ありがとうございます!」

「……いや、待て」


 ヴルストはリクの襟首をつかんだ。

 リクは不満そうに顔を歪める。


「一応、確認しておく。なにを渡すつもりだ?」


 ヴルストはリクを問い詰めた。

 自分の部下になり、早1年――マジメに訓練に没頭する少女で不審な点は見当たらない。だが、彼女は人間である。バレンタインという行事に乗じて、隊長に毒を盛ろうと考えているかもしれない。

 無論、リクがそんなことするわけない。そう断言できるが、念には念を入れて調べた方が良いだろう。


「別に、変な物ではありませんよ?」

「バーカ。念のためだ、念のため。ほら、よこせ」


 ヴルストがリクを手放すと、彼女は渋々――鞄から贈り物を取り出した。

 近隣の村で有名な菓子店の包装だった。そういえば数日前、リクが珍しく外出していたことを思い出した。それとなく尾行してみれば、彼女は確かに菓子屋を訪れていた。

 あのときは、自分用に購入したとばかり考えたが、どうやら「バレンタインの贈り物」だったらしい。


「まぁ、あの店の菓子は有名だからな」

「いえ、包装紙は店のを使いましたが……一応、手作りです」

「そうかそうか、いいんじゃねぇの――って、待て!!」


 ヴルストは慌てて菓子を取り上げる。

 背中から冷たい汗が流れ始めた。


 もし、リクが人間は人間でも、平民出身であれば問題なかっただろう。

 しかし、バルサックといえば、名家中の名家。専門の料理人が雇われていることは容易に想像できる。そもそも、10歳にも満たぬ彼女が厨房に立つ機会などなかったはずであり、こちらに来てからも訓練一辺倒で、料理をした形跡は滅多にない。


「安心してください、毒は盛っていません」

「バーカ! 知らない間に入れてるかもしれねぇだろ? だいたい、菓子なんて作れるのか?」

「作れますよ、お菓子くらい」


 ヴルストが指摘すると、リクは少し頬を膨らませた。髪の色ほどではないが、顔が赤く染まっている。


「そんなに不安なら、味見すればいいじゃないですか。

 ……ヴルスト伍長にもお世話になっていますし……別にかまいません、1つだけなら」

「おっ、いいのか?」


 リクは不機嫌そうな表情のまま頷いた。

 まさか、人生初の「バレンタインの贈り物」が毒見だとは想像したこともなかったが、それでも「バレンタインの贈り物」であることには変わらない。慎重に包みを開けると、なかには焼き菓子が数枚並んでいる。

 形も色も申し分ない。一枚つまんでみれば、バターの柔らかい香りが鼻孔をくすぐった。


「へぇ……よく出来てるじゃねぇか」

「だから、言ったじゃないですか。毒は盛っていませんって」

「まぁ、そう怒るなって……ん?」


 ふと、違和感を覚える。

 リクは「毒は(・・)」と口にした。ただの言葉のあやかもしれないが、妙に気にかかる言葉だ。

ヴルストは焼き菓子を口に運ぶ前に、再度……焼き菓子を鼻先に近づけた。慎重に匂いを確かめる。すると、バターの香りのなかに、微かな甘い香りが混ざっていることに気がついた。


「……なんだ、この匂い?」


 焼き菓子に使用する砂糖や果物とも異なる甘さ――。

 ヴルストは毒物の知識と照らし合わせ、匂いの正体を思案する。しかし、匂いの正体に該当する毒物は見当たらない。ヴルストは悩んだ末、少し鎌をかけてみることにした。

 

「まさか、神経系の毒じゃねぇだろうな?」

「だから、違います。殺人菓子なんて、隊長に渡しませんよ!」

「じゃあ、この匂いは何だよ? なにか妙な薬でも入れただろ?」

「変な薬ではないです! れっきとした睡眠薬――はっ!」


 そう口走った瞬間、しまった!と感じたのだろう。リクの表情が、みるみる間に青ざめていく。ヴルストは嘆息すると、焼き菓子をリクの前にかざした。


「まだまだガキだな、嬢ちゃん。

 なーんで、隊長に眠り薬を盛ろうと思ったんだ?」

「……だって、隊長……目の下にクマがあったから」


 リクは、しゅんっと項垂れる。

 ヴルストは「なるほどな」と頷いた。彼女の言う通り、レーヴェンの仕事は多忙を極めている。最近、ほとんど寝ていないのか、くっきりとしたクマが出来ていた。

 リクが心配するのも無理はない。しかし――


「だからってな、眠り薬は駄目だろ?」

「だって、そうしないと眠らないって思ったんです」

「いや、だからって駄目なものは駄目だ。よって、これは没収する」


 ヴルストはそのまま袋を自分の鞄にしまいこむ。すると、リクの瞳に怒りの炎が燃え上がった。

 

「ちょっと待ってください! なにしてるんですか!?」

「レーヴェン隊長に怪しげな睡眠薬を飲ませるわけにはいねぇだろ!?」

「怪しげな睡眠薬ではありません! 市販の睡眠薬です!……ちょっと量は多めに入れましたけど」

「バーカ! 多めに入れてる時点でアウトだ!」


 容量守りやがれ、馬鹿!

 ヴルストが一蹴すると、リクはふるふると震えた。いまにも噴火、否、すでに大噴火を起こしていた。


「ヴルスト伍長でも、これだけは絶対に許さない!」


 叫ぶや早い。リクはハルバードを振り上げた。ヴルストの首元めがけ、ハルバードを奔らせる。ヴルストも、むざむざ首を切られるわけにはいかない。素早く剣を引く抜くと、ハルバードを弾き返した。


「バーカ! それはこっちの台詞だっての! 市販だろうがなんだろうが、薬入りの菓子を渡せるか!?」

「もう1週間、ずっとクマが浮かんでいるんですよ? そろそろ眠って貰わないと、隊長の身体が持ちません!」


 リクは聞く耳を持たない。話し合いは平行線。互いの武器がぶつかり合う音と怒声だけが、廊下を木霊する。


「だからって、睡眠薬入れる馬鹿がいるか!?」

「すべては隊長の健康維持ためです!!」

「そんな健康維持法、認められるわけねぇだろ!!」






「……えっと、これは一体?」


 それから十年――時は巻戻り、現在。


 ロップ・ネザーランドは、目の前の惨状に呆然としていた。

 参謀と一緒に執務室へ向かう途中、激しい剣戟の音が聞こえたので駆けつけてみれば、己の上官――リク・バルサックとヴルスト・アステロイドが剣を交わしていたのだ。

 訓練、なんて生温い次元の話ではない。そこは、まさに戦場の一騎打ち。互いの剣を受け止め、いなし、切りかかる。この攻防が眼にもとまらぬ速度で繰り返されている。


「また今年もやってるのですか……しばらく放っておきなさい、ネザーランド曹長」


 参謀は呆れたように溜息をついた。

 

「えっ、いいんですか!?」

「風物詩のようなものです。あとしばらくすれば、レーヴェンが止めに入ります」


「お前ら、いい加減にしろ!!」


 参謀がそう言った矢先、廊下に旋風が巻き起こった。

 レーヴェン・アドラーの翼が作り出した突風は、リクとヴルストを弾き飛ばす。無論、普段の彼らなら飛ばされることはなかっただろう。しかし、2人は互いを仕留めることに集中し過ぎてしまっていた。故に、背後から現れたレーヴェンに気づかず、みすみす攻撃を喰らってしまったのであった。


「うわっ、隊長!」

「俺は止めようとしていただけなのに!!」


 だが、腐っても熟練兵。

 リクもヴルストも即座に体勢を立て直すと、弁明の言葉を述べ始めた。


「今年こそ、バレンタインの贈り物を届けようとしたのに、ヴルスト少尉が邪魔してきたんです」

「バーカ! 今年も(・・・)怪しげな菓子を贈ろうとしていたの間違いだろ!? 俺はそれを阻止しようとしていただけです!」

「菓子じゃないわ。今年は茶葉よ」

「眠り草入りのな! 匂いを嗅いだ俺が、俺が眠りかけたわ!!」

「黙れ。どちらも、同罪だ!」


 レーヴェンの眉間に筋が浮かび上がる。

 彼が怒るのも無理はない。執務室前の廊下は、すっかり剣戟の余波でボロボロに朽ちている。壁は削れ、破損し、床のいたるところに傷がついていた。

 ――修理費も馬鹿にならないだろう。


「罰として、今日一日――武器の代わりに箒でも持って、掃除していろ。一言もしゃべらずに!!」

「そんなー!?」

「今年もかよ!?」

「ぐだぐだ言うな。黙って働け!」


 レーヴェンの怒声が、駐屯地を震わせる。



 バレンタインデー。

 それは、互いの秘めたる想いを伝える日。

 龍鬼師団(この場所)では、血で血を洗う攻防戦。

 

 きっと、来年も同じ光景が繰り広げられるのだろう。

 ロップは口元に苦笑を浮かべると、その場を後にするのだった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ