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振動  作者: 宇井
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外の世界

 なぜ、ポイントを失ってまで外世界に出たいのだろうか、とNは思った。Nも小窓から見る外の世界は好きであったが、あの海や黄色い砂の先は、均質に同じ状態が続くと思っていた。VRで経験するような。古い世界が残っているとも思えなかった。黄色い砂の世界以外は想像することはできなかった。Tはどうか。彼らのゲームで取り出された脈絡のない情報から、彼らなりの外世界のイメージを作り上げている。それはNのとは全く違うはずである。


 Tの言うところの「数合わせの人工生成」とは、保存されている卵子と精子から人工子宮によって生まれた子供たちのことである。社会の維持には一定数の多様な人間が必要であるという社会理論に基づいてとられた措置である。その理論によれば、多様性が揺すられて一定値に落ち着くことが、一番の安定を生み出すという。


 自然に生まれる子供たちの数はごくわずかであるにもかかわらず、彼らの価値基準が歴史的な重みを理由として、隠れた社会規範を形づくっていた。管理方式は合理性を求め、表面的には変化した社会でも、その底にあるものはなかなか変化しない。


 T達の世代は、自分たちを「数合わせ」と言い放って、自分の出生に関して何らかの物語を求めることは決してない。そんな中で、T達は、取り出しにくくされている情報を見つけ出し、それをもとに見知らぬ外の世界への思いを膨らませていた。T達の意識は外に向かっていた。N達の「数合わせ」世代は、自分に与えられなかった物語を無意識に求めて、むなしく古い価値基準に憧れ同化しようとしている。


 この社会にとって、人が外へ出て行くことは何の脅威でもない。外から戻って来ることが脅威なのだ。外部の制御しきれなくなったもろもろが、内部の安定を乱し、混乱を起こすことが脅威である。そのため、どんなに外世界のことを話し合ってもポイントは減らないが、いったん外に抜け出せば、二度と戻れなくなる。Nは外作業のときに砂のカーテンの先に見た「機械ではない」もののことを思った。


 Nは自分のカプセルの小窓から今までに増して外を眺めるようになった。今までのように、砂の中のから昇りそして、落ちていく太陽や月を眺めるかわりに、黄色い砂山とその先につづく砂漠に目を凝らすようになった。激しい嵐は頻繁に来て、砂山の形は常に変わり海はうねり、今までとは違った表情をNは読み取るようになっていた。窓から外を眺めながら、あの機械でない者たちの影がないかいつも無意識に探していた。


 珍しくよく晴れた日が数日続いた。湿度が少く、砂漠の先が無限に遠くまで見通せるような日であった。風はわずかにあるようで、黄色い砂が地上付近で音もなく一方方向に移動しているのが見える。海から続いている小さな砂丘が折り重なっている付近に、1つの影をNは認めて、はっとした。それは、青かったのだ。


 なぜ、あいつは、外世界へ出れるのか。そして、戻ってこれるのか。いや、今度はもう戻ってこれないかもしれない。もう二度と奴の姿を見ることがないかもしれない。Nは、はじめて他人に対して、目の前から消えてい欲しいという激しい感情を持った。


本当にあの男を外の世界に見たのかNは迷っていた。自らの神経が生み出した幻ではないかとも思えたからだ。しかし、Tの次の言葉で、Nは自分の迷いではないことがはっきりした。

「Nさん、あの青い奴をみましたか。」、Tも自分のカプセルの小窓から外に消えた仲間の姿を求めていたのだ。「奴は、戻ってくるに違いない。」とTは言った。





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