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振動  作者: 宇井
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青い振動

指示された緊急用通路にはいると、リニアのレールが引かれ、二人乗りのカートが停止していた。このカートはパネルの走行ボタンを押すと走り始めた。レールは透明な巨大な管に沿ってずっと先まで続いている。透明な管の中には、電磁シールドの樹脂で固められた何本ものチューブがあり、その中に束ねられた細いケーブルが敷かれて青い光を放っている。青く光っているときはリンクがつながっている。


回りを固める樹脂は伸び、曲げ、衝撃に強く、ほとんど破壊することは不可能だ。リンクの敷かれた透明な管は一定の間隔で厚い壁で切断されている。次の区間は壁の向こう側からはじまる。その区間と区間の間の空隙にポイントがある。壁は防護用で電磁的な衝撃や、液体や気体の侵入、爆破の衝撃といったあらゆる問題をそこでリンクを切り離すことにより食い止めるものである。通常時は、空隙の間のリンクを無線でつないでいる。


 二人はカートに乗って、次々とリンクの青い光を追っていった。透明な管は網の目のように複数の経路をもって壁に向かっている。空間全体が青く染まり、まるで地下深くにある湖にいるようだ。途中の管や中のチューブが破損したことは考えられない。ということは、分断壁がどこかで動作し、リンクを切ったのだろう。いったい何が起こっているのか情報もなく、Nには見当もつかなかった。


カートは次第に西地区に近づいていった。そして、西地区にの入り口のポイントまで到達すると、自動的に止まった。そこの分断壁の先のリンクはすべて青ではなく赤く、空間全体が溶鉱炉のように赤く染まっている。ここが問題のポイントだ。物理スイッチを探し出して、緊急用のリンクに切り替えなければならない。二人は急いでカートをおりた。分断壁にも物理的な変化はみられず、原因はわからない。分断壁の制御版のディスプレイには、いくつかのパラメータの値が光っていた。この値を表示された数式に入力して計算した結果により、どの物理スイッチを接続するかが決まる仕組みになっている。あきらかに、人による手動操作を想定していた。


制御パネルは青く光るリンク側と赤く光るリンク側の2箇所に別れており、Tが赤リンク側のパネルのパラメータの値を入力し、Nは青リンクパネルの値を入力した。すると、それぞれのパネルに、「両パネルのスイッチを同時にタッチする」と指示が表示された。パネル上に点滅する円が1つ現れた。この分かれたパネル上のそれぞれの点滅する円に同時にタッチするには、一人の人間が両腕を伸ばしても、とても届かない。そのために二人の人間が呼ばれる必要があったことにNは気づいた。


Tは相変わらず、「このスイッチは、人間が進化して両腕がよほど長くなると想定して作ったんですかね。そのころには、地球もなくなってますよ。それじゃ、せーので行きますか。」と軽口をたたきながら、NとTは同時にそれぞれの点滅する円をタッチした。すると、両側の分断壁の側面の下から分断壁の上部に向かって、点々とライトがついた。ライトは無線の送受信がアクティブになったことを示し、下から上へ矢印のように順次点灯し見上げる闇の中に小さくなっていく。次の指示が制御版に表示された。


次の指示は、分断壁の上端に出て同様に操作しなけれならない。分断壁の上端はエスカレータ最下層のプラットフォームにある。そこにある物理スイッチも操作すればリンクが完全に繋がるのだ。


カートのレールをはさんで反対側の壁の窪みに作られた、二人が乗ればいっぱいになるエレベータにのりこみ、壁伝いに上昇した。分断壁の上端が天井達し、天井部分を突き抜けたところでエレベータは止まった。そこは、西地区エスカレータの最下層のプラットフォームであった。エスカレータも自動運転の車両も止まり、さらに空調も止まり、息苦しく淀んだ空気の中で、人々がのろのろとあてもなく歩きまわり、疲れて果てて座り込んでいた。


二人は、指示にあった二つの分断壁の上部に接している制御パネルを探した。それはすぐに見つかった。いつもは、そんなものを気付くことも見たこともなかったが、今、プラットフォームの中央付近に青と赤の光で二つの円が示されていた。人も自動自動車も何もかもが動くことができずに止まっている。二人は素早く動き、それぞれの円にタッチすると、前と同様に床の上にパラメータの値と数式が表示された。それぞれを入力して、また現れるボタンを二人で同時にタッチすれば、リンクは繋がるはずである。


そのとき、Nは少し離れた場所に、あの青い作業服の男が立っているのを見た。いつもは、仕事の行きと帰りのような時に、後ろ姿であったり、遠くに雑踏に紛れて見るだけであった。それが、今は、まさに事を行おうというときに、彼は現れ、Nの方をじっと見ている。今までとは違う現れ方がとても奇妙で、胸騒ぎを感じた。


Tの「Nさん、早くしないと。」という声に促されて、床の上の青い円の中に示されたパラメータを入力しようとした。しかし、パラメータの値が振動しているのだ。一定値をもたずある振幅で変動している。しかも、振動はどんどん激しくなる。数字の形も揺れ動いている。いったい何を入力したらいいのだろうか。いつ止まるのだろうか。Nは呆然として数字を見つめていた。


「Nさん早く。僕たちも苦しくなってくる。」とNの方に向かってTは叫んだ。Nは真っ青な顔をして座り込んでいた。そして、その先の道に面したところにTは青い作業服の男がNの方をみているのに気づいた。Tが見ていることに気付き、作業服の男は背中を向けて立ち去るところだった。苦し気な様子もなく、急ぐ様子もなく彼は立ち去った。


「Nさん、片方の手を伸ばしてください。ぼくの指先まで届くでしょう。早く。」とTは言った。

Nは何も考えられず、すがる思いでTの指先まで片方の手をのばし触れると、パラメータの値の振動は止まっていた。急いで、もう片方の手で青く示された値を入力し、床に現れた光るボタンをTが「せーの」という声に合わせて、同時にタッチした。


エスカレータも自動車も空調も動き始めた。遠くで、サイレンの音が聞こえ始めたが、幸い、暴走する自動運転装置もロボットもほとんどなかった。人々は家へ戻り始めた。二人も動き始めたマユタワーへ戻るエスカレータに乗り最も深い地区から上っていった。


「何が起こったんだろう。パラメータの値が振動していたんだ。そして、どんどん振動の幅が大きくなっていった。下では何でもなかったのに。」とNは疲れ切った表情で言った。

「空気が悪くなって、頭がくらくらしたんじゃないですか。Nさんは、僕より繊細だからね。年上だしね。」とちょっといたずらっぽくTは言った。

「年のせいだというのか。ひどいね。でも、今日は助かったよ。君がいなければ、西地区はどうなっていたか。」と、Nは言った。本当にその通りであった。


エスカレータに運ばれながら、リンクが切られた原因は、何らかの電磁的な振動がリンクを妨害したのではないだろうかとNは考えた。それが、あのパラメータの振動に現れたのではないだろうか。そして、青い作業服の男がいたことも無関係には思えない。もし、あの男が関係しているとしたら、なぜなのか。なぜ、Nのそばに現れるのか。いったい誰なのか。


軽口をたたきながら前を行くTの細い背中をみながら、NはTを頼もしく思った。それに、TがNを落ち着かせるために咄嗟にとった行動だと思っているが、NがTに触れることで青いパラメータ値の振動が止まったようにも思えて不思議な気がしていた。


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