青との距離
NがVR屋からでてくると、東地区方面が暗いことに気づいた。また、トラブルがあったのかと思いながら、エスカレータのプラットフォームに向かった。今見てきた「古い地球」の風景がまだ脳に残っている。ぎっしりと大小の建物が並んでいる都市空間を移動するVRで、とても安直で雑な作りのものだった。歩く早さで映像が動くだけのものだ。しょっちゅう端末を見ながら歩く人とNはぶつかるが、できの悪いVRは、ぶつかった感覚もなく人がNの体を幽霊のように通りすぎていく。それでも、Nは天井のない世界を歩く開放感を感じていた。
マユタワーの低いカプセルの天井の下で覗き込む小窓から見る外の風景は、砂嵐か風雨の中の黄色い砂丘と黒い海でしかなかったが、あの何もない天の下に立ちたいという激しい気持ちが湧き出していた。そこに、あの青い作業魏の男があらわれたのだから、Nは夢からまだ覚めないような状態で自ら「転がりはじめ」、その後を追ったのは必然であった。
青い作業服の男は振り返らなかったが、Nがついてくることは承知の上といった風に地上への出口のほうへ歩いて行った。東地区のトラブルの噂で人々はあちこちに寄り集まって不安そう話をしている。出口へ向かう二人の姿に気を留めるものはいなかった。不思議なことに警報もならず、青い奴が近づくと簡単に出口への扉は開いた。それから、Nは青い奴のあとを追って、かって作業時に見た排気筒の林立ちする半地下の広大な建物の屋上にでた。すぐに数十台の外警備ロボットがキャタピラで砂埃をあげながら建物に向かってくるのが見えた。警備ロボは内世界のための発電設備や資源採掘設備、そして廃棄物処理設備を守るためのロボットである。許可を得ずに設備に接近するものがあれば破壊する機能を持っている。
ここで初めて青い作業服の男は後ろを振り返った。言葉は発しなかったが、そこで止まれと指示されたことがNにはわかった。それから、青い男は、Nとの距離を慎重にはかり数歩前に出て警備ロボットに向き合った。いったい何だとNが思うより早く頭の中が、がんがんと鳴り、おもわず頭を抑えて座り込んだ。収まってから頭を上げて見ると、砂埃は収まり警備ロボットの動きが止まっていた。
青い奴は、屋上から地上へ階段をつかって降り、砂に足をとられながらも止まっている警備ロボットに向かって悠然と歩き始めた。Nはすぐに後を追った。警備ロボは陳列品のような具合に砂の中で止まっていた。
一方、Tはいずれ自分も外に出されるだろうと予想できた。外に出されるということは、すぐに「死」を意味するわけではないとTは考えている。例の合理的社会管理システムは人類存続が大前提であるから、内社会に甚大な脅威を与えない限り、簡単に人の生きる権利は侵せないはずである。ただ、不要であるか害になる人間は保護しないという制度なのだ。マユタワーは、その境界にあったことをTは悟った。必要なときは地下の仕事に呼び出し、終われば地上に出ているマユタワーに戻すということは、地上にも地下にも、どちらにも所属できない人々を収容する施設なのだ。
青い奴は、外から内へ、地上から地下への侵入の試みではないか、とTは考え始めていた。外に出されたものは、内とは別の社会システムを作り上げているはずである。それが内に向かって何かを仕掛けて来ているのではないか。もしそうならば、自分はどちら側の人間なのか、Tは迷った。
最近の増えている原因不明の事故は、内なる社会にジャブのように効いて来る。地下に向かって明るく開かれた内なる社会の小さな矛盾が、それによって目に見えぬほどゆっくりと広がっていく。




