〇・八秒後の世界
【第49回フリーワンライ】
お題:
速さの違う秒針
フリーワンライ企画概要
http://privatter.net/p/271257
#深夜の真剣文字書き60分一本勝負
「僕」は斉藤ケースケがいつものようにコンビニに立ち寄り、いつも通り冷蔵コーナーで普段と同じ銘柄のエスプレッソコーヒーを手に取り、レジで精算する様子を観察していた。
店員に二百円を支払う斉藤ケーイチ。それを見ている「僕」もまた、斉藤ケーイチだった。
ケーイチが自動ドアをくぐって外に出る。「僕」はそれを確認して、懐中時計に目を落とした。
十五時ジャスト。いつもの「俺」のルーチンだ。
斉藤ケーイチには奇妙な癖があった。それは自分を観察することである。
主観視点のケーイチの行動を、まるで後ろから見守るように客観視点のケーイチが観測するのだ。どちらもケーイチであるためややこしいが、彼は一人称が俺であるため、自分のことを「俺」、客観視点を「僕」と定義していた。
別段、意味も理由もなかった。ただ、幼いころに慕っていた祖父が亡くなって以来、その形見である懐中時計を肌身離さず持っていたことが原因と言えるかも知れない。
大らかで暖かい祖父にいつまでも見守っていて欲しかったのだ。それがいつからか、自分で自分を見守るようになっていた。時計で時間を計り、ルーチンであることを確認する。
飲み干したエスプレッソを公園のゴミ箱に投げ入れる。
「僕」は懐中時計を見る。十五時十五分ぴったり。
(よし――?)
違和感が突然訪れた。何かがおかしい。ケーイチは――「俺」と「僕」は結論づけた。
おかしいのは時計だ。公園の中央にある屋外時計。
懐中時計と見比べてみる。どちらも規則的に秒針を刻んでいるようだが、「僕」は違和感の正体に気付いた。懐中時計と屋外時計では、文字盤の秒の目盛りを秒針が過ぎるタイミングが微妙に違った。
〇・八秒ほど懐中時計が早い。
ケーイチは懐中時計の手入れを欠かしたことはなかったし、今日もしっかりとゼンマイを巻き直した。秒針が狂うはずがなかった。
ケーイチは慌てて商店街に走り、電気屋の店先で時間を確認した。だが、どのテレビも、どの置き時計も、腕時計も、懐中時計からきっかり〇・八秒遅れていた。
「これは一体……?」
呟くケーイチの眼前、テレビでは季節の花畑中継を中断して、緊急速報が流れ始めた。アナウンサーが慌てた様子で原稿を受け取り、海外で大規模災害が起こったと告げた。
が、かと思うと元の花畑映像に戻っていた。
そして再び、中継が中断して慌てた様子のアナウンサーが原稿用紙を受け取り、大規模災害の速報を伝え始めた。
「ん?」
なんだ今のは? 見間違いだろうか。花畑の映像を挟んでまったく同じことを繰り返していたような……
ケーイチは空寒いものを感じた。
異変はそれから何度も続いた。
最初はデジャブだろうと気にしなかったが、確かに同じことが彼の前で繰り返されるようになった。机の上から同じミカンが二度落ちる。交差点で同じナンバーの車が二度通り過ぎる――その頻度は日に日に増していった。
そしてそれに気付く度に、懐中時計とその他の時計のズレは大きくなっていた。
「失礼、斉藤ケーイチさんですね?」
春雨に二度降り出され、適当な軒先で雨宿りしていたケーイチに声をかけてくる者があった。
(これは一度目だ)
そう「僕」はカウントした。このころにはもう、ケーイチの周りの出来事の大半が二度起こるようになっていた。
声の主は頭をすっぽりと覆うようなレインコートを着ていた。不思議なことにレインコートが雨に濡れた様子はなかった。顔はフードの庇が邪魔になって見えなかった。
「あなたの身の回りで奇妙なことが連続しているのは知っています」
「……誰ですか、一体」
「あなたのお仲間です。いや、正確にはあなたが私たちの仲間になりつつある」
レインコートの人物は掻い摘まんで事情を説明した。
この世の中には、世界から隔離され、独立した『観測者』という者が存在する。『観測者』は物理的にも時間的にも完全に世界とは途絶している。『観測者』はどこにも存在しないし、そのために、どこにでも存在しうる。
過去でも、未来でも。
「それって……」
「そう、あなたが同じ現象を二度体験するのもこのせいです。私たち『観測者』は、世界の行く末と『観測者』の出現を監視しています。ですからあなたを導くためにここに来ました」
レインコートの『観測者』は続けた。
「あなたはこのまま行けば確実に世界と断絶する。家族も、恋人も、友人も、全て失うことになる。
今のあなたには二つの選択肢がある。このまま『観測者』となるか、それとも普通の人間に戻るか。自分を、時計を規則的に見ることをやめて、世界を客観的に見ることをやめれば、今ならまだ、引き返すことが出来る」
ケーイチは思った。自分を取り巻く人々のこと、自分の居場所のこと、――祖父のことも。
しばらく考えてから、口を開いた。
「僕は……」
ふと気が付くと、雨が上がっていた。
ケーイチはポケットから懐中時計を取り出そうとして、やめた。
俺にはもう必要ない。客観的な自分はもういない。
ケーイチは晴れやかな気持ちで、水浸しになった道路を歩き始めた。
その姿を背後から見つめている人物がいた。
遠ざかる背中と瓜二つの容姿で、片手に懐中時計を携えている。
「僕」は軒下からケーイチの後ろ姿が見えなくなるまで、ずっとそこに立ち尽くしていた。
『〇・八秒後の世界』了
タイトルはドラゴンな方の村上氏からパロったが、あれまだ読んでないのよね。読もうとは思ってる。だから内容はたぶん関係ないはず。
書き上げてから、「僕」の最終的なイメージが『電王』の「桜井さん」とダブることに気付いたが、まあこれも関係ない。
どっちかというと藤子F先生の短編『ぼくは神様』の影響が濃い。