桜色
~桜色~
「君と初めて出会ったあの日から、僕の人生は本当の意味で動き出したのだと思う。まるでマンガや小説の様な出会いだったのが、運命に思えたのは今だから言える事なんだけどね」
省吾は膝を地面につけながら、桜の木におでこを預けて呟いていた。その声は誰かに語りかけるようであり(実際には独り言であったが)、しかし感謝と後悔の思いが含まれているものだった。
彼女はお世辞にも社交的とは言えないが、別段人が苦手というわけでもなく、ただ一人で物思いにふけったり、考え事をする事を好む、おとなしい女の子であった。庭崎春は、今年県立科高校に入学したばかりの、高校1年生である。春という名前は、彼女が4月産まれで、ちょうど桜が満開の季節に産まれたから、そう名付けられたものであり、彼女は自分の名前が好きだった。
彼はとても活発で、初めて会った人とも直ぐに仲良くなれてしまう友好的な性格であった。ただのお調子者という訳ではなく、不思議と彼の周りには人が集まっていた。10年以上続けている水泳のおかげか、体格にも恵まれていた。浜野省吾もまた、県立高校に入学したばかりであった。
入学してから1カ月が過ぎた頃、省吾はクラスメイトのほとんどと友達となり(実際には10日前後ですでに打ち解けていた)、一方春は、座席が真後ろだった西野メイと話をする程度であった。
5月のメインイベントとして、校外学習が予定されており、今日はその班決めと説明が行われる事となった。グループは男子3人女子2人という分け方で、春はメイと一緒に男子のグループを探していた。探していたと言っても、メイには既に目星をつけており、浜野のグループに駆け寄って行った。メイと省吾は同じ水泳部ということもあり、二人は他の異性のクラスメイトより仲が良かったためである。
「あのさー。私達と一緒に回らなーい?」
「お!マジで!?西野が一緒だと、気ぃ使わなくて楽でいいわぁ」
「ちょっと!どういう意味よー」
笑い声と共に、メイと浜野はふざけあいながらも、グループを決定していた。
「庭崎さんも一緒なんだよね。俺、前からもっと話してみたかったんだよね。宜しくね。」
「は・・・はい。よろしくお願いします。」
省吾は笑顔で話しかけていたが、春はその気さくさに少し戸惑いながらも、丁寧に頭を下げていた。
もっと。という省吾の言葉通り、春と省吾は以前に少しだけ会話した事があった。
それは、入学試験の朝の事であった。
高校の入学試験当日。
普段ではありえないが、春は寝坊していた。原因は携帯の充電が切れていた事でアラームが鳴らなかったのである。その上、二度寝までしていた。
「なんで起こしてくれなかったの!?」
とう不満を漏らそうにも、看護師である母は昨日から夜勤でいない。父は単身赴任で今は大阪である。
朝食用に家にあった菓子パンと、小型のバッテリーを鞄に放り込み、春は起床5分で家を出た。受験票や筆記用具は前日に用意してあり、何度も確認済みだった。
春はちょうど来ていた電車に飛び乗った。同じ中学の人たちは誰もいなかった事が、余計に春を不安にさせていた。
電車の中で、申し訳なさそうに菓子パンを食べ終えた春は、学校の最寄駅に着いた瞬間から、猛ダッシュしていた。体育の授業以外で、運動することが無かった春にとって、駅から走って10分の距離はとてつもなく苦しいものだった。
わき腹を抑えながら走っていると、ふと脇道から人影が飛び出してきたが、疲労困憊の春には避けるだけの体力は残っていなかった。
浜野省吾は、試験開始まで十分に余裕のある時間に起きていた。彼の家から学校までは、彼の足で走って15分という、かなり学校に近い所に住んでいた。朝食を済ませ、のんびりと準備をして、余裕を持って学校へと出発していた。学校へ向かう途中、省吾は今日が漫画雑誌の発売日である事を思い出し、時間にも余裕があったので、近くのコンビニで立ち読みすることにした。
「やべー。今週号、超おもしれー」
と心の中で思いながら、立ち読みに没頭していると、急に携帯の電話が鳴った。
「お前今どこにいるんだよ!もう時間ねぇぞ!」
電話の主は、同じ高校を受験する中学の友達だった。
「はぁ?時間ねぇ??」
そう疑問を呟きながら、コンビニの時計を見ると、試験まで(正確には、学校での出席確認まで)残り20分を切っていた。
「はぁ!?マジかよ!!」
今度の、はぁ?は絶叫に近かった。いや。絶叫そのものだった。
省吾は雑誌を棚に戻し、コンビニを駆けだした。省吾の足なら、余裕で着く時間ではあったが、それでも遅れるとまずいという思いから、「やべー。まじやべー。」っと心の中で呟き続けながら、全力疾走していた。
細い小道から、急に飛び出した省吾は、右から来る女の子と激突した。もちろん女の子(春)は転んでしまいっていた。
「うわぁ。マジごめん!大丈夫?怪我してない?痛い所無い?」
気が動転しているのか、女の子に質問攻めをする省吾に対して、春は
「だい・・・じょうぶ・・・ですよ」
と息を切らしながら答えた。
「マジごめん。立てる?」
と言って差し出された手を、春は戸惑いながらも掴み起き上った。
「もしかして 高校の受験生?俺はそう!」
そう言いながら、省吾は春の鞄を拾い上げてた。
幸いに怪我も無く、土で少し汚れたスカートを叩きながら
「私も今から受験なんです。でも時間が・・・」
そう言いながら時計を見ると残り10分も無かったが、もう高校は目と鼻の先であり、間に合いそうだった。
安堵した表情になり、鞄を受け取ろうと手を差し出した春だったが、
「そうなんだ!じゃあもうちょっとだから走ろっか!」
と、言葉を言い終わる前に背向けて、春の鞄ごと走り出した。
「え。っちょ!あの!!」
勝手に鞄を持っていかれる事になりながらも、春も走り出した。当然(?)、省吾に追いつけるはずもなく、後を追いかける格好と事になった。先に到着していた省吾は、校門前にいた高校の先生に受験票を渡しながら、私の方に手を大きく振っていた。おそらく、高校の先生に、春がもうすぐ来る事を伝えてくれていたのだろう。省吾の応援のおかげかはわからないが、春は無事に時間内に学校に着く事が出来た。
中略