第一話 古き回想のプロローグ
古びた書斎にかけてある一枚の肖像画。
寂しげにかげる青灰色の目。
金色の頭髪の上でロシア帝政時代の冠が光を放っている。
ほりの深い顔。
不幸な過去を思わせる表情。
今思えばそれは私と兄のロランの──すべての不幸と物語のはじまりだったのかもしれない。
『忘れたい、でも忘れたくない』
母の残した言葉の意味がやっと分かったとき、私とロランはすべてを知りすぎていた。
ロシア元貴族の、忌まわしい革命の歴史。
母の記憶に巣くった悪意の塊と、明かしてはならない秘密。
それらを絵として描いた画家の思い。
私とロランに隠された真実。
ひた隠しにされた愛する母の消息。
何もかもを知りたがった私の前に立ちはだかったのは歴史の闇だった。それが私をこんなにも成長させたのかもしれない。
もし、時間を巻き戻せるとしたら私は一体どこに戻るのだろう。
そう考えながら、今私をこれをかこうと思う。
そしてどうか、これを読み終えたあと、悲運な母のために祈って欲しい。老いぼれた私の貧弱な祈りでは、死後も母を幸せにすることはできないだろうから。
愛する母へ
貴女の堅く禁じられた秘密を明かすことを許してほしい。
すべては、
貴女の魂を悲しみの記憶から解放するために──。
それからロラン。
私はあなたを愛していた。
それは一生涯忘れることのない永遠の愛だったと、今この
場をかりて誓いたい。そして、あなたの魂がまだ私を忘れていないことを、願ってやまない。