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私が素直になっていたならば、君は幸せになれたのか?

作者: 霜月立冬
掲載日:2026/07/09

「私に話し掛けないで」


 それは、私の口から出た言葉。それが、私から大好きな幼馴染を遠ざけた。


 私、来海沢奈津美(クルミザワ・ナツミ)は恋をしている。相手の名前は「小松崎仁良(コマツザキ・ヒトヨシ)」。私達は家が隣同士で、家族ぐるみで付き合っている幼馴染。


 私と仁良――ヨシ君は仲が良かった。小学校低学年の頃、結婚することを約束している。その思い出は、中学校の頃まで互いの口の端に上り続けていた。私達にとって、忘れようも無い大切な思い出だ。


 当時も今も、私はヨシ君と結婚する気満々だ。ヨシ君も、きっと同じ想いだったろう。ヨシ君は、常日頃から私への想いを告げている。私の中では、ヨシ君と婚約していることになっていた。

 それなのに、互いに地元の山之上高校に通うようになって以降、私はヨシ君を避けるようになってしまった。


 高校生になったヨシ君は、とても格好良くなった。中学三年生の頃から身長が伸びて、高校一年生の時点で百八十センチになっている。その事実に加えて、身嗜(みだしな)みにも気を遣うようになった。

 結果、誰もが目を惹くイケメン男子へと成長していた。その変貌振りは、私の心にクリティカルヒットしている。


 イケメン過ぎて、恐れ多い。


ヨシ君の前に出ると、私の動悸が激しくなった。ヨシ君に話し掛けられると、頭から湯気が出るほど逆上せてしまう。その変調が、私には無様に思えてならない。


 ヨシ君の前で醜態を晒したくない。


 私はヨシ君の前では鉄面皮を被った。全力で無感情を装った。全力で距離を置こうとした。しかし、私の判断は悪手だ。


 私達が離れたことで、他の女子達がヨシ君に声を掛けるようになってしまった。

 彼女達は、ヨシ君と距離を詰めるだけで満足しない。その全身全霊を掛けて本丸攻略に乗り出した。


 ヨシ君は沢山の女子から告白を受けた。

 同級生、先輩、他校の女子――等々。中には「学校一の美少女」とか「学校一の才女」と言われる先輩方も含まれていた。

 私など足元にも及ばない高嶺の花達が、大挙してヨシ君に押し寄せている。その中の一人と付き合えば、ヨシ君は私と付き合う以上に幸せになれるだろう。私だけでなく、学校中の誰もが認めるところだ。それなのに、


「好きな子がいるから。ごめんなさい」


 ヨシ君は、高嶺の花達の告白を全て断った。何故なのか? その理由を、私は知っている。私にとって喜ばしい理由だ。それなのに、私は――


「私に話し掛けないで」


 ヨシ君の想いに応えなかった。それどころか、積極的にヨシ君を避けた。


 私は世評を気にしていた。自分がヨシ君と釣り合わないと思っていた。他の女子から疎まれることも恐ろしかった。


 私は頑なだった。全力でヨシ君を避けている。それでも、ヨシ君は何かと私に気を遣ってくれる。声を掛け続けてくれている。

 そんなヨシ君に、私は――


「ウザイんだけど?」


 冷たい態度を取り続けていた。それでも、ヨシ君はへこたれない。私の前ではいつも笑顔を絶やさなかった。少なくとも、私の目には笑顔として映っている。

 しかし、私の目は節穴だった。ヨシ君の笑顔は、悲しげな苦笑に変わっていた。それなのに、私は「未だ大丈夫」と勝手に思い込んでいた。


 笑っているから、ヨシ君の気持ちは未だ私の方に向いている。


 私は傲慢だった。その思い上がりの報いを受ける機会は、存外早く巡ってきた。


 高校二年の冬、十一月。

 ヨシ君のお父さんが地方に転勤することが決まった。その話を、私は自分の両親経由で聞いている。その際、私は両親から「単身赴任」と説明された。それを聞いて、私は「ヨシ君とは、これからも一緒だ」と思い込んだ。


 未だ時間は有る。未だヨシ君に甘えていられる。


 私はヨシ君への態度を改めなかった。その愚行を続けているところに、最悪の事態が舞い込んだ。


「ヨシ君達、家族で引っ越しするって」


 母から聞いた話に、私は耳を疑った。直ぐ様「何故?」と理由を尋ねている。その際に返ってきた言葉が、私を絶望させた。


「ヨシ君が『ナッちゃんに嫌われ続けるのは辛い』って」


 私の態度がヨシ君を傷付けていた。その傷が、ヨシ君に私から離れることを決断させてしまった。その事実をしって、私は漸く自分の愚かさに気付くことができた。


 次にヨシ君に会ったとき謝る。絶対に素直になる。今までの罪を、絶対に償う。


 私はヨシ君と再会する機会を待った。

 離れている間、ヨシ君から連絡は来なかった。私の方からも連絡はしなかった。いや、できなかった。

 メッセージを送ろうにも、適当な言葉が全く閃かない。


 直接会って、想いを伝える。


 私はヨシ君との再会を祈念しながら、ひたすら待ち続けた。そこに、山之上高校の同窓会の話が飛び込んできた。

 私はヨシ君との再会を期待して、同窓会の会場に向かった。


 同窓会の会場、同級生の親が経営する大衆食堂には殆どの生徒の姿が有った。私は必死にヨシ君の姿を探した。

 しかし、見付けることはできなかった。その事実に、私は落胆した。


 何故、ヨシ君は来ていないのか?


 私は諦め切れなかった。ヨシ君不在の理由を尋ねようと、ヨシ君と懇意にしていた同級生(男子)に声を掛けた。


「あの、ヨシ君――小松崎君は来ないのかな?」


 私と親しい男子ではなかった。その為、彼は驚いたように目を開いている。しかし、その驚きは「私に話し掛けられたから」という訳ではなかった。


「えっと――」


 その男子は、直ぐ様私から視線を逸らした。その反応を見た瞬間、私の胸が騒めき出した。

 嫌な予感がした。それは、最悪の言葉で具現化した。


「あいつは――その、来ない」

「何で?」

「その――()()()んだよ」


 死んだ。ヨシ君が死んだ。その言葉を聞いた瞬間、私の目の前が真っ暗になった。

 ヨシ君は引っ越し先で交通事故に遭い、そのまま帰らぬ人となった。


 実家に戻ったとき、私は両親にヨシ君のことを尋ねた。すると、二人はヨシ君のことを知っていた。ヨシ君が亡くなった後、ヨシ君の両親から伝えて貰ったとのこと。その事実を知って、私は激高した。


「何で教えてくれなかったの!?」


 私の質問に、私の父が応えてくれた。


「仁良から『ナッちゃんに迷惑掛けるから、言わないで』と頼まれた」


 それは、ヨシ君のお父さんが伝えた言葉だった。それが、ヨシ君の最期の言葉だった。その事実を知って、私は――


「そう」


 素っ気ない返事をした。それだけだ。泣きもしない。その反応に対して、私の両親は「お前に人の心が無いのか?」と、泣きながら私を叱責した。

 しかし、私は反応しなかった。できなかった。


 私には、ヨシ君の死を嘆く資格が無い。


 これから私はヨシ君への罪悪感を引き摺りながら生きる。残りの人生を、自分の愚行を後悔しながら過ごすことになるだろう。それで良い。そうでなくては困る。


 ヨシ君は幸せになるべき人間だった。それを、私が不幸にした。ならば、私はもっと不幸になるべきだ。


 後悔先に立たず。分かっている。身に染みて思い知っている。それでも「もし時間が巻き戻せたなら」と願わずにはいられない。


 私が素直になっていたならば、ヨシ君は幸せになれたのか?


 問い掛けたところで答えは無い。その疑問に答えて欲しい人間は、既にこの世にいないのだから。

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