私が素直になっていたならば、君は幸せになれたのか?
「私に話し掛けないで」
それは、私の口から出た言葉。それが、私から大好きな幼馴染を遠ざけた。
私、来海沢奈津美は恋をしている。相手の名前は「小松崎仁良」。私達は家が隣同士で、家族ぐるみで付き合っている幼馴染。
私と仁良――ヨシ君は仲が良かった。小学校低学年の頃、結婚することを約束している。その思い出は、中学校の頃まで互いの口の端に上り続けていた。私達にとって、忘れようも無い大切な思い出だ。
当時も今も、私はヨシ君と結婚する気満々だ。ヨシ君も、きっと同じ想いだったろう。ヨシ君は、常日頃から私への想いを告げている。私の中では、ヨシ君と婚約していることになっていた。
それなのに、互いに地元の山之上高校に通うようになって以降、私はヨシ君を避けるようになってしまった。
高校生になったヨシ君は、とても格好良くなった。中学三年生の頃から身長が伸びて、高校一年生の時点で百八十センチになっている。その事実に加えて、身嗜みにも気を遣うようになった。
結果、誰もが目を惹くイケメン男子へと成長していた。その変貌振りは、私の心にクリティカルヒットしている。
イケメン過ぎて、恐れ多い。
ヨシ君の前に出ると、私の動悸が激しくなった。ヨシ君に話し掛けられると、頭から湯気が出るほど逆上せてしまう。その変調が、私には無様に思えてならない。
ヨシ君の前で醜態を晒したくない。
私はヨシ君の前では鉄面皮を被った。全力で無感情を装った。全力で距離を置こうとした。しかし、私の判断は悪手だ。
私達が離れたことで、他の女子達がヨシ君に声を掛けるようになってしまった。
彼女達は、ヨシ君と距離を詰めるだけで満足しない。その全身全霊を掛けて本丸攻略に乗り出した。
ヨシ君は沢山の女子から告白を受けた。
同級生、先輩、他校の女子――等々。中には「学校一の美少女」とか「学校一の才女」と言われる先輩方も含まれていた。
私など足元にも及ばない高嶺の花達が、大挙してヨシ君に押し寄せている。その中の一人と付き合えば、ヨシ君は私と付き合う以上に幸せになれるだろう。私だけでなく、学校中の誰もが認めるところだ。それなのに、
「好きな子がいるから。ごめんなさい」
ヨシ君は、高嶺の花達の告白を全て断った。何故なのか? その理由を、私は知っている。私にとって喜ばしい理由だ。それなのに、私は――
「私に話し掛けないで」
ヨシ君の想いに応えなかった。それどころか、積極的にヨシ君を避けた。
私は世評を気にしていた。自分がヨシ君と釣り合わないと思っていた。他の女子から疎まれることも恐ろしかった。
私は頑なだった。全力でヨシ君を避けている。それでも、ヨシ君は何かと私に気を遣ってくれる。声を掛け続けてくれている。
そんなヨシ君に、私は――
「ウザイんだけど?」
冷たい態度を取り続けていた。それでも、ヨシ君はへこたれない。私の前ではいつも笑顔を絶やさなかった。少なくとも、私の目には笑顔として映っている。
しかし、私の目は節穴だった。ヨシ君の笑顔は、悲しげな苦笑に変わっていた。それなのに、私は「未だ大丈夫」と勝手に思い込んでいた。
笑っているから、ヨシ君の気持ちは未だ私の方に向いている。
私は傲慢だった。その思い上がりの報いを受ける機会は、存外早く巡ってきた。
高校二年の冬、十一月。
ヨシ君のお父さんが地方に転勤することが決まった。その話を、私は自分の両親経由で聞いている。その際、私は両親から「単身赴任」と説明された。それを聞いて、私は「ヨシ君とは、これからも一緒だ」と思い込んだ。
未だ時間は有る。未だヨシ君に甘えていられる。
私はヨシ君への態度を改めなかった。その愚行を続けているところに、最悪の事態が舞い込んだ。
「ヨシ君達、家族で引っ越しするって」
母から聞いた話に、私は耳を疑った。直ぐ様「何故?」と理由を尋ねている。その際に返ってきた言葉が、私を絶望させた。
「ヨシ君が『ナッちゃんに嫌われ続けるのは辛い』って」
私の態度がヨシ君を傷付けていた。その傷が、ヨシ君に私から離れることを決断させてしまった。その事実をしって、私は漸く自分の愚かさに気付くことができた。
次にヨシ君に会ったとき謝る。絶対に素直になる。今までの罪を、絶対に償う。
私はヨシ君と再会する機会を待った。
離れている間、ヨシ君から連絡は来なかった。私の方からも連絡はしなかった。いや、できなかった。
メッセージを送ろうにも、適当な言葉が全く閃かない。
直接会って、想いを伝える。
私はヨシ君との再会を祈念しながら、ひたすら待ち続けた。そこに、山之上高校の同窓会の話が飛び込んできた。
私はヨシ君との再会を期待して、同窓会の会場に向かった。
同窓会の会場、同級生の親が経営する大衆食堂には殆どの生徒の姿が有った。私は必死にヨシ君の姿を探した。
しかし、見付けることはできなかった。その事実に、私は落胆した。
何故、ヨシ君は来ていないのか?
私は諦め切れなかった。ヨシ君不在の理由を尋ねようと、ヨシ君と懇意にしていた同級生(男子)に声を掛けた。
「あの、ヨシ君――小松崎君は来ないのかな?」
私と親しい男子ではなかった。その為、彼は驚いたように目を開いている。しかし、その驚きは「私に話し掛けられたから」という訳ではなかった。
「えっと――」
その男子は、直ぐ様私から視線を逸らした。その反応を見た瞬間、私の胸が騒めき出した。
嫌な予感がした。それは、最悪の言葉で具現化した。
「あいつは――その、来ない」
「何で?」
「その――死んだんだよ」
死んだ。ヨシ君が死んだ。その言葉を聞いた瞬間、私の目の前が真っ暗になった。
ヨシ君は引っ越し先で交通事故に遭い、そのまま帰らぬ人となった。
実家に戻ったとき、私は両親にヨシ君のことを尋ねた。すると、二人はヨシ君のことを知っていた。ヨシ君が亡くなった後、ヨシ君の両親から伝えて貰ったとのこと。その事実を知って、私は激高した。
「何で教えてくれなかったの!?」
私の質問に、私の父が応えてくれた。
「仁良から『ナッちゃんに迷惑掛けるから、言わないで』と頼まれた」
それは、ヨシ君のお父さんが伝えた言葉だった。それが、ヨシ君の最期の言葉だった。その事実を知って、私は――
「そう」
素っ気ない返事をした。それだけだ。泣きもしない。その反応に対して、私の両親は「お前に人の心が無いのか?」と、泣きながら私を叱責した。
しかし、私は反応しなかった。できなかった。
私には、ヨシ君の死を嘆く資格が無い。
これから私はヨシ君への罪悪感を引き摺りながら生きる。残りの人生を、自分の愚行を後悔しながら過ごすことになるだろう。それで良い。そうでなくては困る。
ヨシ君は幸せになるべき人間だった。それを、私が不幸にした。ならば、私はもっと不幸になるべきだ。
後悔先に立たず。分かっている。身に染みて思い知っている。それでも「もし時間が巻き戻せたなら」と願わずにはいられない。
私が素直になっていたならば、ヨシ君は幸せになれたのか?
問い掛けたところで答えは無い。その疑問に答えて欲しい人間は、既にこの世にいないのだから。




