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彼女を返せ? 馬鹿を言うな。 彼女は絶対に返さない。

作者: もちマロ
掲載日:2026/04/24

ヒロイン視点前作『婚約破棄された私がお相手になってもいいですか? 負けない侯爵令嬢はダンスパーティーの夜に輝く。』を先にお読みください。


 彼女と初めて逢ったのは、2年前の魔法学院の入学式だった。

 貴族男子の義務ともいえる魔法学院生活の始まりに、ウォルター・ライオールは淡々と教室の席に着いた。


 2年後、侯爵家じっかに戻り、侯爵位を継ぐまでの猶予期間――。

 与えられたものごとを、淡々と着実に実行してきた半生に、ここでの日々もそうなるのだろうなと、静かな学院生活の始まりを予感した。




「初めまして! 私はアレクシア! アレクシア・ガーディナー、よろしくね」



 そんな起伏も情熱も特に求めてはいない学院生活に、突然殴り込んできたのが彼女だった。


 クラスメイトになった侯爵令嬢――アレクシア・ガーディナーは、開口一番、弾けるような笑顔でそう言った。



(侯爵令嬢にしてはやけに明るいな……)


 高位の貴族令嬢にありがちな、淑やかな――翻せば口数の少ない何を考えているのかわからない微笑ではなく、底抜けに明るい向日葵のような笑顔。

 そんな笑顔で、彼女はすぐにクラス中の皆と打ち解けていった。


(……別世界の人間だな)


 寡黙で、感情を露わにすることもあまりなく、どちらかというと、ただ日々を義務をなぞるように過ごすつまらない人間。

 そんな自分とは正反対の、快活さと、社交性と、太陽のような笑顔を詰め込んだ、初めて見る圧倒的に別世界の人間……それが彼女だった。




「………………」


 そんな彼女だから。何故か、気づいたときには自然と目で追うようになってしまっていた。



 クラスの友人との他愛ない会話で弾ける笑顔。

 初めて会ったばかりの学年も違う生徒の相談に、まるで自分ごとのように身を粉にする姿。

 令嬢らしくなく、学院内を駆けて汗を掻いて、誰かのために尽くし、共に笑い合う――……。


 そんな彼女に、巻き込まれるように、傍にいた。





「ねぇ、ウォルターってさ。好きな子とかいないの?」

「な……っ」

「いないの?」


 だから初めて彼女に色恋ごとの話を振られたとき、心臓をつかまれたように動揺する自分に動揺した。


「何故そんな話を…………」

「いや、他のクラスの子がね。ウォルターに恋人がいないか気になってたみたいだから」


 あっけらかんと語りながら手元の作業を続ける彼女に、自分はぐっと胸元を握り締めた。


 つまり彼女は、自分とその女子生徒の橋渡し役をしようとしていたのだ。


(ぐっ…………)


 その事実を自覚したとき、胸が軋むように痛んだ。



「僕には――――そういうのは必要ない」


 顔を背けるようにそう言うと、アレクシアは『まぁそうよね』というような顔をした。


「次期侯爵様だもんね~。家の都合とかいろいろあるだろうし、もう婚約者がいるかもしれないもんね。ごめん、忘れて」


 そう詫びる彼女に、自分は、弾かれるように咄嗟に声を出していた。


「婚約者は――いない! 恋人も…………」


「あ……そうなの?」


 突然の告白に、彼女は驚いたように目を瞬かせる。


 そんな彼女を見て――――痛感してしまった。



(自分には婚約者はいない。けれど――……彼女には、()()


 他のクラスにいるという、彼女の幼いころからの婚約者。

 その存在を実感して軋む心に。


 ウォルターはこの日初めて、人生最初の恋心を自覚した。






 どれほど惹かれても、どれほど彼女を目で追っても、決して叶うことのない恋。

 初めて自分の内側に生まれた感情に、ウォルターは必死にそれを押し殺そうとした。


(どうせ……未来はないんだ。彼女はやがてあいつと結婚する……)


 どこがいいのか。何がいいのか。

 会ってみても何一つわからない、彼女には全然つり合わない男を前に――――自分は何も見ない振りをした。


(何も見ない。何も感じない。ただ、いまは。同じクラスのいまだけは。ただのクラスメイトとして彼女の友人でいられれば――……)


 それで満足だ。そう思い込もうとしていた。









 だから、彼女が婚約破棄されたと知ったとき――……。


 耳を、疑った。






 きっかけは、ある日の放課後、泣いている彼女を偶然目撃したことだった。


 学院恒例行事のダンスパーティーを翌日に控えたある日、偶然立ち寄った教室で、涙を浮かべながらそこに駆け込む彼女を見た。


 ウォルターの記憶に焼きつく、向日葵のように眩しい笑顔。


 そんな笑顔を浮かべる彼女が、その綺麗な青い瞳いっぱいに涙を浮かべ、赤い目元を擦りながら教室に駆け込んだ。


 そうして彼女は――――長い間教室から出てくることはなかった。



 ただ、それを。廊下から見守ることしかできなかった自分。

 響く嗚咽を、彼女の苦しむ声を、ただじっと、廊下でどうすることもできず聞いていただけの自分。

 不甲斐なくて、頼りない――……。




(どうせ……あいつなのだろう)


 彼女を傷つけ、涙に濡らす唯一の原因。


 それはいつだって――――あの目に余る腹立たしい男だった。


(……ビズリー)


 彼女の婚約者だという男の顔を思い浮かべ、足をそちらに向ける。

 今夜ばかりは、もう黙っていられなかった。






          *





「アレクシア? あぁ、婚約なら破棄してやったよ」

「!!」


 学院生のみが入室できる男子寮。その一室で、詫びれもせずその男は、彼女を泣かせた原因を白状した。


「ビズリー、お前……!!」

「あぁ、やっと清々したね。いつも他人を思いやれだの、人を見下すなだの、耳にタコができるくらい小言がうるさかったから。ハハッ、まるで僕の『乳母ナニー』だよ! 小うるさいだけの婚約者なんて、婚約を破棄されてもしょうがないだろう?」


 ビズリーは愉快そうに天を仰ぐ。


「それに婚約者のくせに、ちょっと触ろうとしたくらいですぐ怒るし。全然可愛げがないんだよね。その点、デイジーはうるさくないし、柔らかいし、すごくいい」


 最近親しげにしているという平民の女子生徒の名を挙げて、ビズリーは満足そうに振り返る。


「ウォルター、お前も選ぶなら可愛げのある子のほうがいいぞ。頑固な融通の利かない女だと苦労する……」

「馬鹿を言うな……っ!」


 吐き捨てるようにそう言うと、ビズリーは、


「……? あぁ、そういうことか。わざわざこんなことを聞きに来るから変だと思ってみれば……きみも物好きだね?」


 嘲るように口端を吊り上げて、ビズリーは嘲笑する。



「僕のお下がりでよければ、好きにどうぞ。もっとも、未来の侯爵閣下にご満足いただける品かどうかはわかりませんが」


「っ……!!」



(どうしてこんな奴が彼女の……)



 彼女の想いを、優しさを、一身に享受できた男だったのか。

 心底わからなくて、人生で初めて、全身から湧き出る侮蔑を込めて吐き捨てる。



「お前のような奴に彼女は勿体ない。……彼女は――――僕が幸せにする」






         *





 そうして、勇気を振り絞り。

 人生を振り返っても、後にも先にもない、歌劇役者のような真似をして。翌夜のダンスパーティーで彼女にプロポーズしたあと……。


 彼女、アレクシア・ガーディナーは、自分の婚約者になった。



「人の噂って、早いのね……」


 ぽつりとそう彼女が漏らすように、学院中を凄まじい早さでその話は駆け抜けていった。


 ビズリーが、長年の婚約者アレクシアを振り婚約解消したという話。

 それと同時に、侯爵令嬢アレクシアが、新たに次期侯爵のウォルターにプロポーズをされたという話。


 唯一よかった点は、誰かが先に手を回していたのか、ビズリーがアレクシアを振った話のほうが先に広がっていたので、彼女が男を乗り換え振られたように誤解されなかった点だ。

 あくまでビズリーが一方的に彼女を振ったから、婚約者のいなくなった彼女に、かつての友人である自分がプロポーズし彼女を射止めた話になっている。



「噂になるのは……やはり嫌だったか?」


 衆目の前で後先考えずプロポーズした手前、反省するしかなかったが、それに心の広い彼女は首を振った。


「ううん。お陰で惨めな思いをしなくて済んだし……却ってよかったと思ってる」


 そう微笑ってくれる彼女の肩でも抱き寄せられればよかったのに……不甲斐ない自分には、思ってもそれができない。


「その……僕を選んで……後悔はしていないか?」

「どうして?」

「それは…………」



 その時の自分は、まだそれ以上彼女に何も言えなかった。






          *





 ゆっくりと、少しずつ、彼女との心の距離が近づいていく。

 遅々としたその進みは、不器用な自分たちらしかったけれど、それでも彼女は自分を婚約者として認め、徐々に心を開いてくれた。


「アレクシア」

「なぁに? ウォルター?」


 そうして応える姿が、学院内でもおしどり夫婦だと、面映ゆい冗談が聞こえるようになってきたころ――――。



 彼女の顔が曇るようになった。



「どうした? アレクシア」

「あ……ウォルター……。ううん、なんでもないの」


 心ここにあらずといったアレクシアは、ぎこちない笑みを浮かべる。


「何か僕に言いたいことがあるなら……」

「ううん。ウォルターはいつもよくしてくれる。大好きよ」


 いつも好意を素直に表してくれる彼女に、いつまで経っても慣れず耳を赤くしながら、それでも横目に彼女を窺う。


 彼女は何故か――――思い詰めた表情をしていた。









 そんな彼女が気になって、その日ウォルターは、自分と別れたあとの彼女をこっそりとつけることにした。


 放課後学院内の食堂で夕食を共にしたあと、女子寮に帰る彼女の後を追った。


 なぜか想像以上に足早に歩く彼女の姿に驚いていると――――それは現れた。



「アレクシア!」

「っ」


 びくり、と彼女の肩が強ばる。

 その影は、女子寮に向かおうとする彼女の前に立ち塞がって、息を荒げて続きを吐く。


「僕を無視しようとするなよ。お前と僕の仲だろう――?」


 その影はほかでもなく、彼女を無残に振ったあの男――――ビズリーだった。


「ほら、いい加減思い直しただろう? あんな根暗なボンボンと付き合ったって、楽しい思いはできないだろう――?」

「っ! ウォルターのことをそんな風に言わないで!!」

「腰抜けのあいつのことだ。どうせいまだってキスのひとつもできてない――――」


 ビズリーの手がアレクシアの腕を取る。


「アレクシア。考え直せよ。僕のところに戻ってこい――」

「やめてっ!!」



 アレクシアが叫ぶと同時に、体が走り出していた。




「やめろっ! ビズリー!!!」


 揉み合う二人の間に割り込むと、彼女の腕をつかむビスリーの手を引き剥がす。

 そうしてアレクシアを背後に庇うと、ウォルターは目の前の男を睨みつけた。


 ビズリー・ヘンズリー。


 かつての彼女の婚約者だった男は、かつては整えていた髪も振り乱して、憎悪に燃えた瞳でこちらを睨んでいた。


「そいつが……そいつが僕から離れたのがわるいんだ!!!」


 ビズリーは彼女が去ったあとの変化を、呪うように言葉に変える。


「どいつもこいつも僕のことを見下して! 僕の言葉を何ひとつ聞こうとしない!! お前が僕から離れてそんな奴についたせいで――――僕があんなゴミ共より格下に見られるようになったじゃないか!!」


「………………」



 ビズリーのその噂は、ウォルターの耳にも届いていた。



「それは正しくない理解だ、ビズリー。お前が他人に顧みられなくなったのは彼女のせいじゃない。お前の責任だ」

「何を――!!」

「お前……彼女のお陰で、いままで見逃されていたんだ」

「は……?」


 わけがわからない。まるで本当にそうとしか理解できていないように、ビズリーはぽかんと間の抜けた顔を晒す。


「他人に見下されているのは、お前が他人を見下していたからだ。他人に言葉を聞いてもらえないのは、お前が他人の言葉に耳を傾けなかったからだ」


 すべては、ことごとく彼女が元婚約者ビズリーに注意してきた事柄だった。


「彼女はお前に忠告する傍らで、周囲の人間にもお前が恨まれないようフォローをしていた。お前の代わりに話を聞いて、お前の代わりに頭を下げて、お前に悪気はないのだと、自分を上手く表現できない人なのだとフォローして回っていた」


 ――すべては彼女に人望があったからで。

 彼女に人望と人々の好意があったからこそ、だからこそ皆、いままで首を傾げながらも見逃されていた。

 誰もが『どうしてあんないい子があの男の婚約者なんだ?』と首を傾げながら、それでも彼女のために口を噤んだ。



「その温情が、忍耐が――――彼女を突き放したお前には、永遠に失われてしまったんだ」


 無邪気に貴族との恋に舞い上がる平民の娘を優先し、人望ある婚約者を捨てた男。

 貴族になる夢を見、恋人の座を守ろうと、婚約破棄の噂を学内中に広めた娘。

 そんな必死な娘もまた――この男の心を繋ぎ止めようと、男のつまらない願いを叶えたばかりに、休学せざるを得ないようになってしまった。



「あんな女は知らない――! あいつが僕に擦り寄って来ただけで――――!!」


 なのにビズリーは、喚き続ける。


「あいつもあいつだ! あれをして欲しい、これをして欲しい! そうやってして欲しいことを言うばかりで、何にも僕には返そうとしない――!!」


「それはお前だよ。ビズリー」


 もはや、心に浮かぶのは憐れみだけだった。



「お前がそう思うのは、お前が()()だからだ。何も与えない人間に、誰も何も与えてはくれない――……」



 彼女に多くの愛が降り注ぐのは、彼女が皆に多くを与えるから。


 彼女には――――こんな男のものではなく、もっと広く世界中から愛される資格がある。




「うるさいっ!! そいつを―――― その女を、返せッ!!!!!」


 地面を蹴り、再びアレクシアに手を伸ばそうとする男に、ウォルターはその前に立ちはだかった。


「お前には絶対に…………彼女は渡さない!!!」



 お世辞にも、それほど体術に自信があるわけではないが、それでも絶対にこの場だけは譲れないから拳を握る。



(殴りはしない。けれど絶対に――――取り押さえる!!)



 ビズリーの振りかぶった拳がまともに頬を捉える。


「っ……!!」


 たたらを踏みながらも、それでも彼女への道だけは絶対に空けなかった。


「ビズリーっ、この……!!」


 暴漢と化した男を取り押さえようと、その制服の袖をつかむ。

 が、握力が足りず抜け出される。


 再びビズリーの拳がウォルターの顔面、それも眼球直前まで迫ったとき――――。




 ふわり、と。



 ビズリーの体が浮いた。







 疑問に、瞬きをする暇もなく。



 精一杯に見開いた視界の先で、ビズリーの体が宙を舞う――――……。




 その男の陰に見えたのは、男のもう片方の袖を引き寄せ、足を払い、泣きながら元婚約者だった男を背負い投げる――――アレクシアの姿だった。



 大地を揺らすような音を立て、ビズリーの体が地面に落ちる。

 落下の衝撃で完全に伸びて気を失った男を前に、アレクシアは洟を啜る。


 そうしてこちらを振り返って……涙を目一杯に溜めた瞳で、


「ウォルター……っ、ごめんなさい……っ!!」


 泣きながら両手を広げて駆け寄ってきた。


「っ!!!」

「大丈夫? 私のせいで、顔っ……殴られて……!!」


 ボロボロと涙を流しながら、その手でウォルターの頬を包む。


「赤く腫れてる……痛いよねぇ……!」


 洟を啜りながら、殴られたのはどちらかというぐずぐずの顔をして、子供のように泣き腫らす。


「大丈夫、大丈夫だ。僕もそんなにやわじゃない……」


 彼女を安心させるためにその肩を撫でると、ようやく落ち着いた彼女は青い瞳をボロボロに潤ませながら上擦った声を上げる。


「でも…………」

「ありがとう。助かった。それで……アレクシア、きみは大丈夫か?」


 こくり、と彼女は頷く。


「そうか。それならいい」


 ほっと安堵の息をつくと、堰が決壊したように再び泣き出したアレクシアが飛びつくように抱きついてきた。


「!? !!!??!」

「ウォルターが無事でよかった……! よかったぁ~っ」


 しがみついて離れない彼女を前に、おそるおそる抱きしめる。


 そうして二人、アレクシアの泣き声に驚いた通行人が来るまで、彼女をあやすように抱き合っていた。






          *






 賑やかな学園生活も終わりを迎え、春の陽気に辺りが包まれるころ――。


 ウォルターとアレクシアは、ライオール地方の森にいた。


 貴族らしく、学生服ではない本来のドレス姿に身を包んだアレクシアは、どこの誰より美しい淑女になっていた。


(それでも普通の淑女と違うのは、自分で馬を駆れることだな――)


 くすり、と微笑うウォルターのその横で、婚約者アレクシアは、ドレスゆえの横乗りながら、堂々と自分で馬に乗っている。



 あれから二人は――――両家の正式な手続きを経て婚約した。


 元々彼女にプロポーズを受けてもらえたことが信じられない自分が急いで各所に手を回したからだが、それらは驚くほどスムーズに進んでいった。


 学院の内外を越えて二人は晴れて婚約者となり、卒業まであの事件を切っ掛けに――――本当の恋人のように過ごすことができるようになった。


 元々素直に甘える性格なアレクシアなこともあって、二人きりのときはそれなりに……ゴホン、恋人らしい時間を過ごせていると思う。


(『好き』をねだられるのは未だに恥ずかしいが……)


 彼女が素直にそれを表してくれるのだから、自分が惜しむなどできるはずがない。



 あれから学院では――――ビズリーは、元婚約者へのつきまといと、他学生への暴行で退学処分になったそうだ。

 彼女へのつきまといは、あれ以前からしばらく続いていたようで、周囲の友人に相談していた彼女の証言が決め手になった。

 彼女の腕についた手の跡と、殴られ腫れた自分の頬が、ただの喧嘩ではなくビズリーの危険な暴走であることを周囲に認めさせた。


 また退学処分という重い処分の裏側には――――休学した女子生徒のこともあったのではないかと考えている。

 ビズリーは最後まで女子生徒との関係を認めなかったが、学院側はそれを重く見たということなのだろう。


 その後の彼らがどうなったのかは……知らない。



 ウォルターは馬上でゆっくりと首を振る。


 そんな彼女の心を煩わすものよりも、もっと目の前の彼女を幸せにすることに集中したかった。



「ねぇウォルター! あなたの言ってた湖ってここ!?」


 領地の主であるライオール家の人間よりも先にその場に到着したアレクシアは、弾けるような歓声を上げた。


「あぁ、ここがうちの秘密の庭だ」


 彼女がライオール侯爵邸を訪れた今日。

 とっておきの場所があると彼女を誘い、屋敷の裏手に広がる森の湖に来ていた。


 春の日射しを浴びる湖畔には、青く小さな花が咲き、のどかな光景がどこまでも広がっている。


「湖もキラキラして綺麗……! あっ、あの蝶、つがいかしら?」


 二羽でひらひらと飛ぶ蝶を追いかけて、アレクシアは花の精のように花畑を渡る。



「……アレクシア」

「なに? ウォルター」


 春の命に溢れる湖畔を満喫し、再び恋人のもとに戻って来たアレクシアを呼び止める。


 そして意を決して彼女の頬に手を伸ばすと――……そっとその唇にキスをした。


 驚き目を見開いた彼女も、すぐに目を閉じて、柔らかな温もりの触れ合いに集中する。


 自分はそんな彼女の手を取って、指を絡め――ある物を、彼女の指に嵌め込んだ。


「……っ、ん?」


 いつもの口づけとは違う違和感に、息をつくと同時にアレクシアは自分の手の甲を見る。


 するとそこには――――彼女の見たこともない青い石の指輪が光っていた。


「え……ウォルター……これって…………」

「ライオール家に伝わる宝石だ。代々侯爵夫人になる者に贈られる――」

「!」

「アレクシア。僕と…………結婚して欲しい」



 人生、二度目のプロポーズ。


 一度目は、彼女を前にしたダンスパーティーのあの夜に。


 二度目は、彼女と訪れたライオールのこの湖畔で。



「え、あ…………私たち、もう婚約してるよね……?」

「あぁ」

「それって……つまり…………」


 アレクシアの瞳が、湖畔の光を反射して潤む。



「式を挙げよう。アレクシア。二人でここで――――夫婦になろう」



 この、ライオールのこの土地で。


 彼女を妻として、自分が夫として。


 侯爵家を、この領地を、長く支えていける唯一の夫婦になれたなら――――……。


 それはどんなに幸福なことだろう。



「!! ……いいの? こんなに早くて」

「早いものか」

「だって私……まだ花嫁修業も何も終わってない……」

「僕はよくできた花嫁がほしいんじゃなくて……アレクシア。きみと過ごす日々が欲しいんだ」


 だから何も問題はない。

 そう言うと、再びアレクシアは瞳を潤ませる。



「ウォルター……」

「あぁ、アレクシア」

「愛してる」


 その、彼女のたどたどしい震えるような抱擁に。



「僕のほうこそ……ずっとずっときみを愛してる」




 湖面の光が反射して、ステンドグラスのような輝きに。


 二人で同じく瞳を潤ませながら――


 花が触れ合うようなキスをした。







読了ありがとうございました。

二人の息子たちは長編『私が王子の先生に!?(略)』に出ています。

気になる方はそちらもどうぞ〜!


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