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ヴォルガの舟唄  作者: 坂本梧朗


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5/5

その5

 大正九年、火等美は本郷の尋常小学校に入学した。夏休みに入って間もなく、旅行中と聞かされていた十蔵が帰ってきた。そして火等美は再び現れた父親につれられて、父の郷里に行くことになった。夏休みを利用しての旅行という話だったが、九月になっても彼女は団子坂の下宿には帰れなかった。

 実は団子坂での鈴江の生活は早くも行き詰まっていた。火等美を連れた十蔵の帰郷は単なる夏休みの旅行ではなく、両方が 一人ずつ子供を抱えての生活の模索だったのた。頼る身内のない鈴江は十蔵の口ききで、金沢の寺に住みこみの女中として身を寄せた。しかし「要視察 人」である鈴江に対する警察の監視は厳しく、寺内にまで刑事が入って探ろうとするので、寺側の迷惑を考え、また壇家からの強い申し入れもあって、鈴江は寺を出た。そして金沢市内のマッサージ師の家の一間を借りて働き口を探していた時、四才の富慈恵が助膜炎にかかり、医者に即刻入院を指示された。途方にくれた鈴江は、やむなく岡山の十蔵に電報を打った。八月末のある朝、火等美は十蔵と共に汽車に乗り、金沢に向った。京都で乗りかえ、金沢に着いた時は夜だった。川べりにある白ペンキ塗りの 大きな病院 の 一室のドアを開けると、焦悴した鈴江の顔があ った。

 父親と母親は病院の裏の河原に出て、なにかこみいった話しぶりだった。火等美は少し離れた所にしゃがみ込んで、黒い川の流れを見 つめていた。両親が一緒に暮らさないことが無性に悲しかった。

 十蔵は近代医学を信じなかった。病は神の警告であり、人はまずその心を直くしなければならない。死は地上での使命の終りを意味し、ただ神のもとに帰るだけ。これが十蔵の信念だった。だから別居したとはいえ鈴江が自分に相談なしに富慈恵を入院させたことを彼は激しく怒った。十蔵は富慈恵を早速退院させた。そして子供二人を自分が引き取ることにした。

 幸いなことに退院した富慈恵はそれきり治ってしまった。十蔵は子供二人と共に千葉県東葛飾郡の小寺に移り住んだ。その寺は門も垣もなく草むらにポツンと建っていた。十蔵は朝夕仏前に座って木魚を叩き、お経を上げた。姉妹も一緒に並んで座り、時には木魚を叩く役をとり合ったりしながらつき合った。その頃の十蔵はすでにキリスト教も仏教も究極において求めるものは同じだという考えに傾いていたのだろう。

 高台にある寺 の草原は近所の子供達の恰好の遊び場だった。子供達はまた新たに寺に来た、いささか変わっ た人物を覗きに来るのでもあった。間もなく火等美達も子供達の仲間に入って、蛇の抜け殻などを持って走り回るようになっていた。そのうち夜になると村の青年が五、六人定期的に来るようになった。十蔵は彼等に明るい声で英語や漢文を教えた。昼間、父子三人が散歩から帰ってくると、縁側に米の入ったざるや、さつま芋、野菜などが置かれてあったりした。

 十蔵は寺の閑静な生活が気に入って いるようだった。この環境のなかで文筆と思索の生活を続けたい考えらしかっ た。しかし宗門側の都合で、冬になる前に寺を出なければならなくなり、火等美達はまた鈴江の手に渡された。

 鈴江は東京に居た。十蔵の友人が借りた家の一部屋に住んでいた。その友人は反戦主義の宗教家で、家には本願寺改革派の青年や、社会改革を志す青年達が多く出入りした。盲目のロシアの詩人、エロシェンコも訪れた。鈴江はそんな青年達と接する一方で、劇作家でエスペラントの普及に力を入れていた秋田雨雀の家や、社会主義者の組織である暁民会の事務所などに顔を出した。特に暁民会の事務所にはよく出かけた。そこには村山三郎も来ていた。鈴江が階下で暁民会のメンバーと話しこんでいる間、鈴江につれてこられた火等美は二階に住む青年達と一緒だった。カチューシャの歌、さすらいの歌、あるいは革命歌など、青年達が口ずさむ歌を火等美は意味もわからないまますぐ覚えた。生活の目途はまだ立っていなかっ たが、こうして鈴江は社会主義運動の道に一歩一歩踏みこんでいった。

 鈴江はやがて十蔵の友人が借りていた家を出た。今度の住処(すみか)は、広い空地のなかに数軒並んだ小屋のような家の一間だった。三畳ほどの広さに粗末な寝具、小さい食卓と茶碗三つ、小鍋が二つ。あまりの殺風景に貧しさには慣れていた火等美もひとしおわびしく感じた。その頃、鈴江は仕事としては、大杉栄の労働運動社への勤務とか、神楽坂に夜店を出し、社会主義の本やパンフレ,トを並べて売ったりしていた。しかし親子三人の生活を支える収入には到底ならなかった。

 間もなく母子三人は風に吹き飛ばされそうなその小さな家から、巣鴨の二階長屋に越した。露地の一番奥の家の玄関脇の部屋が新しい住まいだった。その家は暁民会の村山三郎が借りた家で、村山は妻と生後数ヶ月の女の子と三人で、階下の奥の六畳に住んでいた。二階は村山の兄一家の住居だった。

 大正十年四月、社会主義を標傍する日本最初の婦人団体、赤瀾会が結成された。鈴江は世話人の一人に加わった。そして五月の第二回メーデーに、赤瀾会の会員達は女性として初めて参加した。会員は芝口交差点にある理髪店に二、三人ずつ集まり、十数人になったところで、芝公園から行進してきたメーデーの列中に赤瀾会の旗を立てて飛びこんだ。「赤瀾会を守れ!」という掛け声のもと、各組合の男達が鈴江達を守るようにして進んだ。しかし上野近くになると、二人、三人と会員達は警官に引き抜かれた。鈴江も捕えられ、どぶにたたきこまれた。腰から下はどぶねずみのようになって引かれる鈴江に、「女の気ちがいか」と見物人の一人が言った。

 しかし心を燃焼させうる道に立って、鈴江は生き生きとしていた。仲間達と連れ立って神田川沿いに桜を見に行ったり、松井須摩子演ずる「沈鐘」を観て、その歌真似をして見せたりしたのもこの頃のことだ。

 中心的メンバーの一人として赤瀾会を切り盛りしていた鈴江だったが、秋頃、仲間の誰にも告げず突然姿を消してしまった。大阪に去っていた村山の後を追ったのだ。その時鈴江は村山の子を妊っていた。

 村山の妻は、村山が社会主義者になる前に結婚した人で、平凡でつつましい生活をコツコツと築き上げたいと考えていたらしい。毎日台所仕事を手早く片付けては、内職の針仕事に精を出していた。しかし夫の社会主義運動へののめりこみは深くなる一方で、毎日が冒険のような暮し方について行けなくなったようだ。それに村山の女性関係での身持ちの悪さも彼女に見切りをつけさせた大きな要因だった。彼女は一才にもならない女の子を残して家を出てしまった。同じ家に居た鈴江は 村山の窮状を見て、子供の世話などをしてやった。その内互いに通い合うものが生まれたようだ。旧家の躾の中で育った鈴江は、村山とそんな関係になったことを内面的にはともかく、外面的にはやはり説明しにくく感じたのだろう。親しい仲間にも告げず、新しい生活の路を求めて村山の後を追ったのだった。

 そういう事情のため、火等美達姉妹は当分の間別の家に預けられることになった。もちろん姉妹に理由は告げられなかった。鈴江は大阪で村山と所帯を持って落着いたら、二人を呼び寄せるつもりだった。

 火等美達が預けられた家は共同の台所、食堂、風呂があり、合宿所のような感じの場所だった。そこには若い女が二人、男が一人いた。男はいつも三畳ほどの部屋にいて、その部屋にはキリストのエッチングがかかっていた。彼は体も顔も細く、やさしく静かで、キリストに似ていると火等美は思った。子供の相手もよくし、火等美達と一緒に童謡や讃美歌を歌った。女は、一人は丸顔、色白で、マリちゃんと呼ばれ、もう一人は痩せ型の目のきつい感じの人だった。この二人はいつもおしゃべりを楽しんでいた。火等美には見覚えのない顔だったが、暁民会関係の人達だったのだろう。

 ある雨の夜、来訪者があり、「キリ ストさん」はその男と酒を飲み始めた。 火等美達姉妹とマリちゃんは先に食事をすませ、部屋にひきこもった。「まだ飲んでいるのよ」と言いながら痩せ型の女性が部屋に入ってきた。彼女達はおしゃべりをしながらもあや取りなどして子供達の相手になってくれたので、火等美は少しばかり幸せを感じていた。すると突然ドシンと入口の襖に何かがぶつかる音がして、襖が乱暴に開けられた。見ると、猿又ひとつになった「キリストさん」が真青な顔をして立っていた。手には出刃包丁が逆手に握られている。女性二人が悲鳴をあげて立ち上がり、どちらともなく窓から外に飛び出した。火等美も妹と一緒に続いて飛び降りた。地面に足が着くとヌルッと滑って転んだ。我に返ると、火等美達は省線電車の山手線沿いの道を雨に打たれ、泥にまみれて歩いていた。

 翌朝、見知らぬ部屋の布団の中で火等美は目を覚ました。昨夜の雨も、恐ろしい出来事も夢かと思われるような秋晴れの陽光が、部屋に射しこんでいた。しかし夢でない証拠に、姉妹の腰あげをした着物が物干し竿に並んで、青空にひるがえっていた。


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