その11
村山は厳しい地下活動の息抜きのように鈴江や火等美を連れて外出した。
ある夜、三人は氷上カーニバルというのを見物に行った。池が一面に凍ってできたスケートリンクの周囲に竹竿が立てられ、それに裸電球がいくつもぶら下げられている。見物人は池を囲む岡に立って見物する。リンクの上ではさまざまな扮装の人が滑っている。ピエロ、パレーダンサー、西洋中世の貴婦人、実に華やかだ。中には額に三角の紙を当て、破れ提灯を手にした亡者も居て、おどけた仕草で見物人を笑わせる。火等美はスケートを見るのは初めてだった。人の体が軽やかに動くのが不思議だった。力もこめず氷上をすいすい動く人を見ると、まるで見えない糸で引っ張られているように思えた。火等美は時のたつのも忘れて見とれていた。
追分節の大会というのにも出かけた。場所は粗末な芝居小屋で、客席は板の間に薄い茣蓙を敷きつめただけのものだった。五銭だして座布団をもらい、外套やコートのまま座る。火鉢が全部で三つほどしか置かれてないので客席の寒気は厳しい。それでも開演間際にはほほ満席となり、その後は客が入ってくるたびに膝を少しずつにじり寄せなければならなかった。客席の密度が高まるにつれ、会場の寒気もゆるんでくる。
「○○賛江」と端に書かれた薄っぺらい幕が引かれると、舞台には歌い手、尺八、合の手の一組が上がっている。哀切な尺八の音色が流れ、それに北国なまりの歌声と独特の節回しが絡めば、長く厳しい冬に耐えるこの地の人々の魂が匂ってくるようで、火等美は改めて遠い所に来てしまったという感懐を抱いた。
入れ替り登場する歌い手は皆素人らしく、いずれも地味な縞の着物で、袴などもつけていない。合の手の女性も晴着とは言えない着物で、伏し目がちに立っている。しかし彼女達はここというカンどころになると、「スイーイ、スイッ」と高く澄んだ声を出した。「いい節だね」「いいスイだね」「ンだ」と、聴いている人々は感に堪えないようにさざめく。庶民の素朴な喜びが会場を浸していくのだった。
こうして火等美は何度か粉雪が舞う札幌の街を、「おじさん」「おばさん」と心を弾ませて歩いた。行き合う人々のなかでは、やはり同年輩の女の子達の服装が火等美の目を引いた。大部分が黒いマントに黒い長靴をはき、さっそうと歩いている。特に女学生が素敵だ。火等美はもし自分が札幌の女学生だったら、と夢想して楽しんだ。角巻き姿の女性を初めて見たときには毛布を被っているのかと思った。しかしよく見ると模様や配色に装身具としての気配りがあり、縁を飾る房糸も美しかった。今に大きくなって、もし金ができたら私もぜひ房飾りの美しい角巻きを着よう、と火等美は胸を膨らませた。
それは母親とくつろいで過ごしたことのない彼女には楽しい日々だった。鈴江も村山もわずかな息抜きを精一杯楽しもうとするように活気があった。それがまた火等美を幸福な気持にさせた。
ある日、狸小路あたりの映画館で、三人はロン、チャーニー主演の「ノートルダムのせむし男」を見た。見終えて外に出ると雪が激しく降っていた。映画館が寒かったので喫茶店に入って暖まってから帰ろうということになった。
入った喫茶店は木製の丸いープルに粗末な藤椅子を配した無造作な内装の店だった。しかし中央にある石炭ストープは赤々と燃えており、店内は暖かかった。火等美は映画を見た後の疲れを感じていた。娯楽の後の空虚感、また現実と向き合わねばならない悲哀のような感情を味わっていた。村山も鈴江も無口だった。
ルバシカを着て、口ひげを生やした若い男が、注文した紅茶を運んできた。男はカップをテープルに置くと、カウンターの端に行って、蓄音器のハンドルを回し、レコードをかけた。流れてきたのは「ヴォルガの舟唄」だった。客は火等美達だけだった。
「エエイホウヘム、 エエイホウヘム」
腹の底から出てくる低く太い声。労働の苦痛に耐える呻き声のようだ。火等美は歌声に耳を傾けながら、あの国ではこんな労働はもうなくなっているはずだと思った。労働者の政府をうちたてたあの国ではすべてが変っているはすなのだ。
火等美は降りしきる窓の外の雪を眺めた。 そしてロシアの大地に降る雪を思った。
新生ロシアでは今、労働者達は素晴らしく明るい歌声を響かせているのだ……母達が心から慕っている国ロシア……早く日本もそんな国になればいい……。
火等美が顔を戻すと、鈴江と村山は黙って深くうつむいていた。何を思っているのだろう。やはり自分と同じようにあの国のことを思っているだろうか。それともこれからも続く茨の道を思いやっているのか。火等美はふと父十蔵が言った言葉を思い出した。
「お前達のお母さんの名前には刑死の卦がでている」
「ケイシ? 」
火等美は聞き返した。
「そう刑死」
火等美は暗然とした気持ちになった。なぜ多くの人の幸福のために骨を折っている者がひどい目にあわねばならないのか。――。二、三日前、家の裏の塀ごしに外を見ると、中年の男が道に立って窺うようにこちらを見ていた。火等美と視線が合うとくるりと向うをむいた。 そんな事実を火等美は思い出した。現在の三人の平穏な暮しはいつまで続けられるだろう……。せつない思いを払いかねて、火等美は冷めた紅茶をスプーンでかき回した、「ヴォルガの舟唄」は終っていた。三人は思い出したように紅茶を啜った。
「さあ、行こうか」
村山がふっきるように声をかけた。
参考資料 『母と私 久津見房子との日々』 大竹一燈子
『人物近代女性史 巻6』 講談社
『幸徳秋水』 絲屋寿雄 清水書院
『暗い谷間の労働運動』大河内一男 岩波新書




