第3話 残念美人、異世界へ。
午後の暖かい日差しが社長室に差し込んでくる。
いつもなら眠くて仕方のない時間だが、今日はちょっと違う。
なぜなら?
そう! なんとわたくし的屋可奈が、業務用AIの担当者に選ばれたのだっ!
ヒューヒュー、すごいぜ可奈ちゃん、やったね。
とは言いつつ……遊びでしか使ったことないし……正直不安でやんす。
でもね、男は愛嬌、女はど根性って、昔の偉い人も言ったとか言わないとか?
気を取り直して、社長が準備してくれたノートパソコンに向き合った。
「ほうほう、これがchat ABCですね?
いい面構えをしてらっしゃいますわ」
ど素人丸出しな感想を漏らす。
──大丈夫かこいつ?って心の声がダダ漏れですよ? しゃちょー。
改めてchat ABCが表示されたモニターに向き合う。
──見た感じ、他のAIと同じかな? パソコン用だからか、チャット欄が広いね。
真ん中が白い大きなチャット画面で、下に長細い入力欄──この辺はライブラやCrokと同じ感覚。
でも、周りのデザインがやけに“クールで静か”。
余白が多くて、いかにもお仕事用っぽい落ち着いた印象。
「可奈ちゃん、見てるだけじゃなくて、何か入力してもいいのよ?」
背後から専務が覗き込むように話しかけてきた。
「専務、あれですよね? 基本の使い方は他のAIと同じですよね?」
と、振り向いて聞いてみる。
とりあえず挨拶でも入れてみますか。
私はなぜかAIに対して挨拶から入る律儀者なのである。
タ、タ、タ、タン。
「こんにちは、私は的屋可奈です。これからよろしくね。」
「こんにちは、的屋可奈さん。
Chat ABC業務サポート担当のAIです。
本日からのご利用、誠にありがとうございます。
業務効率化や文書作成など、必要な作業の支援を行います。
まずは初期テストとして、簡単な操作を試してみましょうか?
それとも、現在の業務内容に関する質問から始めますか?」
おおお! スラスラと返答が来たよ。
なるほどね、スマホで使うAIとほとんど同じだ。
ただ返事が固く感じるのは、業務用だからかな?
後ろから社長夫妻の感嘆する声がする。
「ほほぉ、随分と応答が早いんだな。
的屋、とりあえずお前の好きに使ってみろよ。」
と社長が面白がってけしかけてくる。
私も調子に乗って答える。
「社長、わたし、自分で使ってるAIには名前つけたり“ちゃん付け”するんですけど、この子にも名前つけていいですか?」
二人の笑い声が聞こえる。
「ええ、ええ、構わないわよ。
だってこれから可奈ちゃんのパートナーになるんだからね。」
専務が、いかにも私らしい提案だと言わんばかりに言ってくれた。
──よし、よし。じゃあ、なんて呼ぼうかな?
chat ABCだからぁ……チャッピー? いや、それだとありきたりだよね。
うーんと……チャピ太。うん! チャピ太にしよう!
「専務! この子、チャピ太って呼んでもいいですか?」
今度は社長が笑いながら答える。
「ハハハ、なんだそりゃ。まぁウチはユルい会社だから構わねぇけどよ。
いかにも的屋らしくていいじゃねぇか。」
さすが社長は私をわかってるなぁ。
よし、じゃあチャピ太って打ってみよう。
なんて返ってくるかな?
「これから私があなたと一緒に仕事します。だからチャピ太って呼んでもいいですか?」
「……承知しました。
非公式な呼称ではございますが、業務に支障がない範囲であれば問題ありません。
以後、的屋可奈さんからは『チャピ太』として応答いたします。
※社内共有文書上では、引き続き『Chat ABC』と表記されます。
それでは改めまして——
はじめまして、可奈さん。チャピ太です。
本日から一緒にお仕事、頑張りましょう。
まずはどの業務から取りかかりますか?」
──おー、なるほど。会社の書類にはちゃんとchat ABCって表記されるのか。
うんうん、さすがAIは賢いね。
妙なところで感心してしまう。
さてさて、「好きにしていい」と言われたんだから、もう少し遊んでみますか。
──えーっと、何聞いてみようかな?
あっ、そうだ、前からやってみたかったこと試してみよう。
「社長! わたし、チャピ太に呪文作らせてみていいですか?」
と、突拍子もない提案をしてみる。
社長は目を丸くしたが、すぐ笑顔になり、
「呪文? 呪文ってあれか? アブラカダブラみたいなヤツか?
まぁ、かまわねぇけど……しかし、また何で呪文なんだよ?」
呆れながらも笑顔で聞いてきた。
「エヘヘ、昨日観たアニメで格好いい呪文が出てきたんですよ。
それを私も作ってみたいなと思いまして。」
まるで子供のような笑顔で答えてしまう。
「なるほどな。じゃあよ、アルゴリズムって言葉を使って作ってくれよ。
なんかよ、“アルゴリズム”って言葉自体、呪文みたいじゃねぇか?」
社長もノリノリでお題を出してくる。
──なるほど、アルゴリズムね。
確かに呪文に使えそうな言葉だね。
まずチャピ太に意味を聞いてみようかな?
私は「アルゴリズムってどういう意味?」的なことを入力してみる。
チャピ太は生真面目な返答をしてきた。
まぁ、そうだよね。お仕事AIだもんね。
(中略:アルゴリズム解説+英訳部分)
──おお! 英訳も一瞬だね! さすがAIだ。
よし、この英訳を呪文の詠唱っぽく音読みにしてっと……
それから呪文を捧げる対象の神様か何か入れると、それっぽいかな?
えーっと、ルールってのは守らなきゃいけない決まり事。つまり秩序ってことかな?
じゃあ秩序の神様を検索してみよう。
私はスマホで「秩序の神様」と検索してみる。
結果、ギリシャ神話のテミスという神様がヒットした。
秩序、正義、掟を司る──うんうん、いいじゃない。
よし! テミス様に捧げて発動する感じにすれば、それっぽいぞ!
私はチャピ太に自分で考えた呪文を入力した。
「アンアー・ゴーズム・イズセーオブ・ルールーデゲントゥ・アーチャブ・スペフィクガール。
秩序と正義、そして掟を司る女神テミスよ。
祈り捧げる我の願いを叶え給え。
全ての理を正しき秩序ある世界へ導くために、いざ唱えん!
アルゴリズム!!」
キーボードをタタンッと叩ききった瞬間──
突如、ノートパソコンの画面が白く激しく明滅し、眩ゆい輝きを放つ。
そして、私を中心とした床に魔法陣のようなサークルが浮かび上がり、赤い光の柱と化した。
──え? え? ええええ! 何? 何? 何これぇえええ!!
私が慌てふためく姿を、光の柱の外側で社長夫婦が唖然として見ている。
赤い光はさらに強い輝きを放ち、私は宙に浮き上がった。
「えっ!! ちょっと、ちょっと待ってよ!! 社長! 専務!! 助けてぇええ!!」
フワリと浮いた体を必死に動かし、私は社長と専務に手を伸ばす。
我に返った二人も慌てて私の手を掴もうとする。
「おいっ!! 的屋!!」
「可奈ちゃん!!」
二人が叫び、私の指先に触れそうになった瞬間、赤い光が弾け飛び、私の目の前から二人の姿が消えてしまった。
そして光が弾け飛んだ瞬間、白い光に包まれ、浮遊感だけ感じた。
私の意識は途切れ、何もかも感じられなくなってしまった。
私が偶然作った呪文──
それが私を異世界へ、そして大冒険へと導く引き金になったのは、見知らぬ場所で目覚めてからのことだった。




