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封印聖女の愛し方 ~眠れる聖女と奇跡の起こし方  作者: あいの あお


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8.ヘーリグ

 ヘーリグは読んでいた本を閉じ、小さく伸びをすると今日もふわふわと浮かぶ夜色の巨石を眺めた。日の光を浴びて封印石は何となく気持ちが良さそうに見える。


「ねえ、アーヴァ。今年も来るでしょうか?」


 ゆっくりと封印石に近づきこつりと頭を寄せると、ちょうど目の前にアーヴァの瞳がある。閉じてしまっていて今は見えないが、壁に埋め込まれたどの宝石よりも美しい碧の瞳。


 エルネスティはあの日、可能性に掛けたいと言った。そうしてエルネスティがヘーリグに提案したのは驚くようなものだった。


『さっきリトヴァを封印石から引き剝がすときにたまたま封印石に触れたんだが、何かが抜けて行くような感じがした。これはつまり封印石が俺からも封印を受け取ったということじゃないか?ならばこれを十年間…残り九回かだから九年か、同じ日に施すことができれば、アーヴァは封印石から生きたまま解放されるんじゃないか?』


 理屈では聖女と王族が十年の封印を施すのと同じになるだろうが、過去にそんなことをした者がいないのでヘーリグには分からない。分からないが面白いと思った。


 もうどれほどの時をこうして過ごしているのかをヘーリグには思い出せない。

 ほとんどの時間をヘーリグはこの祠で眠りにつき、聖女の気配がすれば目覚め、聖女の元へと降りていく。

 ほとんどの場合、ヘーリグはただ見守るだけだ。姿を現すことすらせず、ふわりふわりとまるで幽霊のように見えない存在として見守るだけ。そうしてその代の聖女と王族が封印を施すのを見届けて、また次の聖女が生まれるまで眠るのだ。


 至極たまに、気分が乗ると姿を現すこともあった。ある時は聖女のペットの猫として。ある時は王族の側近として。ある時は聖女の幼馴染として過ごしたこともある。そのどれも、飽きたら適当な理由をつけて姿を消して止めてしまった。これほど長く…聖女が生まれた頃から十八年もじっくりと聖女と向き合ったことなどなかった。アーヴァが全て初めてだった。


「まさか、あなたが私を見つけて実体化させてしまうなんて思いもしなかった。あの時は本当に焦ったのですよ」


 封印石のアーヴァをじっと見つめ、そうして頬を撫でるようにヘーリグは封印石を撫でた。


 アーヴァは生まれてしばらくして、見えないはずのヘーリグを認識した。ぷかぷかと宙に浮いてアーヴァを見ていたはずのヘーリグの存在を認め、にっこり笑って手を伸ばしてきた。興味本位でその手に指を伸ばしたところ、掴めないはずの指を掴まれてヘーリグは意識していないのに実体化してしまった。


 訳が分からず慌てているところへ折り悪く乳母が戻って来てしまい、ヘーリグはなぜか記憶を消すのではなくアーヴァのために新しく雇われた見習い従者という肩書を周囲の意識に刷り込んだ。あとあと面倒が無いように最初は十二歳くらいの姿で過ごし、そこから十八年、アーヴァの成長と共にヘーリグの姿も大人へと変わるように調整した。


「こうして十八年……いや、もう九年経ちますから二十七年ですか。あなたの側にいるとは思わなかったな」


 それに、ヘーリグという存在がこの世界に生み出されてからずっと、封印石に取り込まれて眠ってしまった聖女を封印石から取り返そうとする者がいたことも一度だって無かった。こんなことは初めてだ。


 可能性に掛けたいと言ったエルネスティに、ヘーリグはうっかりと言ってしまったのだ。


『王族と、聖女と同じ血を引く女性、か……。面白いですね、そんなことをしようとした者がこれまで居なかったので分かりません。ですが可能性が無いとも言えません、何せ初めてですからね。もしもあなた方がふたりでやるというのなら、もう九年くらいはお付き合いしてさしあげてもよろしいですよ』

『本当か?付き合ってくれるのか?』

『もちろんわたくしも!可能性があるのならご一緒させてくださいませ!!』


 それまで溶けるのではないかと思うほどに泣き続けていたリトヴァも加わり、ふたりで目元を赤くしてヘーリグに詰め寄って来た。逃げることは簡単だった。あの場で姿を消してしまえば良かった。けれど、ヘーリグはそれをしなかった。


『私は聖女を見守るのが役目ですからね。この地でずっと待っていますよ。あなた方は九年、同じ日にここに通ってください。奇跡があるのなら……私も見てみたいですよ。千年以上見ることの無かった、人が起こす奇跡を』


 そう言って、にっこりと笑ってしまったのだ。我ながら馬鹿なことをしたとヘーリグは思う。人間というのは忘れる生き物だからどうせ二、三年来て止めるだろうと、あの時は本気でそう思っていたのだ。すっかりここに留め置かれて今年が最後の年、今日が最後の日だ。


「もうそろそろ来ますかね、アーヴァ。先日、下では大雨による被害があったようですが……ふたりは無事でしたでしょうか」


 ふたりがどれほどここへ来たいと願っても努力しても、外的要因で期日通りに来られないことだってあり得るのだ。そのために、あのふたりは結婚しても子供は作らないと決めたくらいなのだから。


 エルネスティは父である国王と兄である王太子にここで起こったことを全て話したらしい。その上で、毎年この日にここに通わせて欲しいと願った。それを聞いた国王と王太子は人間にしては良くできた人物だったようで、許可は出したがいくつかの条件を出した。


 ひとつ目に、エルネスティとリトヴァが結婚していずれ伯爵家を継ぐこと。

 表向きには封印で命を落としたアーヴァに代わり、九年の間ふたりで封印が正しく行われているかを確認する、ということで通す。そのため、爵位の付与はその確認が終わった後…ということでしばらく伯爵家のままで据え置きとなった。もちろん、伯爵夫妻への牽制だ。

 早々に夫妻を引退させて爵位を継いでしまえば良い話なのだが、旅を阻害されないためにも十回の封印が終わるまではリトヴァと結婚したエルネスティが爵位を継ぐわけにはいかないのだ。


 ふたつ目に、あと九年…十回の封印が終わってもアーヴァが目覚めなければ諦めること。

 アーヴァの元へ確実に行くためにエルネスティ達が子を作らないだろうことが国王には分かっていたのだろう。十回目の封印の年にはエルネスティは二十九歳、リトヴァは二十五歳となる。ここで諦めて子を生せ…そういうことだ。


 三つ目に、十回の封印が終わるまで、伯爵領が問題なく回るよう手を尽くすこと。

 これまでアーヴァが領政の一旦を担ってきたからこそ保たれてきた伯爵領の平和だったがアーヴァが居なくなればどこまで悪化してしまうか分からない。それを毎年の封印の旅を続けながら、現伯爵夫妻の暴走を止めながら、エルネスティとリトヴァで領政を回さなければならない。


 エルネスティとリトヴァはこの条件を飲んだ。伯爵夫妻にはあと九年監視の必要があるのだとだけ言って誤魔化し、他には何も教えなかった。余計な知識を渡せば碌なことにならないと分かっていたからだ。

 そうしてエルネスティとリトヴァは半年後のリトヴァ成人と共に結婚し、翌年の封印の日にヘーリグに国王の条件を教えてくれた。


 それから八年、順風満帆な年ばかりでは無かったがエルネスティとリトヴァは欠かさず封印の日に訪れ、封印石に触れてアーヴァに語り掛け、ヘーリグと他愛のない話をしてまた王都へと帰って行った。まさか八年、乗り切るとはヘーリグは本当に思っていなかったのだ。


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