7.エルネスティ
リトヴァと寄り添い偽りの愛をアーヴァの前で告げるのは正直、身を割かれるほどに苦痛だった。
リトヴァはアーヴァと少しだけ似ている。そのことが余計にエルネスティを苦しめた。そうして何より、アーヴァがエルネスティとリトヴァを本当に嬉しそうに祝福してくれたことが泣きそうに悲しかった。
けれどこれでアーヴァを解放できる、そう思えば自分の心の叫びなどどうでも良いとエルネスティは思った。
そう思ったのに、そうことはうまく運ばなかった。父である国王は構わないと言ったのに伯爵夫妻がそれを拒絶した。与えられる爵位がひとつ下がるから……娘の功績で上がる爵位だ。彼らには何の恩恵も受けさせるつもりはないというのにあまりの浅ましさにエルネスティはいっそ秘密裏に消してやろうかと思った。
しかしそれはアーヴァとエルネスティが混沌の封印を終えるまでは難しい。旅には短くとも往復で一ヶ月は掛かる。エルネスティが決意をした日から封印の旅まで一年弱。その間に封印の準備をしながら領政を掌握できるとは思えなかった。
神官長が来る日、その日は本当はエルネスティも同席するつもりだった。だが、封印の旅まであと十日。その十日の間にどうしてもエルネスティにはやらねばならないことがあった。神官長に会うには大神殿まで出向かねばならない。どれほど急いでも神官長に会い往復して三日はかかってしまう。
アーヴァならひとりで聞いても正しく理解し、正しくエルネスティに伝えてくれるだろう。そう信じてエルネスティは神官長との面会を欠席した。そうして、やはり同じようにやりたいことがあるというリトヴァと示し合わせてふたりで会っていることにし、お互いにやりたいことを別々で行った。
リトヴァが何をしていたのかをエルネスティは知らないし、エルネスティがしていたこともリトヴァには言っていない。
この時エルネスティは数人の人物と会っていた。口が堅く、信頼ができ、腕が立ち、そして天涯孤独の女性騎士数人とだ。彼女たちには表向きには極秘内容の遠征という体で送り出しアーヴァの護衛をしてもらうつもりだった。
期間は三年。アーヴァをアーヴァの望む地へ送り届け、アーヴァの生活が落ち着くまで見守り、その上でアーヴァの側に残るもよし、どこかへ行くも良し、戻って騎士を続けるもよし。報酬も名誉も地位も約束した。
アーヴァには新しい身分証を作り、その身分証の名前で銀行の口座も作った。アーヴァと騎士たちの生活費は十分に足りるよう口座に金は入れてある。
アーヴァにはこの旅の帰路で死んでもらうことにしていた。町があるところまでは他の騎士や神殿関係者が共にあるが山に入ってしまえば四人だけ。
伯爵夫人の妨害もありここまで計画を共有することは叶わなかったがリトヴァはアーヴァを逃がすと言えば喜んで協力するはずだ。ヘーリグはアーヴァを中心にものを考えるのでアーヴァの幸せのためなら必ず着いて行くだろう。
四人の旅でアーヴァが死ねばエルネスティとリトヴァが疑われるかもしれない。だが疑いだけでは誰も何もできはしない。禁域であるこの山で起こったことを確認するすべなど誰にも無いのだから。
町へ戻る前に騎士と合流する手はずは整えている。だから封印さえ終わってしまえばあとは逃がすだけだ。そう、思っていた。なのに。
「嫌よお姉様!お姉様あああああああああ!!!」
リトヴァが封印石に取りすがって泣いている。一度引き剥がしたが、リトヴァはエルネスティの手を振り切りアーヴァの元へと駆けて行った。できることならエルネスティも同じようにすがって泣きたい。いつだってアーヴァは「大丈夫ですよ」と優しく頭を撫でてくれた。情けないほど、エルネスティはアーヴァに甘えてきた。
「アーヴァ……どうして………」
エルネスティが呆然と立ち尽くしているとヘーリグが横に並び、金の瞳を細めて笑った。
「お手紙を預かっておりますが、読まれますか?」
すっと差し出された封筒に宛名は無い。封蝋も無い。けれど良く知るアーヴァの香水の香りがしてエルネスティはひったくるようにして受け取り急いで封筒から手紙を出した。
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親愛なるエルネスティ様、愛しいリトヴァ
騙しうちのような形になってしまいごめんなさい。
ふたりの幸せを考えた時、これが一番の解決方法だと思いました。
アーヴァは死にました。
私のことは忘れて、どうか幸せに。
心からふたりを愛しています。
アーヴァ
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エルネスティは膝から崩れ落ちた。
エルネスティはアーヴァを愛しアーヴァの幸せを考えていた。リトヴァはアーヴァを愛しアーヴァの幸せを考えていた。アーヴァもまた、エルネスティとリトヴァを愛しふたりの幸せを考えていた。
「なんてことだ………」
足りなかったのは言葉か。足りなかったのは覚悟か。顔を合わせ言葉を尽くして話し合っていれば、きっとこんなことにはならなかった。
エルネスティとリトヴァが、アーヴァを愛しているからアーヴァを逃がしたいと正直に話していれば、きっとアーヴァは苦笑いしながらも聞いてくれたはずなのに……アーヴァに本当のことを言うのを恐れた、アーヴァを手放すと言葉にできなかった、エルネスティの心の弱さが今を招いたのか。
こつり、と靴の音がしてヘーリグが一歩エルネスティに近づいてきた。エルネスティは顔を上げないまま、唸るように言った。
「お前は、知っていたのか?」
「何をです?」
「アーヴァがこうすることをだ」
アーヴァがひとりで封印石に触れることを、その結果何が起こるのかを、ヘーリグは知っていたのだろうか。知っていて黙って見送ったのだろうか。
「いえ、知りませんでしたよ。するかもしれないとは思っていましたが」
「なぜ言わない!!!!」
がばりと起き上がるとエルネスティはその勢いのままヘーリグの胸倉を掴み上げた。ヘーリグの方が少し背が高いが腕の力だけで持ち上げる。
「乱暴ですね……決まっているでしょう。アーヴァがそれを望まないからだ」
ひゅっ、とリトヴァが息を飲んだ声がして振り向けば、エルネスティが取り落とした手紙をリトヴァが拾い上げ読んでいた。
「なぜ黙って見送った。なぜ……」
「アーヴァが望んだからですよ」
エルネスティの腕から力が抜けた。飄々とした表情のまま首元を直すとヘーリグはまた金の瞳を細めて肩を竦めた。
「アーヴァはあなたたちふたりが幸せになることを望んでいた。ただそれだけですよ。ただ、それだけ……」
こつこつと靴音を響かせてヘーリグがアーヴァが眠る封印石に触れた。じっとアーヴァを見つめ何かに戸惑うように眉を寄せ、「それだけだ…」と呟いた。
「ヘーリグ、いや、御使様」
「何でしょう?」
「何か手はないのか?」
「少なくとも、私が知る中で一度眠った聖女が生きて封印石から出てきたことはありません。皆、命を終えて封印石に呑まれました」
「遺体すら残らないのか!?」
エルエスティが目を怒らせると、ヘーリグは眉を下げて肩を竦めた。
「残っていたらここは骨だらけですよ。聖女ひとりで封印したということはつまり、王族に見捨てられたということですから」
「くそっ」
何となくは理解していたが、ひとりで封印するとはそういうことだ。エルネスティは決してそんなつもりでは無かったが。
「御使様、もしも俺が可能性を見つけられるのなら、それに掛けても良いだろうか?」
エルネスティは自分の左手をじっと見つめ、それからヘーリグを見た。ヘーリグは少し驚いたような顔でエルネスティを見ると、「可能性?」と首を傾げた。




