5.リトヴァ
扉が開き、中から姉の従者が出てきた。慌てて立ち上がろうとして柱からずり落ちたリトヴァをエルネスティがぱっと腕を取って支えた。
「エル様、扉が」
「ああ、行こう」
エルネストも真剣な顔で頷くとリトヴァをしっかりと立たせて手を差し出した。リトヴァがその手を取るとゆっくりと祠の方へと歩いていく。気が急くのに、急げば足がもつれそうだ。なぜ、どうして姉はあの扉から出てこないのか。
「ヘーリグ」
「殿下、リトヴァお嬢様」
リトヴァたちが近づくと、気づいた従者が慇懃無礼なほど丁寧にお辞儀をした。
「ヘーリグ、お姉様は!?」
今もまだ姉が出てくる気配はない。ヘーリグが邪魔で出て来られないのかとも思うが、扉は内開きだ。少なくとも扉を開くことはできるはずだ。
「滞りなく封印を終えられました」
ヘーリグが目を閉じたまま静かにゆっくりと頷いた。
「それは分かっているわ、お姉様なのだから。お姉様はどこなの?なぜ出ていらっしゃらないの?」
早く姉の顔を見なければ安心できない。何の危険も無いとは聞いている。歴代の聖女も当たり前のように封印を施し、王都に戻って天寿を全うしたと文献ではなっている。ただ封印を施すだけなら何も問題は無いはずだ。なのに、なぜ姉は出てこない。なぜこの従者は扉の前からどこうとしない。
「アーヴァお嬢様がこの扉を出ることはありません」
「どういうこと!?」
どこまでもゆっくりと、静かに話すヘーリグにリトヴァは苛立った。瞑った目を開きリトヴァたちを見ようともしない。
「ヘーリグ、どういうことか説明してくれ」
エルネスティも苛立っているようでいつもよりも声が低い。
「説明も何も、アーヴァ様はおひとりで封印を成されました。それだけでございます」
「だからどうしてそれでお姉様が扉から出てこないの!!」
苛立ちに任せてリトヴァが怒鳴ると、ヘーリグが「ああ」と納得したように口元だけで笑った。
「そう言えばあなたがたは知らないのでしたね」
「もう良い!お前はそこをどけ!!」
ついに声を荒げたエルネスティがヘーリグを押しのけると祠の扉を乱暴に開いた。その勢いのまま祠へと駆けこんだエルネスティの後ろからリトヴァも祠へ入ろうとすると、入り口を入ってすぐのところで立ち止まっていたエルネスティの背中に思い切り顔をぶつけてしまった。
「何だこれは………」
エルネストの呆然とした声が聞こえた。
「どういうこと……?」
痛む鼻をさすりつつエルネストの横に立ち前に広がった光景を見て、リトヴァもまた愕然とした。
「な……おねえ、さま………?」
真夜中のような青を帯びた黒い壁に囲まれた小さな部屋。その中心でふわふわと浮く部屋と同じ色の大きな石。その中心で、姉とそっくりの女性が目を閉じて祈るように手を組んでいた。石からは光が放たれ、それが壁に埋め込まれた何かに反射して部屋中がまるで星空のように輝いている。天井から差し込む夕焼け色の日の光以外は。
「は……なによ、これ………」
ただ茫然と立ち尽くしていると、後ろでぎぃ、と扉が閉まる音がした。
「アーヴァはひとりで封印をした。だから封印石に閉じ込められた。それだけですよ」
突如として敬称無しで姉の名で呼んだ従者にざわりと全身の毛が立った気がしてばっと振り返りリトヴァは息を飲んだ。ヘーリグが目を開いている。その目はリトヴァの良く知る黒の瞳ではなく、金色で、瞳孔が縦に伸びていた。
「な……え……目が………」
「ええ、ここに来ると影響されてしまって駄目なんですよね」
そう言って笑うと、金の目をしたヘーリグがこつりこつりと靴を鳴らしながらふわふわと浮かぶ夜色の石へと近づいていく。
「ヘーリグ、説明してくれ。全てだ」
「さて、どこからの全てでしょう?この国の始まりですか?それともこの世界の始まり?」
「何を言っている……?」
「待って、エル様」
あの目を、リトヴァは知っている。以前姉に見せてもらったのだ。通常は入れない大神殿の奥にあるという壁画の写しを。それは混沌を封印した神とふたりの人間。その後ろで光の杖を持ち一柱とふたりを照らす神の御使の絵が描かれていた。
ふたりの人間のうちひとりが現在の王族の祖とされており、ひとりがはじまりの聖女だと言っていた。そして後ろで光る杖を持つ神の御使の瞳は金。横向きに描かれているため瞳孔の形までは分からないが、そもそもこの国に金の瞳は存在しない。琥珀はいるが眩いばかりの金はひとりもいないのだ。
「あなたは、御使様?」
リトヴァがまっすぐにヘーリグの目を見つめると、ヘーリグが金の瞳を細めて口角を上げた。
「あなたは聡いですね、リトヴァお嬢様。そして冷静でいらっしゃる。やはりアーヴァの妹で、アーヴァの最愛だ」
そう言うとヘーリグはまたすっと石へと視線を向けた。
「そうですね、私はあなたがたが御使と呼ぶものです。当代の聖女アーヴァがしっかりと封印を成せるかをあの方に代わり見届けるのが私の仕事です」
そう言うとうっとりとした表情で石に触れたヘーリグに、リトヴァはぐっと眉間にしわを寄せた。
「ちょっと、お姉様を呼び捨てにしてどういうことよ」
「アーヴァの望みなので」
さらりとそう言うと、リトヴァに視線を向けてヘーリグは面白そうに笑った。
「しかも私は神の御使。立場は王族より上ですよ?リトヴァお嬢様」
くつくつと楽しそうに喉を鳴らしまたヘーリグは石を……石の中の姉を見た。
「封印には、リトヴァお嬢様が見たであろう絵の通り、王族の血と聖女が必要になります。王族と聖女がふたりで十年間、毎年同じ日に封印を施すことによって混沌の封印が成されます。封印の強さにもよりますがそれから向こう二、三百年ほどは混沌の封印は解けません」
「ふたり、だと?」
エルネスティが掠れた声で言った。はっと見上げれば、エルネスティが大きく目を見開いて顔を青くしている。
「俺はそんなことを聞いていない。アーヴァはそんなことを言っていなかった。神官長は、俺たちを騙したのか?」
「いいえ。アーヴァははしっかりと聞いていますよ。あの日、あなたが一緒に話を聞けば分かったことです。来なかったあなたに、アーヴァが言わなかっただけだ」
「まさか………」
ふらりと、エルネスティが一歩、石に近づいた。
「封印はふたりで十年かけて行います。ですが一回で…しかもひとりで終わらせる方法がある。それは」
そこでヘーリグは一度言葉を切り、頭を石にすり寄せるようにして石に寄りかかるとリトヴァとエルネスティを見て言った。
「聖女がひとりで封印石に触れ、封印石に呑まれ、封印が成るまで封印石の中で眠り続けることです。命と引き換えに」
「噓よ!!!!」
「リトヴァ!?」
リトヴァは駆けだした。封印石の中で祈るように手を組む姉の元へ走ると手を広げ封印石を抱きしめた。
「お姉様!お姉様!!」
封印石の中の姉を見つめリトヴァは懸命に姉を呼んだ。こんなことあるはずがない。あって良いはずがない。なぜ姉は、こんな場所で…こんな冷たい石の中ひとりで眠っている。
「リトヴァ落ち着け!」
エルネスティにぐいと肩を引かれ封印石から引きはがされた。
「嫌よお姉様……」
ぼろぼろとこぼれる涙で霞んだ視界の向こう。封印石から放たれる光がちかりとほんの少しだけ色を変えた気がした。




