09話
ガイマはスズモの自宅へと転移した直後、力尽きるように意識を失った。
次に目を覚ました時、彼は柔らかなベッドの上に横たわっていた。
体を起こしかけ、ふと隣を見る。
そこには、同じように眠るミナの姿があった。
「……よかった……」
胸の奥から、安堵が滲み出る。
ミナは無事だ。その事実だけで、張り詰めていた心が少しだけ緩んだ。
しかし次の瞬間、悔しさが一気に込み上げる。
「俺は……情けない……」
何もできなかった。
ミナを一人危険な場所に残し、自分は奥でカイという男に手も足も出なかった。
ガイマは顔を両手で覆い、歯を食いしばる。
その時だった。
「ようやく目が覚めたか」
静かだが、どこか怒りを含んだ声が響く。
「この会話、以前にもしたな。……お前たちは、なぜあんな無茶をした?」
ガイマが顔を上げると、部屋の入口にスズモが立っていた。
「私が駆けつけなければ、確実に死んでいたんだよ?」
ガイマは慌てて起き上がり、深く頭を下げる。
「スズモ……悪かった。あれは、あんたが何か隠してる気がして……それを知りたかった。結果的に、こんな事になって……本当にすまない」
スズモはしばらく黙り込む。
(私のため……だとは思っていたけれど)
まさか、あそこまで無茶な行動に出るとは想像していなかった。
「……話さなかった私も悪かった」
スズモはそう前置きし、真剣な表情で続ける。
「けどね、お前たちを巻き込みたくなかった。
……結果的に、巻き込んでしまったけれど」
一度、言葉を区切り。
「ここからが大事な話だ。お前たちは、もう私に関わるな」
ガイマの心臓が、嫌な音を立てる。
「私は領主と決着をつけるため、イースタンの街へ行く。明日の昼にはここを発つ。ミナが起きたら……そう伝えておいてくれ」
「……俺たちじゃ、役に立てないか?」
絞り出すように、ガイマは聞いた。
スズモは、まっすぐにガイマの目を見る。
「正直に言うわ。洞窟での戦いを見る限り、役に立てる状態じゃない」
冷たいほど、はっきりと。
「カイみたいな奴が、他にもいるかもしれない。それに“成功体”とやらの実力も分からない。今回は――本当に、私を助けようとしないで」
言葉を強めて、スズモは言い切った。
「……死ぬよ」
ガイマは、何も言い返せなかった。
スズモはそれを確認すると、踵を返し部屋を後にする。
残されたガイマは、拳を強く握りしめた。
「……なんで……なんで、俺はこんなにも弱い……」
声が震える。
「ミナを一人危険な場所に残して……カイには、何もできなかった……俺は……俺は……」
その言葉を、いつの間にか目を覚ましていたミナが、黙って聞いていた。
(違う……私が弱かったから……)
ガイマを守れなかった。
守られるだけの存在だった。
(でも……私、どうやって助かったの?)
記憶が、ない。
スズモが来てくれたのだろうか。それとも――。
(わからない……)
ただ一つ、確かな思いが胸に残る。
(強くなりたい……ガイマを、守れるくらいに……)
しばらくして、ガイマは静かに立ち上がり、家の外へ出た。
地面に座り込み、目を閉じる。
「少しでも……強くならないと」
洞窟で見たスズモの動き。
カイの、無駄のない戦い方。
「盗めるものは、全部吸収する……」
深く、深く思い出そうとした、その時。
「――強くなりたい?」
女の声がした。
目を開け、周囲を見渡す。
誰もいない。
「……気のせいか」
自分に言い聞かせ、再び目を閉じる。
「強くなりたいかと、聞いている」
再び、はっきりとした声。
「誰だ!!」
ガイマは叫ぶ。
「強くなりたいと言えば強くなれる?そんな都合のいい話、あるわけないだろ!」
次の瞬間――。
意識の中に、幼い容姿の女性が現れた。
濃い赤色の髪、頭から伸びるドラゴンの角、そして尻尾。
「……ドラゴン……?」
「強くなれるよ」
少女は、静かに言う。
「信じるかどうかは、あなた次第だけど」
「誰なんだ、お前は!!」
「それは今は関係ない」
少女の口調が鋭くなる。
「強くなりたいのか、なりたくないのか。それだけを答えなさい。……時間がないの」
ガイマは、迷いながらも言った。
「……強くなりたい」
拳を握りしめ。
「ミナを守りたい。……それに、助けられる人は、皆助けたい‥‥そのために強くなれるなら……してくれ」
少女は、どこか懐かしそうに微笑む。
(変わらないな……やっぱり、お父さんは)
「なら……手を出して」
ガイマが差し出した手を、少女は両手で握りしめた。
暖かい。
懐かしい感覚。
「……俺は……お前を、知っている気がする」
勇気を振り絞り、問いかける。
「俺は……誰なんだ?」
少女は一瞬、悲しそうに目を伏せる。
「……残念だけど、時間ね。今の記憶は消えるわ。だから……死なないで、お父さん」
その言葉を最後に、少女の姿は消え――
同時に、ガイマの意識も闇に落ちた。
「ガイマ!起きて!!」
体を揺すられ、ガイマは目を覚ました。
「……ミナ?どうした?」
「どうしたじゃないわよ!!四時間も戻ってこなくて……倒れてて……!」
泣きそうなミナの頭を、ガイマはそっと撫でる。
「心配かけた……すまない」
そして、スズモを見る。
「……俺は、やっぱり手伝いたい」
スズモは溜息をつく。
「倒れてたって事は、無茶したのでしょう。そんな簡単に強くなれるわけない」
「どうしたら……手伝わせてくれる?」
「……私に、一度でも傷をつけられたら考える」
「本当だな?」
ガイマの目が、強く光る。
「今、すごく調子がいいんだ」
「……手加減はしないわよ」
こうして――
スズモとガイマの訓練が、始まろうとしていた。
そして――とある街外れに建つ、静かな屋敷。
豪奢ではあるが、どこか重々しい空気をまとったその屋敷の中で、白髪のメイドが給仕をしていた。
その時だった。
彼女の手から、皿が滑り落ちる。
甲高い音を立てて床に砕け、彼女はその場に立ち尽くした。
「……?」
近くにいた別のメイドが、驚いた様子で駆け寄る。
「どうしたの?顔色、悪いわよ。調子が悪いなら、休んだ方がいいんじゃない?」
白髪のメイドは、ゆっくりと息を整え、小さく微笑んだ。
「……ごめんなさい。そうね、少し休ませてもらうわ」
その声には、どこか動揺が滲んでいた。
白髪のメイドはその場を離れ、自室へと戻る。
扉を閉めた瞬間――彼女は表情を一変させた。
静かに、指を鳴らす。
パチン。
次の瞬間、空間が歪み、四人の人物が現れる。
全員がメイド服を着ていたが、纏う雰囲気は明らかに常人のそれではなかった。
最初に口を開いたのは、最も背の低い黒髪のメイドだった。
「……感じました!!」
興奮を隠しきれない様子で、目を輝かせる。
「間違いありません!“あの方”の気配です!!」
その隣で、頬に傷のある金髪のメイドが腕を組み、低く笑う。
「あぁ……あれは忘れようがない。間違いなく、あの方だ」
彼女は白髪のメイドを見る。
「で?どうするんだい、リーダー?」
さらに隣では、水色の髪のメイドが眠そうに目を擦りながら口を開いた。
「……久しぶりで、一気に眠気が覚めたよ。もう、戻る準備をするの?」
最後に、緑色の髪のメイドが柔らかく微笑む。
「主様も……ご一緒かしら?それなら、私たちも動く時期かもしれないわね」
四人の視線が、一斉に白髪のメイドへと集まる。
白髪のメイド――は静かに頷いた。
「確かに、私も感じました」
声は落ち着いているが、その奥には確信があった。
「あの方が……この世界に、戻ってきた」
一拍、間を置く。
「けれど、今はまだ動きません」
黒髪のメイドが、思わず声を上げる。
「えっ!?でも……!」
「焦る必要はありません」
白髪のメイドは、きっぱりと言い切った。
「次に、はっきりと“あの方”を感じ取れた時――それこそが、私たちの出る幕です」
金髪のメイドが、納得したように肩をすくめる。
「なるほど……準備期間ってわけか」
「ええ」
白髪のメイドは、四人を順に見渡す。
「それまでに、情報を整理しなさい。この世界が今どうなっているのか、敵は誰で、味方は誰なのか」
水色の髪のメイドが、少し真面目な表情になる。
「了解……さすがに今回は、遊んでいられないか」
緑髪のメイドが、楽しげに微笑む。
「じゃあ、準備ね。再会の日に、恥ずかしくないように」
「ええ」
白髪のメイドは、最後に命じた。
「では、解散」
その言葉と同時に、四人のメイドの姿は一瞬で掻き消える。
まるで、最初からそこに存在しなかったかのように。
部屋に一人残された白髪のメイドは、静かに窓の外を見つめる。
「主様……」
その声は、敬愛と忠誠に満ちていた。
「ご無事で、何よりです」
そっと胸に手を当て、微笑む。
「再びお会いできるその時を……心から、楽しみにしております」
屋敷には再び、何事もなかったかのような静寂が戻るのだった。




