08話
黒く尖った棒状の魔法が、ガイマの胸元へと迫る。
(……ここまでか)
ガイマは歯を食いしばり、死を覚悟した。
――その瞬間。
ガキンッ!!
金属同士がぶつかるような鋭い音とともに、黒い棒状の魔法は何かに弾かれ、床を転がった。
「……なに?」
男が即座に背後を振り向く。
「何者だ!!」
洞窟の入口付近に、ひとりの女性が立っていた。
静かだが、空気そのものを支配するような存在感。
それを見たガイマは、信じられないという表情で声を上げた。
「……スズモ?なんで、ここに……?」
スズモはガイマに一瞬だけ視線を向けたが、すぐに視線を男へ戻す。
「……話は後よ、ガイマ」
低く、怒りを抑えた声。
「私は今、とても気分が悪い」
そう言って彼女は、床に転がる血まみれの光景を一つ一つ見渡した。
手術台。
人体の一部が詰め込まれた瓶。
壁にこびりついた血と、無惨に放置された死体。
「……ここで死んでいる人たち」
スズモの声が、わずかに震える。
「街で行方不明になっていた人たちね。それも――」
男を鋭く睨みつける。
「ナミ様を慕っていた者たち」
スズモは、掴んでいた気絶した男を乱暴に突き放し、床に転がした。
「人体実験をしていたわね。誰の命令? 領主?」
さらに一歩、踏み出す。
「……領主も、知っていたのでしょう?私が見せられた写真と、同じ場所よ。ここは」
男は一瞬だけ表情を歪め、すぐに薄笑いを浮かべた。
「いやはや……これは想定外ですね」
気絶した男を一瞥し、肩をすくめる。
「まさか、あなたまで辿り着くとは。しかも連絡係まで気絶させるとは……さて、どうしたものか」
(このまま逃げるか?マルクト様の元へ戻るべきか?それとも――)
一瞬の迷い。
それを断ち切るように、スズモが言い放った。
「質問にだけ答えなさい」
その瞬間、洞窟の空気が一変する。
重圧。
呼吸すらしづらいほどの威圧感が、スズモから放たれた。
「死にたくなければ、余計なことを考えないことね」
男は小さく息を吐き、両手を上げた。
「……分かりました。話しましょう」
冷めた声で、真実を語り始める。
「ここでの人体実験は、領主の命令ではありません。暗黒神ダーク様の命です」
ガイマの目が見開かれる。
「領主はそれを承認し、自らも実験に関わりました。そして……」
男は不気味に笑った。
「すでに、四人の成功体が存在しています。見たのでしょう?あの写真の四人を」
スズモの拳が、強く握られる。
「……そう」
男は肩をすくめる。
「話した以上、私は退場――とは、いかないでしょうね」
言葉が終わると同時に、スズモの放った風の刃が男へと迫る。
しかし男は、すべてを素手で弾き飛ばした。
刃は逸れ、壁を切り裂く。
「……そう」
スズモの声は、完全に怒りを帯びていた。
「なら、領主も……貴様も、私が始末する。暗黒神ダーク――やはり、あの男は神に相応しくない」
男は楽しそうに笑う。
「怖いですねぇ。ですが、あなた程度で――」
彼は胸を張り、名乗った。
「魔法殺しのカイを、倒せますか?噂だけが一人歩きした、“魔道神ナミの教え子”スズモさん」
スズモの目が細くなる。
「魔道神ナミは弟子を取っていない。それを知っているのが、この私です」
さらに続ける。
「それにナミ程度、このカイの足元にも及びません。所詮、世界神ガイマの影にいた存在。神に相応しくない」
その瞬間、スズモは微笑んだ。
「……へぇ‥‥なら、その実力――見せてもらおうかしら」
彼女は手のひらを掲げ、火球を連続で放つ。
カイはすべてを軽々と相殺した。
「なんだ、その程度の魔法は?」
挑発するように両手を広げる。
「防がないでやる。撃ってみろよ」
スズモは、同じ魔法をさらに放つ。
火球は直撃し、爆煙が洞窟を包んだ。
だが――
煙が晴れると、そこには無傷のカイが立っていた。
ガイマは息を呑む。
(……無傷?何をした……?)
「スズモ……俺も戦う!」
意識が朦朧としながらも、ガイマは叫ぶ。
だがスズモは、落ち着いたままだった。
「大丈夫よ、ガイマ」
カイは嘲笑する。
「見たか?俺は傷一つ負ってないんだぞ?」
スズモは冷静に言った。
「魔法無効魔法を、全身に張り巡らせているんでしょう?」
カイの表情がわずかに変わる。
「……知っているとはななら分かるだろ?お前に勝ち目はない。これが、ナミでも勝てない証拠だ」
スズモは鼻で笑った。
「馬鹿馬鹿しい魔法無効魔法だけで、ナミ様に勝てると思ってるなんて」
彼女が唱える。
「――《バインド・チェイン》」
地面から無数の鎖が出現し、カイへと襲いかかる。
カイは鎖を弾きながら距離を詰める。
「愚か者が魔法使いは、接近戦に持ち込めば終わりだ」
黒い杭が、スズモへ迫る。
だがスズモは、紙一重でかわしながら言った。
「残念だけどナミ様は、接近戦も極めているそして――」
拳に魔力を込め、振り抜く。
「私にも、教えてくれたのよ」
――ドンッ!!
拳が、カイの顔面に直撃する。
「ぐふぁぁっ!!」
血を吐き、吹き飛ばされるカイ。
体勢を立て直しながら、叫ぶ。
「馬鹿な!?魔力を込めた攻撃に、無効化が発動していないだと!?」
スズモは冷たく言い放つ。
「魔法無効魔法は、完全じゃない。上回る魔力を込めれば、無意味になるのよ。それに……あなたのそれは、紛い物よ」
空へ手を掲げる。
雷鳴が轟き、巨大な雷球が形成される。
「終わりにしましょう――さようなら」
雷球が放たれた瞬間、カイは叫んだ。
「くそがぁぁぁ!!次に会ったら、必ず殺してやる!!」
姿を消した直後、雷が地面へ直撃。
轟音とともに巨大なクレーターが穿たれた。
静寂。
スズモは振り返り、ガイマに言った。
「……帰るわよ、ガイマ」
次の瞬間、二人はスズモの家に転移していた。
一方、カイの居城
玉座の間で、カイは柱を殴りつける。
「俺が……俺が、何もできなかっただと……!?ふざけるな……!!」
怒りに満ちた声が響く。
「必ず……必ず殺してやる……!」
と。




