31話
少し場面が変わる。
建物の外に出たレモンは、ひと息ついたところで足を止めた。
「……これから、どこに行く?」
声のした方を見ると、一本の太い木の枝に、逆さまにぶら下がっているホムンクルスがいた。
気配を完全に殺していたせいで、声を掛けられるまで存在に気づかなかった。
「僕かい?」
レモンは苦笑しながら答える。
「特に決めてないよ。適当にどこかへ行って、荒事とは無縁に過ごすつもりさ。君は?」
ホムンクルスは軽く肩をすくめると、枝からひらりと飛び降り、音もなく着地した。
そして、レモンの耳元まで近づき、囁く。
「いい場所があるんだ。一緒に行かないか?」
「今から向かうところなんだけどさ」
近すぎる距離に、レモンは一瞬だけ警戒する。
――だが、相手もホムンクルス。
疑う理由はない……はずだった。
「……いい場所?」
少し考えた末、レモンは頷いた。
「それなら、ついて行こうかな」
次の瞬間。
そのホムンクルスの足元に、瞬時に魔法陣が展開される。
光が弾け、二人の姿は消えた。
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次の瞬間、レモンは見知らぬ部屋に立っていた。
床にも机にも、無造作に積み上げられた無数の本。
「……ここは?」
違和感を覚えながら、足元に落ちていた一冊を拾い上げる。
ページを開いた瞬間――
「……っ」
息が止まった。
そこに書かれていた内容は、湖底の研究所で見た資料と寸分違わなかった。
反射的に後ろへ飛び退こうとする。
だが――
がっしりと両腕を取られ、背後から羽交い締めにされた。
「レモン」
耳元で、冷たい声が響く。
「君さ……甘いよね」
「裏切り者のホムンクルスが、一人だけだと思ってた?」
抵抗しようとした瞬間、さらに力が込められる。
「主様……いや、カイマも甘すぎる」
「悪いけど、君にはここで“研究材料”になってもらうよ」
首元に鈍い衝撃が走り、視界が暗転する。
レモンは、そのまま意識を失った。
その直後、部屋の奥から別のホムンクルスが姿を現す。
「……やっぱり気づいてましたか」
「でも、これで“気づいている”ホムンクルスは、他にいないわね」
気絶したレモンを見下ろし、淡々と続ける。
「とりあえず、ホムンクルス専用の拘束台へ」
「死なない程度に解剖と実験をして……ホムンクルスの作り方を、完全に解明しないと」
二人は、レモンを引きずるようにして、本棚の奥にある部屋へと消えていった。
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場面は戻る。
旅立とうとしていたメイドウズたちは、レガネスに呼び止められていた。
「メイドウズ、頼みがある」
レガネスは静かに言う。
「暗黒神ダーク配下の貴族たちの元へ行け」
「奴隷として潜り込み、情報を集めてほしい」
「決して、ホムンクルスであることも、カイマの名も悟られるな」
隊長メイドは一礼する。
「……やはり」
「カイマ様は、今回とても危険なことをなさる」
「だから我々を遠ざけたのですね」
レガネスは小さく笑った。
「さすがね。私の次に生み出されたホムンクルス」
「カイマのことを、よく分かっている」
「いえ、レガネス様ほどでは」
メイドは姿勢を正す。
「任務、確かに承りました」
「時が来れば、必ず情報を持って合流いたします」
そう言い残し、メイドウズたちは完全に姿を消した。
その場に残ったレガネスは、独り言のように呟く。
「……あとは、裏切り者の特定か」
「会議中、特に怪しい様子はなかった」
「レモン、ゲイズ、スピード……あの三人は間違いなく違う」
一瞬考えた後、念話を飛ばす。
だが――
応答があったのは、ゲイズとスピードだけだった。
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合流した二人に、レガネスは切り出す。
「突然呼び出して悪い大事な話がある」
ゲイズが腕を組む。
「何だ、レガネス」
スピードも苛立ちを隠さない。
「なんだよ! あたいはこれからどう生きるか走りながら考えようとしてたんだぞ!」
レガネスは真剣な表情で言った。
「ホムンクルスの中に、裏切り者がいるそして……レモンは、その裏切り者に捕縛された可能性が高い」
次の瞬間。
ゲイズは机を叩き割り、スピードは壁を殴りつけた。
「主様を裏切るホムンクルスだと……!」
「ふざけるな! レモンまで捕まえただと!?」
「落ち着け」
レガネスが制する。
「レモンにも念話を送ったが、応答がない今もだ。だから整理する」
レガネスは淡々と続けた。
「現存するホムンクルスは――」
・メイド型:五名
・鍛冶特化:一名
・戦闘用:八名
・回復特化:一名
ゲイズが眉をひそめる。
「鍛冶のドリーは、今日いなかったぞ」
「……あたいも気になってた」
「ドリーは違う」
レガネスは即答した。
「ドラ様が、主様の意向を伝えて別の場所へ転移させたと聞いている。それとメイドウズも違う。あの隊長メイドが裏切り者なら、私は証拠を掴むことは無理だ」
スピードが睨む。
「じゃあ、なんで裏切り者がいるって分かった?」
レガネスは一瞬、沈黙した後に答える。
「……私たちが作られた“あの場所”を知っているだろ?」
「知ってるが、それが何だ?」
「一度離れた者は、二度と入れない仕組みになっている。ホムンクルスが近づけば弾かれ、魔法も無効化される。人間が侵入すれば、強制転移か、魔法は完全消滅」
二人が息を呑む。
「……だが、その場所に遠距離魔法を放ち、弾き返された痕跡が一箇所だけあった。消したつもりだったんでしょうが、甘かった。弾かれたということは――ホムンクルスがやったという証拠よ」
沈黙。
やがて、ゲイズが低く呟く。
「……確かに、用があるなら主様に直接確認する」
「裏切り者が……本当にいるのか」
「許さねぇ……」
スピードの拳が震える。
「ご主人を裏切るなんて……あたいが始末してやる!」
「それはまだだ」
レガネスは厳しく言った。
「この話は、誰にもするなまずはレモンの行方を探せ私は、裏切り者の特定を続ける。何か掴んだら、すぐ連絡しろ」
そして、少しだけ柔らかく言う。
「主様の言葉通り、自由に過ごしながらな」
「……死ぬなよ」
三人は、それぞれ別の方向へ歩き出した。
自由を装いながら、
裏切り者の影を追うために。




