29話
研究所での調査を続けていたその時、ガイマの意識に直接声が響いた。
『主様。各地に向かわれていた皆様が、それぞれ帰還されています。主様は、いつお戻りになられますか?』
ガイマは資料から目を離さず、念話で応じる。
「メイドか。もうすぐ戻るつもりだ」
一枚、また一枚と書類を束ねながら続ける。
「それと聞きたい。スピードたちに調査を依頼していた湖の件、何か分かっているか?」
『はい。その湖については、レモン様が破壊された地点を可能な限り復元し、調査を行われました。いくつかの資料を回収されています』
「そうか……」
一瞬、視線を伏せる。
「なら、今すぐ戻る。会議室に皆を集めておいてくれ」
『承知しました』
念話が途切れる。
ガイマはドラに視線を向けた。
「ドラ、そろそろ戻るぞ。一度、情報を整理する必要がある」
「……やっぱり、暗黒神ダークが絡んでる?」
ガイマは静かに頷いた。
「あぁ。近いうちに、奴と直接話をする必要が出てくるだろう」
一瞬、間を置いてから続ける。
「その時は……カテレナ、スズモ、ホムンクルスたち、それにノノやナミは連れて行かない」
ドラは理由を察し、苦く笑う。
「激戦になる。犠牲が出る可能性が高い……だから、最悪の場合は私とお父さんだけで済むように、か」
「そうだ」
ガイマは短く答えた。
「それに、皆には俺に頼らず生きる術を身につけてほしい。普通に生きるということをな」
「……それも、別れの準備?」
「……そう取ってもいい」
ガイマは魔法陣を展開した。
「話はここまでだ。戻るぞ」
二人の姿は、淡い光とともに消えた。
---
次の瞬間、ガイマは広い会議室に立っていた。
すでにナミ、ホムンクルスたち、そしてカテレナが席についている。
「皆、忙しい中集まってくれてありがとう」
ガイマは会議室を見渡す。
「まずは、状況を整理しよう」
各自から報告が上がる。
・ホムンクルス製造を目的とした実験が行われ、多数の人命が犠牲になっていること
・湖底の復元地点では、魔物の改良と他拠点への輸送が行われていたこと
・生きた人間への魔物移植による人体実験
・各施設で、資料を外部へ転写・送信していた痕跡
・ここ最近、「神」を名乗る者たちの活動が異常に増えていること
全てを聞き終え、ガイマは深く息を吐いた。
「……情報をありがとう」
一同を見回し、静かに言う。
「この件についての調査は、ここで打ち切る。
これ以上深入りする必要はない」
そして続けた。
「それぞれに話したいことがある」
「ホムンクルスの皆は、このまま待機してくれ。カテレナは、俺と別室で話そう」
ナミに視線を向ける。
「ナミにも頼みたいことがある。少し待っていてくれ」
皆がそれぞれ指示通りに動き出す。
---
別室。
カテレナがガイマの後を追い、扉が閉まる。
「カイマ、話って何?」
「大事な話?」
ガイマは少し考え、穏やかに口を開く。
「いや、大したことじゃない」
「ただ……そろそろ、お前たちに“神の名”を与えてもいいと思ってな」
目を見開く。
「神の名……?」
「私たちには、まだ早すぎます」
「いや、十分すぎる」
ガイマははっきり言った。
「それに、薄々気づいているだろう?」
「お前たちが“自由神”と呼ばれていることに」
「それは……周りが勝手に言ってるだけで」
「そうです」
「なら、俺が認める」
ガイマは微笑んだ。
「今日から正式に、自由神だ」
一瞬の沈黙。
やがて、カテレナが息を整え、決意したように言う。
「……カイマが言うなら」
「今日から、私たちは自由神カテレナ」
「そうね」
頷く。
「自由神カテレナとして生きるわ」
ガイマは頭を軽く叩いた。
「それでいい」
そして、声を少し落とす。
「その名の通り、世界を自由に見てこい。誰にも縛られず、自由に生きろ。ただし――間違った道だけは選ぶな。それだけは忘れるな」
不安そうにガイマを見る。
「……カイマ?」
「なんだか、急すぎるよ」
「私たちに、何か隠してるでしょ?」
ガイマは一瞬だけ目を伏せ、すぐに微笑んだ。
「俺はな……お前たちに、本当の自由を味わってほしいだけだ。俺は、どこへ行っても一人になれない‥‥だから、代わりに見てきてほしい。世界を巡って、どうだったかを、その話を、いつか俺に聞かせてくれ」
カテレナは少し黙り、やがて頷いた。
「……分かった」
「世界を自由に巡ってみる」
「でも、覚えておいて」
強い視線で言う。
「私たちに命令できるのは、カイマだけ」
「それ以外は、全部自由よ」
「それでいい」
「それと……」
もう一人が言う。
「最初に、私たちの故郷に送ってくれない?」
「今から」
「……分かった」
ガイマは魔法を展開した。
---
荒れ果てた、かつての故郷。
「ここでいいか?」
ガイマが問う。
カテレナは何も言わず、ガイマに抱きついた。
「今まで、ありがとう」
「私たちはこれから、自由に世界を見てくる」
「あなたに出会えたこと……本当に感謝してる」
「ありがとう、カイマ」
手を振りながら、歩き出す。
ガイマはその背中を見送りながら、心の中で呟いた。
(元気でな、カテレナ)
(俺が生きていれば……また会おう)
(その時は、世界を巡ってどうだったか、全部聞かせてくれ)
二人の姿が見えなくなるまで見届け、ガイマは静かに転移した。
――次に向かうのは、ナミの待つ場所だった。




