06話
しばらくの間、スズモは一人、家の中で静かに考え込んでいた。
領主の言葉。
写真に写っていた拘束された人々。
そして、ガイマとミナの存在。
「……」
やがて、スズモは小さく息を吐き、思考を断ち切るように立ち上がった。
「……考えていても仕方ないわね」
そう呟き、家の外へ出る。
澄んだ空気の中、両手を広げると同時に詠唱もなく魔力を解放する。
「ガイマとミナを、ここへ戻す」
次の瞬間――
地面に巨大な魔法陣が描かれ、淡く光を放ち始めた。
光が脈動し、空間が歪む。
やがて、魔法陣の中心に二つの人影が浮かび上がり、輪郭を持ち、完全な姿となる。
転移が完了した瞬間、魔法陣は音もなく消え去った。
戻ってきたガイマとミナは、スズモの表情を見てすぐに異変を察する。
「スズモ、話は終わったのか?」
ガイマが問いかける。
「……なんだか浮かない顔だ。何かあったんじゃないのか?」
ミナも続けた。
「何かあったんでしょう?」
スズモは一瞬だけ目を伏せ、すぐにいつもの表情を作る。
「……別に、何もないわよ」
そう言ってから、少し距離を取るように言葉を続けた。
「それより、私が教えられることはもうないわ。ここを出て行くも良し、好きにしなさい。あなた達二人なら、もう普通の魔物相手に遅れは取らないはずよ」
言い切るようにそう告げ、スズモは一瞬だけ森の奥へ視線を走らせた。
――いる。
確実に、誰かが見ている。
(……監視か。逃げないか、誰かに話さないか……あの領主、用心深いこと……でも、この二人を巻き込むわけにはいかない)
スズモはそれ以上何も言わず、家の中へ戻っていった。
残されたガイマは、その背中を見つめながら考える。
(……何かあったに決まってるけど、俺たちに話しても意味がないと思ったんだろう……それでも)
ちらりとミナを見る。
「……ミナ」
声をかけようとした、その瞬間。
「ガイマ」
ミナが先に口を開いた。
「私、スズモの力になりたい」
迷いのない声だった。
「スズモには大きな借りがあるもの。話してくれないなら……何があったのか、知る」
ガイマは眉をひそめる。
「知るって……どうやってだ?本人は話す気がないんだぞ?」
ミナは小さく息を吸い、周囲に意識を向ける。
「……ガイマ、気づかない?」
「……いや……」
次の瞬間、ガイマの背筋に寒気が走った。
「……誰かに、見られてる」
今まで感じたことのない視線。
スズモではない。
森の奥から――。
「……この感覚……」
ミナは小さく頷く。
「ええ。訓練中にはなかった」
「スズモの話が終わった直後から……つまり、何かを知っている人間がいる」
「……そいつか」
ガイマは一歩前に出る。
「居場所を探る私に任せて」
ミナは目を閉じる。
「少し集中する。ガイマは……気づかれないように、何か派手な魔法を」
「分かった」
ガイマは魔力を引き出す。
(……あの時は、何もできなかった)
(でも、理解した。今は……使える)
空中に、黒く尖った槍状の魔法が形成される。
さらに、その真下の地面からも、同じ形状の魔法が突き出した。
二つ。
同時展開。
ミナは集中しながらも一瞬だけ目を開き、その光景に息を呑む。
(……同時に、同じ魔法を二つ……これ……私でも難しい……)
すぐに意識を戻す。
集中を深めると、森の地形が頭の中に流れ込んでくる。
――木々。
――岩肌。
――そして、少し離れた場所にある洞窟。
その奥に、複数の人の気配。
「……見つけた」
ミナは目を開ける。
「ここから少し離れた洞窟の中。人の気配がある」
「そうか」
ガイマは頷く。
「……行くぞ」
「ええ」
二人は洞窟へ向かって走り出した。
洞窟内部
洞窟の奥で、男が舌打ちする。
「……あの二人、何者だ?」
「領主様からは何も聞いてない……」
低く呟き、部下に命じる。
「……念のためだ洞窟の外で待機しろ。もし来たら――始末しろ」
部下たちは無言で散っていった。
洞窟前
やがてガイマとミナは洞窟の前で足を止める。
「……この中か」
「ええ。でも……外にもいる」
ミナがそう言った瞬間。
隠れていた男たちが姿を現した。
「ここはお前たちの来る場所じゃない」
「引き返せ」
「今なら何もしない」
ガイマは一歩前へ出る。
「スズモに何を話した?」
その瞬間――
ナイフが投げられた。
だが、刃はガイマに触れる直前、不可視の壁に弾かれ地面に落ちる。
ミナの目が鋭く光る。
「……攻撃してきたってことは何か知ってる、ってことね」
ミナはガイマを見る。
「ガイマ、外は私がやるだから中の奴をお願い。逃げられたら厄介だから」
「……分かった」
ガイマは走り出す。
飛来するナイフ、火球――
すべてが見えない力に阻まれ、彼は洞窟内へ消えた。
残されたミナを見て、男たちは下卑た笑みを浮かべる。
「一人か」
「舐められたもんだな」
「捕まえて遊ぶか」
ミナは静かに言った。
「……甘く見られてるのね、私」
手のひらを突き出す。
火球が放たれる。
――相殺。
「同じ魔法かよ!」
「やるじゃねえか」
距離を詰められる。
ミナは後退しながら、再び放つ。
――また相殺。
「……」
ミナは歯を噛みしめる。
(……残ってるのは、風と水……)
瞬間、彼女は手のひらに光の球体を作り出し――
閃光。
「ぐっ……!」
「目が……!」
隙を突き、木の陰へ退避する。
「……時間稼ぎは出来た」
荒い呼吸の中、ミナは呟いた。
「……さて……どうする……?」
と。




