16話
野営地へと辿り着くと、ベンは周囲を警戒しながら魔法陣を小さく展開し、指先で火種を弾いた。
ぱち、と乾いた音を立てて焚き火が灯り、揺れる炎が皆の顔を赤く照らす。
沈黙が流れる中、ベンは一度深く息を吐き、焚き火を見つめたまま口を開いた。
「……ここからは、俺たちの街――イースタンで起きた話だ」
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【イースタンの街】
イースタンの街は、世界神カイマ様が生きていた頃、確かに希望に満ちていた。
街の人々は互いを思いやい、困難があれば必ず誰かが手を差し伸べた。
それは、世界神カイマが幾度となく問題を解決し、争いを鎮めてきた姿に、人々が心を打たれていたからだ。
――だが、その日常は唐突に終わりを告げた。
世界神カイマ様の死が世界中に知れ渡った、その直後。
まるでその瞬間を待っていたかのように、暗黒神ダークの配下たちがイースタンの街へと現れた。
「この街は、世界神カイマの思想に毒されているという噂を聞いた。調査のために来た」
そう一方的に告げられ、街は騒然となった。
「ふざけるな!」
「言いがかりもいいところだ!」
怒りの声が上がり、街の者たちは一致団結して彼らを追い返した。
それが、すべての始まりだった。
その後、イースタンの街では自然と“レジスタンス”が生まれた。
目的はただ一つ――街を守ること。
当初の抵抗は話し合いだった。
しかし、暗黒神ダークの配下たちはやり方を変えていった。
夜闇に紛れた襲撃。
無関係な住民の殺害。
そして――
「これはレジスタンスの仕業だ」
そう言い放ち、事実を歪める者たち。
否定すればするほど、争いは激化した。
やがて、暗黒神ダークが送り込んだ“神”を名乗る存在が戦場に現れ、レジスタンスは一方的に蹂躙されていった。
結果、イースタンの街は占領された。
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生き残ったレジスタンスの者たちは、身分を隠し、地下に拠点を築き、息を潜めるように生きるしかなかった。
ベンとマリも、その一員だった。
そんなある日――。
捕虜となっていた者の裏切りにより、レジスタンスの生き残りがいることが露見する。
その日から始まったのは、見せしめだった。
街の中央で行われる処刑。
晒される死体。
恐怖で支配される日常。
ベンとマリは歯を食いしばりながら、それを見つめることしかできなかった。
「……僕たちは、何も間違ったことをしてない」
「ベン、声を抑えて……」
マリの震える声に、ベンは唇を噛みしめて黙り込んだ。
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その帰り道。
「久しぶりだな。元気にしてたか?」
不意に背後から声をかけられ、二人は息を呑んだ。
振り返ると、そこには見知らぬ――しかし整った顔立ちの青年が立っていた。
「……誰だ?」
「どなたですか?」
問いかけに、青年は肩を落とし、苦笑する。
「忘れたか? 泣き虫のベンに、地味なメガネのマリ」
その言葉に、二人は目を見開いた。
「……鼻垂れのガガ?」
「え、本当にガガなの?」
幼馴染の名を呼ぶと、青年はやや不満そうに眉をひそめた。
「その呼び方はやめてくれよ。ついさっき帰ってきたんだ。里帰り、ってやつさ」
だが、街の惨状を見渡し、表情を曇らせる。
「……こんなことになってるなんてな。二人が無事でよかった」
「無事なのは、今のところだけだ」
ベンの言葉に、ガガの目が鋭くなる。
「“今のところ”? ベン、まさか……」
沈黙。
それが答えだった。
「……レジスタンス、だろ?」
二人は息を呑んだ。
「図星か……」
ガガは深く息を吐き、首を振る。
「なんてことをしてるんだ。今すぐ抜けろ。じゃないと――」
「黙れ!」
ベンは声を荒げた。
「僕たちがどんな覚悟でやってきたか、何も知らないくせに!」
ガガはしばらく黙り込んだ後、静かに言った。
「……なら、俺も加わる。幼馴染が危険な目に遭ってるなら、黙っていられない」
ベンは即座に首を振る。
「ダメだ」
だが、マリが割って入った。
「……一度、リーダーに会わせるだけでも」
葛藤の末、二人は折れた。
「夕方、街外れの更地だ。そこから地下に続く」
ガガは微笑み、頷いた。
「分かった。必ず行くよ」
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――そして、二人と別れた後。
ガガは人気のない路地で立ち止まり、低く呟く。
「あんな所に隠れ家があったとはな……」
口元に、歪んだ笑みが浮かぶ。
「これで終わりだ、レジスタンス。
暗黒神ダーク様に報告しなくては」
焚き火の炎が揺れ、ベンの語りはそこで途切れた。




