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記憶を無くした者  作者: ひろろ
第2章
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13話

 

 メイドは、地下へと続く石造りの階段を一段一段、足音を殺しながら降りていった。

 湿った空気が肌にまとわりつき、かすかに血と汗、そして腐臭が混じった匂いが鼻を刺す。


 階段の先、分厚い鉄扉の前には兵士が一人立ち、槍を肩に預けながら待ち構えていた。

 松明の明かりが揺れ、メイドの姿を捉える。


「ようやく来たか。貴族様がお待ちだぞ。……で、呼びに行かせた兵士はどうした?」


 警戒を含んだ視線。

 メイドは一瞬も表情を変えず、静かに首を傾げる。


「わかりません。途中で“ここからは一人で来い”と命じられましたので」


「一人で行け、だと?」


 兵士の眉がつり上がる。

 奴隷を単独行動させるなど、常識ではあり得ない。

 兵士は違和感を覚え、反射的に懐へ手を伸ばした。電流拘束用の起動スイッチ。


 ――押される前に。


「……あ?」


 鈍い音。

 ぼとり、と何かが床に落ちた。


 兵士は視線を下げ、転がる“それ”を見て、理解が追いつかない。


「へぇ……? 俺の……手……?」


 自分の右手首から先が、切断面を晒して床に落ちている。

 一拍遅れて、噴き出す血。

 焼けるような激痛が脳を叩き、絶叫しようと口を開いた瞬間――


 メイドの手が、口を覆い塞いだ。


「――――」


 喉から漏れかけた悲鳴は、湿った息に変わる。

 同時に、冷たい感触が首元に突き立てられた。


 短剣が、頸動脈を正確に貫く。

 血が泡立ち、兵士の体から力が抜けていく。

 メイドはそのまま支え、音を立てないようゆっくりと床に寝かせた。


 数秒後、兵士の目から光が消えた。


 短剣を引き抜き、付着した血を一振りで振り払う。

 刃をスカートの内側へ滑り込ませ、何事もなかったかのように扉を開いた。


 ――――中は、地獄だった。


 巨大な天蓋付きのベッドが部屋の中央に鎮座し、軋む音を立てて激しく揺れている。

 肉が打ち付けられる音、荒い息、粘ついた声。


「お待ちかねの奴隷が来たか」


 ベッドの上から、肥え太った裸の貴族の声。


「そこに座らせて待たせておけ。今は良いところなのだ」


 直後、別の声が混じる。


「きぁ……ふぅ……やめ……て……ひ、ひど……」


 潰れかけた、か細い声。

 泣く力すら残っていない。


 メイドの目が、氷のように冷たくなる。


 次の瞬間。


 拳が唸りを上げ、貴族の顔面を真正面から殴り飛ばした。


 骨が砕ける鈍音。

 貴族の体は宙を舞い、壁に激突する直前で魔法障壁に弾かれ、床に叩き落とされた。


 ベッドの上には、裸の女性が残されていた。

 顔は腫れ上がり、唇は裂け、体中に打撲と刃物の痕。

 血と体液にまみれ、かすかに呼吸しているだけだった。


 メイドは空間に手を差し入れ、巨大な外套を取り出すと、そっと女性に羽織らせる。


「……もう、大丈夫」


 優しく、だが揺るがぬ声。


「ここから動かないで。ヒールサークル」


 淡い光の円が床に広がり、女性を包み込む。

 裂けた皮膚が塞がり、腫れが引き、浅くなっていた呼吸が少しずつ安定していく。


 一方、床に転がった貴族は、血走った目でメイドを睨みつけた。


「き、貴様……! この糞奴隷が!!」


 唾を吐き、喚き散らす。


「俺の背後には暗黒神ダーク様がついている!

 今すぐ裸で地面に頭を擦り付けて謝れば、無かったことにしてやる!!」


 メイドは、心底どうでもよさそうに息を吐いた。


「……言いたいことは、それだけですか?」


 静かに歩み寄りながら続ける。


「私には、本来の主様がいます。

 貴方の背後に誰がいようと、関係ありません」


 スカートの中から、短剣を二本。


「――ここで死んでください」


 一瞬で、背後へ。


 次の瞬間、刃が左右から交差し、首を断ち切った。


 血が噴水のように噴き上がり、床と壁、そしてメイドの服を赤く染める。

 転がった首の口は、最後まで何かを叫ぼうとしていた。


「己のした行いの報いです」


 死体を一瞥し、淡々と告げる。


「それと――この場所は、完全に破壊します」


 小型の箱を取り出し、部屋の隅、壁際、柱の陰へと次々に設置する。


「これで十分ですね。タイマーは……五分」


 指を鳴らすと、箱に浮かび上がる数字が減り始めた。


 メイドは女性を抱き上げ、空間を歪めるように一歩踏み出す。

 次の瞬間、二人は一階にいた。


「隊長、退避は完了だ」


 金髪のメイド、ドウが声をかける。


「了解。屋敷はもうすぐ消える」


 冷静に言い放つ。


「助けた奴隷たちの記憶は?」


「メイが全部処理済みだ。残るのは……その子だけだな」


 抱えられた女性の体が、震え出す。


「……記憶を……消す……?やだ……お願い……」


 メイドは即答した。


「この子の記憶は消さない。主様の元へ連れて行く」


 ドウが目を細める。


「……隊長、それは?」


「今は説明できない。獣人の国へ向かうわ」


 女性は、恐怖と混乱の中で思う。

 ――この人たちは何者なのか。

 けれど、今は逆らえない。


 彼らが離れた直後、屋敷は爆炎に包まれ、跡形もなく消え去った。


 一週間後、その報は暗黒神ダークの元に届く。


「……館が、爆発しただと?」


 低く唸る。


「……まあいい。役目は終わっていた」


 膝をつく部下に命じる。


「他の貴族を守れ。金はいくらでも出す。神を買え」


「……よろしいのですか?」


「俺の金ではない。カイマの遺産だ」


 冷笑。


「計画は順調だ。

 完成すれば――世界は、俺に跪く」


 闇が揺れ、ダークの姿は消えた。



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