12話
一階 ―― 黒髪のメイド・メイ
黒髪のメイド、メイは一階の広間に立っていた。
血の匂いと湿った石床。逃げ場を失った者たちが、必ず辿り着く場所。
「ここを確保しなければ、意味がないものね」
独り言のように呟きながら、周囲に視線を巡らせる。
「怪我人も、逃げ出した奴隷も……必ず、ここに集まる」
そして、傍らに立つ兵士たちへ向き直る。
「――あなたたちも、そう思うでしょう?」
その問いかけに、兵士たちは不自然な笑みを浮かべた。
「ふへぇ……メイ様の言うとおりでふ」
「ひひ……全部、集まるでふ」
「ふへぇあぁ……」
舌がもつれ、目が虚ろ。
すでに“兵士”ではない。
そこへ、別動の兵士たちが足音荒く雪崩れ込んでくる。
「いたぞ!!」
剣が抜かれ、金属音が響く。
「逃げ回りやがって、観念しろ!!」
メイは振り返りもせず、静かに言った。
「観念……ね」
ゆっくりと微笑む。
「でも、逃げたのには理由があるの」
兵士たちが眉をひそめる。
「――ここに、一階の兵士を全員集めるためよ」
「数が多けりゃ逃げられねぇぞ!!」
下卑た笑み。
「大人しく捕まって、罰として俺たちに奉仕しろ!!」
「ひひひ」
「ぐへへへ」
その瞬間だった。
メイは操られた兵士の一人に指先で触れる。
兵士は、糸が切れた人形のように崩れ落ち、四つん這いになった。
メイはその背に腰掛け、脚を組む。
「……兵士のくせに、視野が狭すぎるわ」
冷たい声。
「周りを、ちゃんと見なさい」
兵士たちは反射的に視線を巡らせ――
息を呑んだ。
壁、床、天井。
いつの間にか、無数の花が咲き誇っていた。
「……花?」
「さっきまで、なかったぞ……」
「こんな場所に、花が咲くわけが……」
メイは、軽く息を吹きかけた。
――フワッ
花弁が震え、黄色がかった粉が空中へ舞う。
次の瞬間。
「――ッ!? か、痒い!!」
「皮膚が……燃えるみたいだ!!」
「おい!! お前……身体から……花が……!!」
悲鳴と同時に、兵士の首元や脇腹から花が突き出る。
肉を割り、血を吸いながら、ゆっくりと咲く。
「水だ!! 水魔法で洗い流せ!!」
混乱の中、水が放たれた。
その瞬間、メイは淡々と告げる。
「言い忘れてたけど――水は逆効果よ」
兵士たちが凍りつく。
「それは寄生花。栄養は“血”。
水を与えると……吸い上げる速度が、跳ね上がるの」
理解した時には、遅すぎた。
花は一斉に成長し、血管に根を張り巡らせ、吸い尽くす。
「――ぎゃあああああ!!」
「た、助け――」
肉が痩せ、皮膚が干からび、声が掠れ――
やがて、干物のような死体が床に崩れ落ちた。
メイは立ち上がり、満開の花畑を見渡す。
「……綺麗」
静かに呟く。
「亡くなった奴隷たちへの、手向けになればいいわね」
そして、操られていた兵士たちへ向き直る。
「操り花は便利だけど……喋り方が壊れるのが難点なのよね」
指を鳴らす。
彼らもまた、内側から枯れ落ち、動かなくなった。
「さて……一階は確保完了」
メイは微笑む。
「後は、皆を待つだけ」
――――――――――
二階 ―― 緑髪のメイド・イド
緑髪のメイド、イドは二階の廊下を無音で進んでいた。
「任を全うするだけ」
鍵のかかった個室が並ぶ。
“お気に入り”だけが閉じ込められた場所。
扉を開けた、その瞬間。
「――動くな」
重火器が一斉に向けられる。
中央に立つ、ガスマスクの女。
「気づかないとでも思った?」
冷たい声。
「放て」
カシュッ、カシュッ
小型カプセルが弾け、紫色の煙が一気に広がる。
「麻痺毒だ」
女は言う。
「死なない。……たぶんね」
煙の中から、声が返る。
「なるほど。普通の奴隷なら……動けなくなるでしょうね」
「……何?」
女の背筋に冷たいものが走る。
「なぜ……平然としている?」
煙が晴れる。
そこには、何一つ変わらない姿のイド。
「効いてない……?」
「ええ」
微笑む。
「効いていません」
「ふざけるな!! 風魔法で排出しろ!!」
煙が消え、部屋は元に戻る。
――だが、誰も動けなかった。
「……な……」
女が膝をつく。
「なにを……した……」
イドは静かに告げる。
「私は“毒を生成する”ホムンクルス、ポイズンホムンクルスのイド」
そう自己紹介をしながら歩み寄る。
「あなたたちの皮膚に、すでに触れていたでしょう?」
女の指が痙攣し、泡を吹く。
「ガスマスクは無意味。私の毒は……皮膚から入る」
兵士たちは床に転がり、内臓が痙攣する音が響く。
「本物の麻痺毒はね」
イドは頭を下げる。
「意識だけ、最後まで残すの」
鍵を拾い、背を向ける。
「……どうか、ゆっくりと」
呻き声が、廊下に溶けていった。
イドは一つ一つ扉を開け、奴隷たちを解放していくのであった。




