表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
記憶を無くした者  作者: ひろろ
第2章
45/66

10話

 

 ドラは、先程まで立っていた場所から、背中に備わる小さな翼を静かに展開した。

 羽音ひとつ立てず宙へ浮かび上がり、上空から周囲を見渡す。


「……ここは、どこだ?」


 低く呟く。

 かつて自分たちが“死んだ”とされてから、地形が変わったのか。記憶と一致するものは何ひとつ見当たらない。


「……とりあえず、南か」


 遥か彼方、霞む地平線の先に、かすかに建物らしき影が見える。

 街――そう判断すると、ドラは地上へ降り立ち、翼を折り畳んだ。


 その場を離れようとした、次の瞬間。


 懐から、淡い光が漏れ出した。


「……通信球?」


 取り出した球体は、脈打つように明滅している。


「これを知っているということは……カイマが託したホムンクルスの誰か、か」


 短く息を吐き、通信球を覗き込む。

 そこに映し出されたのは、白髪のメイドだった。

 向こうも、こちらを視認している。


「ドラ様……」


 震えを押し殺した声。


「貴方様の魔力を感じ、急ぎ連絡を入れました。以前はすぐに消えてしまわれたため、こうして話すことが叶いませんでしたが……」


 一拍置き、彼女は確信を込めて続ける。


「――ご主人様は、やはり亡くなられてはいないのですね」


「……長メイドか」


 ドラは目を細める。


「カイマは生きている。安心せい。ただし……訳あって、記憶を失っておるがな」


「……そう、でしたか」


 白髪のメイドは安堵と覚悟の入り混じった表情を浮かべる。


「我々メイドウズは、そちらへ合流すべきでしょうか、ドラ様?」


「……その前に聞かせなさい」


 ドラは問い返す。


「お前たちは今、どこにいる? カイマに“好きに生きろ”と言われた後のことを、私は何も知らぬ」


「……あの後」


 メイドは一瞬、視線を伏せた。


「レガネス様の命により、暗黒神ダーク配下の貴族の元へ送り込まれました。表向きは奴隷として仕え、裏では情報収集を」


「……なるほど」


 内心で舌打ちする。

 レガネスは、最初からこうなることを見越していたのだ。


「合流したいところだが……」


 ドラは周囲を見渡す。


「今、自分がどこにいるのか分からぬ。ただ――」


 言葉を継ぐ最中、四方から魔物が迫ってくる。

 ドラは微動だにせず、指を軽く弾いた。


 ――ズン。


 空気が爆ぜ、風圧が魔物を吹き飛ばす。

 別の個体が近づけば、尖った爪が一閃し、肉片が宙を舞う。


「……魔物が異常なほど蔓延っている場所だ」


「……でしたら」


 メイドは即座に答える。


「そこから南へ進めば、レーゼンと呼ばれる地に辿り着けるはずです。私どもは、そこからかなり離れた場所におります」


「……そうか」


 一瞬考え、ドラは言った。


「では、獣人の国で合流するのはどうだ?」


「……承知しました」


 白髪のメイドの声が、僅かに低くなる。


「その前に、我々を“奴隷”として扱っている貴族を始末し、痕跡を消してから向かいます」


「始末……?」


「はい」


 淡々と、だが確かな怒りを込めて。


「各地から奴隷を集め、売り捌いております。年老いた者、病を持つ者は“処分”される……。目を付けられぬよう、手出し出来ずにおりました」


 その瞬間。


 ドラの瞳が、獣のように鋭く細まった。


 目前に迫る、巨大な熊型魔物の拳。

 ドラはそれを、片手で受け止める。


 そして――


 握り締めた拳を、地面ごと叩きつけた。


 ――ドンッ!!


 大地が悲鳴を上げ、亀裂が走る。

 次の瞬間、魔物は跡形もなく弾け飛んだ。


 肉片と血が雨のように降り注ぎ、ドラの身体を赤く染める。

 その光景に、周囲の魔物たちは一斉に怯え、悲鳴を上げて逃げ去った。


「……そうか」


 ドラは低く言う。


「ならば命じよう。カイマに代わり、私が言う」


 通信球越しに、鋭く告げる。


「――メイドウズよ。全てをもって、その貴族に思い知らせよ。終わり次第、獣人の国で合流だ」


 通信が切れ、ドラは空を仰ぐ。


「……やりすぎたな」


 小さく呟き、翼を広げる。


「しばらくは、魔物も寄り付くまい」


 そうして彼女は、再び空へと舞い上がった。



 ---


 白髪のメイドは通信球を収めた。


 直後、部屋の扉が乱暴に開く。


「おい、奴隷ナンバー15! あのお方がお呼びだ!」


 返事はない。


 苛立った兵士は、手にした装置のボタンを押した。


 ――バチバチバチッ!!


 電流が首輪を通じて流れ込む。


「ひゃははは! 痛いだろ! 返事しろよ、奴隷!!」


 次の瞬間。


 白髪のメイドは、首輪に手をかけ――外した。


「……この程度で、私を縛れると?」


 静かな声。

 兵士が後退る。


「今までの行い……後悔なさい」


 歩み寄る。


 兵士が振り返った瞬間、巨大な口がそこにあった。


 ――ガブリ。


 悲鳴は一瞬で途切れ、骨の砕ける音だけが響く。


「ウズ、勝手なことはおやめなさい」


 白髪のメイドは、青髪で眠たげなメイドを睨む。


「まだ命令は出していません」


「えー、でもどうせ出たんでしょ……ふぁあ」


 口元から血を垂らしながら、ウズは欠伸をする。


 その時、扉の向こうから別のメイドたちが現れる。


「ほらほら、メイが食べていいって言ってたじゃん?」


「ちゃんと聞かないと、ご主人様に嫌われますよ?」


 白髪のメイドは深く溜息をついた。


「……後で全員、お仕置きです」


 そして、冷酷に命じる。


「各自散開。貴族の始末と、奴隷の解放を。主様の名を汚すことは許しません」


 次の瞬間、彼女たちは影のように消えた。


 残されたウズは、呟く。


「……眠いし、お腹減ったな」


 天井を見上げ、にやりと笑う。


「ねぇ、そこに隠れてる人たち……バレてるよ?」


 人影が降り立ち、武器を構える。


「何者だ!!」


 ウズは、口を大きく――異様なほどに開いた。


「答えるわけないでしょ」


 そして。


「――いただきます」


 恐怖の悲鳴が、部屋に木霊するのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ