09話
ガイマとノノは、果ての見えない森の中を彷徨っていた。
同じような木々が連なり、
進めど進めど景色は変わらない。
方向感覚さえ狂わされる、異様な森だった。
「……なあ、どっちに行けばここから抜けられる?」
ガイマが立ち止まり、周囲を見回しながら尋ねる。
ノノは一瞬きょとんとし、次の瞬間、呆れたように声を上げた。
「カイマおじさん……もしかして、何も分からずに進んでたし?てっきり、知ってて進んでるものだと思ってたし」
「……いや」
ガイマは視線を逸らし、少し気まずそうに答える。
「適当に進めば、そのうち抜け出せるかと思って――」
その瞬間。
「ノノ、危ない!」
ガイマが叫ぶと同時に、
地面が不気味に盛り上がり、黒い影が飛び出した。
小型のワーム型魔物。
ガイマは即座に手のひらを突き出し、
そこに黒く歪んだ球体を作り出す。
次の瞬間、球体は弾丸のように放たれ――
ワームに触れた瞬間、魔物は悲鳴すら上げず塵となった。
「ありがとうだし、カイマおじさん」
ノノは周囲を警戒しながら言う。
「やっぱりここ、本当に厄介な場所だし……ワーム系は目がないから、ウチの魔眼が効かないしそれに、色んな系統の魔物が混ざってるし。それにこんな場所があるなんて、知らなかったし」
言い終わるより早く、
ノノの背後から羽音が響く。
巨大な蜂型の魔物。
しかし次の瞬間、
それは“存在していた痕跡”だけを残して消えていた。
細切れ――
いや、切られたことすら認識できない速度。
(……見えなかった)
ガイマは思わず息を呑む。
(今、何をどうやって斬った……?)
ノノは、何事もなかったかのように前へ進む。
(……ノノが敵にならないことを、祈るしかないか)
そんな思いを胸に、ガイマは再び歩き出した。
ノノはその背中を追いながら、心の中で呟く。
(カイマおじさんの魔法……やっぱり、こんなものじゃないし本人は別人だって言ってるけど……それでも、ウチは信じるし)
やがて、森の中は急速に暗くなり始めた。
魔物の気配も濃くなり、
これ以上進むのは危険と判断したその時――
「……あっ」
ノノが声を上げる。
巨大な古木の根元に、
人がすっぽり入れるほどの広い窪みがあった。
「ここなら、休めそうだし」
二人はその窪みに身を寄せる。
「カイマおじさん、すぐ火を起こすから待つし」
ノノは近くの枯葉を集め、
人差し指をかざす。
指先から小さな火が生まれ、
瞬く間に焚き火が完成した。
「……すまない」
ガイマは少し申し訳なさそうに言う。
「本当なら、俺がやるべきだった」
「別にいいし」
ノノは笑って答える。
「昔は、ウチが手伝うといつもカイマおじさんがやってくれてたしだから今は、そのお返しだし」
少し間を置いて、ノノは尋ねる。
「それと……魔物、食べられる?ここに来るまで、食べられそうなのは空間袋に入れてるけど」
「食べたことはないな……」
ガイマは正直に答える。
「だが、他に食料がないなら仕方ない‥‥カイマって人の手伝いをしてた頃の俺は?」
「普通に食べてたし」
ノノは胸を張る。
「カイマおじさん、色々教えてくれたし食べられる魔物、草、調理法だから、今はウチに任せるし」
そう言ってノノは空間袋から
巨大な猪型の魔物を取り出す。
手際よく解体し、
魔法で作った鉄串に肉を刺し、焚き火に立てかける。
――簡素だが、確かな食事。
食後、ガイマは入口に手をかざし、
魔法で窪みを塞いだ。
「……やることもないし、明日まで休むか」
木の幹に背を預け、目を閉じるガイマ。
(……ヤバい)
ノノは胸の鼓動を感じながら考える。
(昔はナミや、ホムンクルス達がいたから
二人きりって、ほとんどなかったし)
(それも、こんな場所で…………チャンス?)
そんなことを考えつつ、ノノも目を閉じようとした――
その瞬間。
ガイマの体が、淡く光り始めた。
「……な、何だし?体が光って……眩しいし!」
思わず目を閉じた、その時。
「……ようやく、出てこれたかの」
聞き覚えのある女性の声。
ノノは、はっとして目を開く。
「ドラ様!!ってことは……やっぱり、カイマおじさんで間違いないんだよね!?」
そこに立っていたのは、
竜人族の女性――ドラ。
「久しいの、ノノ」
ドラは微笑みながら言う。
「安心せい。コヤツは間違いなくカイマじゃ!!訳あって、記憶をすべて失っておるがの。……して、ナミはどこじゃ?」
「ナミは、ここにはいないし」
ノノは首を振る。
「この地に飛ばされて、今は二人だけだし。それより、ドラ様」
声を強めて問いかける。
「なんで、記憶を全部失ったの?なんで、若くなってるの?」
ドラは一瞬、視線を逸らした。
「……それについては、今は話せん」
「何で!!」
ノノは思わず声を荒げる。
「ウチには話せないこと!?」
「違う」
ドラは静かに言う。
「お前に話す前に、カイマ本人に伝えねばならぬ。そして、ナミにもな。……分かるじゃろ?」
「……確かに、そうだし」
ノノは唇を噛みしめる。
「なら、早くナミとも合流しないとだし。だから、今は寝るし」
ドラは頷いた。
「それでよい。妾は辺りを見回りついでに、見張りをしておく。体が訛っておるからの。それに……妾が出てきた以上、お父さんはしばらく起きん」
そう言うと、ドラは
ガイマが作った壁に手を添え、軽く押した。
次の瞬間――
壁は粉砕され、外の闇が広がる。
そのままドラは姿を消した。
「……相変わらずの力」
ノノは呆れたように呟く。
「流石は、竜人と人の間に生まれた竜人族だしけど‥‥壁くらい、直してから行って欲しかったし」
ノノは魔法で壁を修繕し、
眠るガイマの傍に近づく。
「カイマおじさん……」
小さく囁く。
「今度は、絶対に何があってもついて行くし。それと……お帰りなさいだし」
そう言って、少し離れた場所に横になり、
ノノは静かに目を閉じた。
---
一方その頃――
ミナとゲイズは、近くにあった洞窟へと身を潜めていた。
ミナは、動けないゲイズの傍で、
必死に治療を続けている。
「……火傷に効くポーションはあるけど」
「全然、足りない……」
ゲイズの全身は、
原型を留めないほど焼け爛れていた。
「本来なら……死んでいてもおかしくない。これが獣人の生命力だからなの……?」
ミナは歯を食いしばる。
「正直……見捨てる選択肢もあったけど、きっとガイマが許さないだから……」
震える声で続ける。
「早く目を覚まして、ゲイズじゃないと……ここから移動することすらできない……動けたとしても、無理だけど」
それでもミナは、
回復魔法をかけ続けるのだった。




