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記憶を無くした者  作者: ひろろ
第2章
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08話

 

 ノノは着替えを終え、屋敷の二階にある広い部屋へ向かった。

 そこでは既に、カイマが椅子に腰掛け、静かに待っていた。


 ノノはその正面に座る。

 いつもと違う空気に、胸がざわつく。


 カイマはしばらく沈黙した後、低い声で言った。


「ノノ。俺は、明日からやらなくてはならない事が出来た」


「……それは何だし? ウチも行く」


 即答だった。

 ノノにとって、カイマの行く場所は自分の行く場所だった。


 だがカイマは、はっきりと首を振った。


「ダメだ。お前はしばらく、両親のいる場所に戻るんだ」


「いやだし!」


 ノノは立ち上がり、机に手をつく。


「何でここじゃダメだし? 何で急に家に戻らないといけないし!カイマおじさんが何を言おうと、ウチはついて行くし!」


 カイマは歯を食いしばり、声を荒げた。


「ノノ、今回はダメなものはダメだ!!俺の言うことが聞けないなら――縁を切る。二度と俺の前に顔を見せるな」


 その言葉に、ノノの頭が真っ白になる。


「……冗談、よね?」


 声が震える。


「いつもは連れて行ってくれたし。何で今回はダメ出しなの?ウチ、何か悪いことした? したなら謝るし……だから……」


 涙を堪えながら、必死に縋る。


 カイマはノノを見つめながら、視線を逸らした。


「悪いことはしていない」


 短く、だが重く言う。


「だが、こればかりはダメだ。お前のためだ。聞き分けのない子は……俺は嫌いだ」


 ノノの胸が締め付けられる。


「でも……次の時は」


 カイマは、絞り出すように続けた。


「次に行く時は、連れて行ってやる。必ずだだからそれまで、家で俺の帰りを待て」


 ノノは唇を噛みしめ、しばらく黙り込んだ後、小さく頷いた。


「……本当だし?今回行かなかったら、次は連れてってくれるし?」


「ああ。約束する」


「……分かったし」


 それで話は終わった。


 その夜、二人は最後の食事を共にし、最後の時間を過ごした。

 翌朝、カイマは約束通りノノを家まで送り届けた。


「悪いことはするな。母の言うことを聞け」


「わかってるし!約束だからね。次は絶対、連れて行ってよ」


 カイマは静かに頷き、何も言わずその場から姿を消した。


 ――それが、カイマとノノの最後の会話だった。


 それから一か月半後。


 暗黒神ダークが、突然ノノの家を訪れた。


「カイマが亡くなった。お前の娘に、伝言を預かっている」


 母親は信じられない様子で問い返す。


「あの……カイマ様が……?」


「事実だ」


 その言葉を、ノノは偶然聞いてしまった。


「……待つし」


 声が震える。


「カイマおじさんが……死んだ?嘘だし……そんなの……」


 ダークはノノを見下ろした。


「貴様がノノか。カイマから、死ぬ前にお前のことを頼まれた」


「あり得ないし!!カイマは……あんたにそんなこと、絶対頼まないし!」


「信じなくていい。だが、これだけは渡しておこう」


 そう言って差し出された封筒。

 その文字を見た瞬間、ノノも母親も息を呑んだ。


 ――間違いなく、カイマの字だった。


「確かに渡した。また来る。その時、答えを聞かせてもらう」


 ダークはそう言い残し、姿を消した。


 封筒を開くと、そこには短い文が記されていた。


【ノノ暗黒神ダークと俺は和解した俺がいなくなったら、ダークと共に行動しろ】


 ノノは混乱した。


「……字は本物だし……カイマおじさんが……そう書いてるってことは……」


 母親は強く首を振った。


「ダメよノノ。暗黒神ダークと行動するなんて、私は認めません」


「……分かったし」


 そう答えたものの、ノノの心は揺れていた。


 だが、どれだけ待っても、カイマが戻ることはなかった。


 やがて世界中に「世界神カイマの死」が広まり、

 ノノは――カイマの残した手紙の通り、暗黒神ダークと共に歩む道を選んだ。



 ---


【現代】


 話し終えたノノを見て、ガイマは静かに息を吐いた。


「……なるほど。カイマという人物のことは分かった。だが、それでも俺はカイマではない。人違いだ」


 そう言って立ち上がる。


「ミナとゲイズと合流する。話はここまでだ」


 ノノは一歩前に出た。


「……絶対にカイマおじさんだし。とりあえず、そう呼んでもいい?」


 ガイマは眉をひそめる。


「呼ぶのは構わないが、“おじさん”はやめろ。

 それと人前ではカイマと呼ぶな。ガイマだ」


「……分かったし」


 ノノは小さく笑った。


「これから、よろしくお願いしますだし……カイマ」


 二人は並び、静かに歩き出す。


 ――こうして、長い回想は終わった。




 一方その頃――

 暗黒神ダークは、ヨボヨボ神ヨークの居城を訪れていた。


 広大な玉座の間。

 そこに座るヨークは、杖に身を預けながら愉快そうに笑う。


「ほっほっほ……こりゃまた珍しいのう、ダークよ。このワシの居城に来るとは」


「魅惑神ノノに襲撃されたと聞いておるぞ?」


 ダークは眉をひそめる。


「……その件は、誰にも話していないはずだがな‥‥。それよりもだ、ヨーク。例の計画を前倒しにする」


 ダークの声音が低く、重くなる。


「獣人の国を――完膚なきまでに滅ぼす」


「そして世界中に知らしめるのだ。我々の掲げる“新しい世界”に従わねば、こうなるとな」


 ヨークは、まるで最初から分かっていたかのように笑った。


「ほほほ……そう言うと思うておったわい。だからこそ、ここに呼んでおる」


 その瞬間――

 玉座の間の空気が、凍りついた。


 凄まじいプレッシャーを放つ男。

 扇子で顔の半分を隠しながら入ってくる妖艶な女。

 ひどく気だるそうな男。

 そして、まったく同じ顔をした双子の人物。


 計四名が、無言のまま姿を現す。


 ダークは、その中でもひときわ異質な存在――

 圧倒的な威圧感を放つ男を見て、目を細めた。


「……貴様が我々に手を貸すとはな」


「どういう風の吹き回しだ?竜人族最後の生き残り――ドラジェネス」


 その名を聞いた瞬間、

 ヨーク以外の三人が明らかに動揺した表情を浮かべる。


 ドラジェネスは鼻で笑い、ダークを睨み返す。


「俺は、お前らの理想にも世界にも興味はねぇよ。探している人物がいる。そいつを見つけるために参加するだけだで指示に従うつもりもない」


 さらに一歩踏み出し、

 圧はより強烈になる。


「もし俺の邪魔をするなら……敵味方関係なく、燃やし尽くす覚悟しておけ」


 そして、背を向けながら付け加える。


「獣人の国へ行く前に、俺には行くべき場所がある」


 そう言い残し、

 ドラジェネスは玉座の間を後にした。


 ダークは、静かに吐き捨てる。


「……何を考えているのか、まるで見えん男だ」


「だが……今は、使えそうではある」


 ヨークは、楽しげに笑った。


「ふぇふぇふぇ……確かにのう」


「それとな、ダークよ。こやつらは既に成果を上げておる」


 ヨークは指を鳴らす。


「獣人の王ゲイズ、そして親衛隊四名のうち三名――すでに始末済みじゃ」


 ダークはわずかに目を見開く。


「……ほう」


「なお、親衛隊長・(くれない)はドラジェネスが捕縛し、現在は洗脳神による洗脳の最中じゃ」


「残る二名の死体は、ワシが“完璧”に仕上げておるところよ。だからいつでも、獣人の国制圧に派遣できる」


「ゲイズの親衛隊は、かなりの手練れだったはずだ」


 ダークは感心したように言う。


「それをここまで短時間で……なかなか見どころのある連中だな」


 すると、気だるそうな男が欠伸混じりに口を挟んだ。


「あのぉ……話、まだ続くっすか?俺、一人殺したんすよ?もう何もしなくていいっすよね?」


 その瞬間、

 扇子で顔を隠していた女が、鋭く言い返す。


「あんさん、ダークはんに失礼やでそれにほんまに殺しはったんか?焼け野原は見てきやしたが……死体、ありまへんでしたで?」


 男は苛立ったように舌打ちする。


「ムカつく女だったから、四肢を切断したんすよ動けねぇから、どうせ魔物に食われたんじゃないっすか?それとも……文句あるんすか?お前も、あの女みたいにしてやろうか?……やる気ねぇけど」


 一瞬で、部屋に殺気が満ちる。


 それを遮るように、双子が同時に口を開いた。


「仲間割れなら、よそでやってよ」


「僕らを巻き込まないでくれる?」


 ヨークは杖を床に打ちつける。


「よさぬか、お前たちとりあえず、各自部屋に戻り、指示があるまで待機せい」


 その命令に従い、

 四人はそれぞれ無言で玉座の間を後にした。


 残されたダークは、腕を組みながら呟く。


「……揃いも揃って、癖の強い連中だな。だが、実力は申し分ない期待はできそうだな」


 ヨークに背を向け、ダークは続ける。


「俺は、“例の者”の完成を急がせる。では、失礼する」


 そう言い残し、

 暗黒神ダークもまた、その場から姿を消したのだった。

 

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