07話
その日の夜。
家の中が静まり返る頃、ノノの母親はいつもより少し硬い表情でノノを呼んだ。
「ノノ、大切なお話があるから、こちらに来なさい」
その声色に、ノノは胸の奥が少しだけざわつくのを感じた。
――モンスターをどうやって倒したのかを聞かれるのかな?
――それとも、カイマおじさんに失礼なことをしたから怒られるのかな?
そんなことを考えながら、ノノは椅子に腰掛ける。
「ママ……なに、大切な話って?」
きちんと背筋を伸ばし、話を聞く姿勢を見せるノノに、母親はゆっくりと口を開いた。
「今日のことよ。ノノ、貴方は……どうして自分がモンスターを倒せたのか、不思議に思わなかった?」
「気になったし。目が焼けるみたいに痛くなって、その痛みが消えたら……魔物たちが死んでたし。仲間割れ、してた」
母親は小さく息を吐き、覚悟を決めたように言った。
「……違うわ、ノノ。それは偶然なんかじゃない」
ノノは目を瞬かせる。
「それはね、貴方にも“魅惑の目”が遺伝したのよ」
「……魅惑の目?」
ノノの頭に疑問符が浮かぶ。
「ママも、その魅惑の目を使えるの?」
「ええ、使えるわ」
母親の声は静かだったが、その奥には強い警戒が滲んでいた。
「魅惑の目は、使い方を間違えればとても、とても危険な力なの。
目で見た相手を惑わせ、思考を混乱させ、貴方の言葉に従わせることができる。
相手同士を争わせることも、簡単にできてしまうわ」
「……そう言えば」
ノノは思い出す。
「クロコダイルウルフに食べられそうになった時、一匹と目が合ったし。そしたら、その一匹が……急に変な動きをし始めたし」
母親は静かに頷いた。
「それが、魅惑の力よ」
そして、少し間を置いてから、さらに重要な話へと進む。
「……ここからが、本当に大切な話なの。
ノノ、カイマ様がどうして、あの方が何度もこの家に来ていたのか……疑問に思わなかった?」
ノノは一瞬考え、そしてとんでもない結論に辿り着く。
――確かに、カイマおじさん、有名になってからよく来てたし。
――も、もしかして……?
「ママ……それは良くないし!!」
突然立ち上がり、勢いよく言う。
「お父さんがいるのに、カイマおじさんと結婚なんてダメだし!!カイマおじさんとは、ママの代わりにウチが結婚するし!!」
母親は目を丸くした。
「ノノ!? な、何を言ってるのよ!?」
「……って、ノノ。もしかして……カイマ様のこと、好きなの?」
ノノは顔を真っ赤にして、視線を逸らす。
「……うん。一目ぼれしたし。でも、そんな話どうでもいいし! 何で何度も来てたの?」
母親は小さく苦笑しつつ、話を戻す。
「それはね……私と同じ“魅惑の目”を発現したら、ノノを預からせてほしいと、カイマ様が頼みに来ていたのよ」
「暗黒神ダークに利用されるのを避けるためにね。今回のモンスターも、確証はないけれど……暗黒神ダークが関わっている可能性が高い。ノノに力があるかどうか、試したのだと思うわ」
「……じゃあ」
ノノの目が輝く。
「預かるってことは……カイマおじさんと一緒に過ごせるし?」
母親が答える前に、ノノは身を乗り出した。
「なら、行きたい!!カイマおじさんのそばにいれば、きっと魅惑の力もちゃんと使いこなせるようになるし!」
母親はしばらく黙り込み、やがて小さくため息をついた。
「……本音を言えば、反対よ。でも……仕方ないわね」
「カイマ様が三日後に迎えに来られるから、それまで私が魅惑の力の使い方を少し教えるわ。覚悟しなさい、甘くはないわよ」
「分かったし!」
こうして、ノノはカイマのもとへ行くことが決まった。
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三日後。
カイマは魔道神ナミと共に迎えに現れた。
「ノノ、紹介する。こちらは魔道神ナミだ」
ナミは柔らかく微笑み、頭を下げる。
「初めまして、魔道神ナミと申します。カイマが忙しい時は、私が魔法などを教えるわ。それと……ナミと呼び捨てで構いません」
ノノはナミをじっと見つめる。
――カイマおじさんとは、どんな関係だし?
――恋人……? いや、まだ決まったわけじゃないし。
「えっと……ウチはノノだし。ノノって呼んでほしいし。これからよろしくお願いするし」
その後、カイマはノノの両親に深く頭を下げた。
「確かに、ノノはお預かりします。暗黒神ダークには決して関わらないよう、必ず伝えます」
「お願いします、カイマ様」
こうしてノノは転移魔法で連れられ、一軒家へと案内される。
「ノノ、ここが今日からお前が住む場所だ。俺も、予定がない限りはここに泊まる。ナミもだ」
「俺がいない間は、メイドたちが世話をする。遠慮なく頼め」
五人のメイドが現れ、メイド長が一礼する。
「ノノ様、必要なものがあれば何なりと。ナミ様、ご主人様が不在の際は、我々がノノ様の教育を担当いたします」
「あ、はいだし……よろしくお願いしますだし」
こうしてノノは、カイマと共に過ごす日々を始めた。
それから三年。
ノノは魅惑の力を完全に使いこなし、時にカイマにわがままを言いながら共に行動するようになった。
次第にその名は広まり、人々は彼女を
魅惑神ノノ
と呼び始める。
そのたびにノノの両親からは、カイマがこっぴどく叱られ、何度も頭を下げることになるのだが――。
そんなある日、カイマは両親のもとを訪れ、静かに告げた。
「……突然ですみません。ノノを、こちらに返すことに決めました」
理由を聞いた母親は、静かに頷く。
「……そうですか。どうかご無事で。そして、またノノを迎えに来てください。あの子は、貴方様を心から慕っています」
「約束はできないが……必ず生きて戻る」
翌日。
訓練室でノノはいつも通り元気に走り寄る。
「カイマおじさん!! お帰りだし! 今日も頑張ってたし!」
カイマは頭を撫で、優しく告げた。
「ノノ、大事な話がある。まずは着替えて来なさい」
その声に、ノノはなぜか胸騒ぎを覚えながらも、
「分かったし」
そう答えて走り去る。
残されたカイマは、静かにその背中を見つめていた。




