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記憶を無くした者  作者: ひろろ
第2章
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07話

 

 その日の夜。

 家の中が静まり返る頃、ノノの母親はいつもより少し硬い表情でノノを呼んだ。


「ノノ、大切なお話があるから、こちらに来なさい」


 その声色に、ノノは胸の奥が少しだけざわつくのを感じた。


 ――モンスターをどうやって倒したのかを聞かれるのかな?

 ――それとも、カイマおじさんに失礼なことをしたから怒られるのかな?


 そんなことを考えながら、ノノは椅子に腰掛ける。


「ママ……なに、大切な話って?」


 きちんと背筋を伸ばし、話を聞く姿勢を見せるノノに、母親はゆっくりと口を開いた。


「今日のことよ。ノノ、貴方は……どうして自分がモンスターを倒せたのか、不思議に思わなかった?」


「気になったし。目が焼けるみたいに痛くなって、その痛みが消えたら……魔物たちが死んでたし。仲間割れ、してた」


 母親は小さく息を吐き、覚悟を決めたように言った。


「……違うわ、ノノ。それは偶然なんかじゃない」


 ノノは目を瞬かせる。


「それはね、貴方にも“魅惑の目”が遺伝したのよ」


「……魅惑の目?」


 ノノの頭に疑問符が浮かぶ。


「ママも、その魅惑の目を使えるの?」


「ええ、使えるわ」


 母親の声は静かだったが、その奥には強い警戒が滲んでいた。


「魅惑の目は、使い方を間違えればとても、とても危険な力なの。

 目で見た相手を惑わせ、思考を混乱させ、貴方の言葉に従わせることができる。

 相手同士を争わせることも、簡単にできてしまうわ」


「……そう言えば」


 ノノは思い出す。


「クロコダイルウルフに食べられそうになった時、一匹と目が合ったし。そしたら、その一匹が……急に変な動きをし始めたし」


 母親は静かに頷いた。


「それが、魅惑の力よ」


 そして、少し間を置いてから、さらに重要な話へと進む。


「……ここからが、本当に大切な話なの。

 ノノ、カイマ様がどうして、あの方が何度もこの家に来ていたのか……疑問に思わなかった?」


 ノノは一瞬考え、そしてとんでもない結論に辿り着く。


 ――確かに、カイマおじさん、有名になってからよく来てたし。

 ――も、もしかして……?


「ママ……それは良くないし!!」


 突然立ち上がり、勢いよく言う。


「お父さんがいるのに、カイマおじさんと結婚なんてダメだし!!カイマおじさんとは、ママの代わりにウチが結婚するし!!」


 母親は目を丸くした。


「ノノ!? な、何を言ってるのよ!?」


「……って、ノノ。もしかして……カイマ様のこと、好きなの?」


 ノノは顔を真っ赤にして、視線を逸らす。


「……うん。一目ぼれしたし。でも、そんな話どうでもいいし! 何で何度も来てたの?」


 母親は小さく苦笑しつつ、話を戻す。


「それはね……私と同じ“魅惑の目”を発現したら、ノノを預からせてほしいと、カイマ様が頼みに来ていたのよ」


「暗黒神ダークに利用されるのを避けるためにね。今回のモンスターも、確証はないけれど……暗黒神ダークが関わっている可能性が高い。ノノに力があるかどうか、試したのだと思うわ」


「……じゃあ」


 ノノの目が輝く。


「預かるってことは……カイマおじさんと一緒に過ごせるし?」


 母親が答える前に、ノノは身を乗り出した。


「なら、行きたい!!カイマおじさんのそばにいれば、きっと魅惑の力もちゃんと使いこなせるようになるし!」


 母親はしばらく黙り込み、やがて小さくため息をついた。


「……本音を言えば、反対よ。でも……仕方ないわね」


「カイマ様が三日後に迎えに来られるから、それまで私が魅惑の力の使い方を少し教えるわ。覚悟しなさい、甘くはないわよ」


「分かったし!」


 こうして、ノノはカイマのもとへ行くことが決まった。



 ---


 三日後。

 カイマは魔道神ナミと共に迎えに現れた。


「ノノ、紹介する。こちらは魔道神ナミだ」


 ナミは柔らかく微笑み、頭を下げる。


「初めまして、魔道神ナミと申します。カイマが忙しい時は、私が魔法などを教えるわ。それと……ナミと呼び捨てで構いません」


 ノノはナミをじっと見つめる。


 ――カイマおじさんとは、どんな関係だし?

 ――恋人……? いや、まだ決まったわけじゃないし。


「えっと……ウチはノノだし。ノノって呼んでほしいし。これからよろしくお願いするし」


 その後、カイマはノノの両親に深く頭を下げた。


「確かに、ノノはお預かりします。暗黒神ダークには決して関わらないよう、必ず伝えます」


「お願いします、カイマ様」


 こうしてノノは転移魔法で連れられ、一軒家へと案内される。


「ノノ、ここが今日からお前が住む場所だ。俺も、予定がない限りはここに泊まる。ナミもだ」


「俺がいない間は、メイドたちが世話をする。遠慮なく頼め」


 五人のメイドが現れ、メイド長が一礼する。


「ノノ様、必要なものがあれば何なりと。ナミ様、ご主人様が不在の際は、我々がノノ様の教育を担当いたします」


「あ、はいだし……よろしくお願いしますだし」


 こうしてノノは、カイマと共に過ごす日々を始めた。


 それから三年。


 ノノは魅惑の力を完全に使いこなし、時にカイマにわがままを言いながら共に行動するようになった。


 次第にその名は広まり、人々は彼女を

 魅惑神ノノ

 と呼び始める。


 そのたびにノノの両親からは、カイマがこっぴどく叱られ、何度も頭を下げることになるのだが――。


 そんなある日、カイマは両親のもとを訪れ、静かに告げた。


「……突然ですみません。ノノを、こちらに返すことに決めました」


 理由を聞いた母親は、静かに頷く。


「……そうですか。どうかご無事で。そして、またノノを迎えに来てください。あの子は、貴方様を心から慕っています」


「約束はできないが……必ず生きて戻る」


 翌日。

 訓練室でノノはいつも通り元気に走り寄る。


「カイマおじさん!! お帰りだし! 今日も頑張ってたし!」


 カイマは頭を撫で、優しく告げた。


「ノノ、大事な話がある。まずは着替えて来なさい」


 その声に、ノノはなぜか胸騒ぎを覚えながらも、


「分かったし」


 そう答えて走り去る。


 残されたカイマは、静かにその背中を見つめていた。


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